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「地域系アートプロジェクト」のアウトリーチ的役割 -表現活動を中心とした多方面的相互作用の生成-

―(論文要旨)―


 今日、我が国では「地域系アートプロジェクト」が増加している。しかし、その増加傾向にも関わらず、未だにこのようなアートプロジェクトは存在意義が明らかにされていない。これは、「プロジェクト」がプロセスを重視するために無作為に進行し、「評価」のシステムが適用できないことが一因としてある。また、限定的な視点から行なわれる「評価」は、本来のプロジェクトの潜在能力を制限する恐れがあり、有効な手段でないともいえる。そこで本稿では、「地域系アートプロジェクト」について、表現活動が地域に及ぼす作用に着目し、プロジェクトの存在意義と今後の方向性を探ることにした。


 まず第一章では、「地域系アートプロジェクト」の源流を辿り、その変遷や現在の特徴を割り出した。現在のようなアートプロジェクトは、アーティストの空間的関心による野外進出の動向と、「ハードからソフト面」「国から地方」へ方向転換した文化政策、場所と無関係に乱立した野外彫刻への反省などが背景にある。よって、場や人に作用しようとする意識と、地域の特性を生かそうとする意思が「地域系アートプロジェクト」の特徴だといえる。


 第二章では、アートプロジェクトのミッションを抽出したほか、プロジェクトの核となる表現活動が、地域へどのような「相互作用」を及ぼしているのかを考察した。アートプロジェクトには「企画者」「アーティスト」「鑑賞者」の立場があり、様々な思惑でプロジェクトに関わっている。中でも、三者に共通するのは、「コミュニケーションの機会づくり」「地域を見つめ直すきっかけづくり」「アート・リテラシーの向上」などをミッションとして参加していることである。これらは、「地域系アートプロジェクト」に対し、地域の開拓や育成につながる「アウトリーチ的役割」が求められているものと考えられる。特に「地域系アートプロジェクト」は人々の身近な場所で行なわれることが多いため、地域の無関心層に働きかけ、まちづくりやアートへの潜在的関心層を開拓する効果が大きいと期待できる。また、アートプロジェクトがアウトリーチとして効果を発揮するためには、表現活動が様々な「相互作用(地域の場や人と相互に影響しあい変化を与えようとする作用)」を引き起こすことが重要である。例えば、地域の土着的な要素を表出させた表現は、場から得たインスピレーションがアートを通して鑑賞者に伝えられた結果、場に対する鑑賞者の見方が変化するという相互作用が起こる。また、地域の人々を積極的に参加させる表現は、アーティストと鑑賞者、または鑑賞者間で、対話や共同作業による相互作用が引き起こされる。このような多方向への相互作用が起こることによって、地域とアートと人の結びつきが強まり、プロジェクトのアウトリーチ作用も大きくなるのである。


 第三章では、以上のことを踏まえ、筆者が実際に視察を行なった「神山アーティスト・イン・レジデンス」「Breaker Project」「葉山芸術祭」について、事例検証を行なった。「神山アーティスト・イン・レジデンス」は、「地域のためのアート」という考え方によって行なわれるアートプロジェクトである。ここでは、住民のサポート体制が充実しているほか、地域の土着的な特性とアーティストを関係させることによって、地域へのコミュニケーション意志を有した表現活動が多く展開されていた。また、「Breaker Project」では、「地域に寄生するアート」という考え方のもと、プロセスを重視する表現活動によって、アーティストが住民に積極的に関わっている。ここでは、制作過程で人々と関わることにより、アーティスト自身が作品のインスピレーションを与えられ、展示によって鑑賞者に影響を与えるような相互作用が見て取れる。一方「葉山芸術祭」は、住民やアーティストが分け隔てなく自主的に参加しており、アートプロジェクトとしては特殊な例である。だが、「地域の中のアート」を発掘し、クリエイティブな活動をする住民のネットワークを築くことや、地域行事として無理なく継続することに成功していた。


 以上の検証や事例を踏まえると、今後「地域系アートプロジェクト」は、

1、地域の特性を生かした表現活動により、地域への愛着とアートへの関心をもたらす。

2、地域が受容可能な表現活動により、合意形成と継続性を重視する。

3、ラディカルな意志を持った表現活動により、自主性や活動力を高める。

のいずれかの方向性に進んでいくと考えられる。1や2のようなプロジェクトは、アートと地域との折り合いをつけるために、ひたすらネゴシエーションしていくか、あるいは、アートを手放していく方針である。3のようなプロジェクトは、アートの持つ批評性や問題意識によって、鑑賞者に「新しい世界への開眼」のチャンスを与える。このような鑑賞体験の深化は、本当の意味での地域の魅力発見や、住民の自主性、活動力の向上につながるだろう。


 最後に、現在のアートプロジェクトに対しては、いずれの方向性を取るにしても、もう一度地域とアートの関係性について原点回帰し、様々な視点からプロジェクトの存続意義が見出されることを願う。もはや「地域系アートプロジェクト」はアートだけで成り立たなくなっている現状であり、多角的な視点による価値指標が求められるだろう。自身の研究が、その多角的な視点の一つとして、今後のアートプロジェクト研究に貢献できればと思う。

2011年度 同窓会賞 大学院 芸術学専攻 院2回生 増田愛美 MASUDA Aimi

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