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文楽人形の〈型〉とは何か

人形浄瑠璃文楽には、〈型〉と総称される人形の定型化された動作が存在する。「後振り(うしろぶり)」「カンヌキ」など特徴的な名称をもつこれらの動作は、人間には表現し得ない美しさをもち、近年では文楽の見どころの一つとして紹介されている。ところが、これらの〈型〉は体系的な研究がこれまでおこなわれておらず、総数さえ不明であった。なぜなら、文楽人形の操法は人形遣いのあいだで口伝によって受け継がれ、古来からほとんど記録が残されていないからである。よって本論文では、先行研究の整理、人形遣いへの調査、歴史的観点からの考察を通じて、文楽人形の〈型〉に迫った。

日本伝統芸能で多様に語られる「型」は「固定した演出様式」を意味し、⑴全体の型(全体の演出法)と ⑵部分の型(特に注目される演技演出としての型)に大別できる。文楽にも浄瑠璃と人形それぞれに ⑵部分の型 が存在し、本研究における〈型〉はここに属することを確認した(第1章)。

続いて、先行研究の通観に取り組んだ。先達は浄瑠璃との関係性や、人間の日常動作を再現した「振り」との比較から型の定義を試みたが、そのどれにも通底するのは型を「人形独特の美的表現」とする認識であった(第2章)。さらに幅広い文楽関連資料から型の具体的な記述を抽出し、名称ごとに分類して一覧表を作成した結果、「型」として紹介されていた 84種には人形の動作でないものも含まれており、実態把握にはさらなる精査が必要となった(第3章)。

そこで、現役の人形遣いを対象に聞き取り調査を実施したところ、彼らはさらに限定的な意味で〈型〉を認識していることが発覚した。共通する特徴は、⑴人間の日常動作を模倣した「振り」は含まれにくいこと、⑵主導者である主遣いからの合図「頭」では対応できない動作のとき三人で動く指針となること、⑶複数の役、複数の演目で遣われることの三点が挙げられた。以上より、文楽人形の〈型〉が、三人遣いという特殊な人形操法を有する文楽において、演技動作の継承にきわめて重要な役割を果たしていた事実が明らかになったのである(4、5章)。

これまでの研究は、人形遣い当人にとっての〈型〉の必要性が十分に証明されていなかったために、その成果は彼らに活用されず、「外部の人間が文楽人形を論じたいがために文章化している」といった印象を抱かせていた。研究そのものが下火になるにつれ、人形遣いの間でも〈型〉に対する関心が希薄になったと考えられる。その結果、〈型〉としての認識が消滅してしまった人形動作が存在することも、今回の調査によって明らかになった(第4章)。一度、人形遣いに「型として呼びあらわす必要がない」と判断されてしまえば、その人形動作を指し示す術が消滅し口伝による指導ができなくなってしまう。これまで〈型〉と呼ばれてきた一連の動作が意識されずにおこなわれるようになれば、仮に一部が変化しても、注視されないまま異なる動作に変容する可能性も考えられる。文楽人形の〈型〉を記録・研究することは、これまで伝承されてきた“わざ”を繋ぎ止める意味があるのだ。コロナ禍による長期休演を経験し「本番の舞台が何よりの稽古」である文楽の技芸の継承にも脆弱性がみえた今こそ、文楽人形の〈型〉は徹底的に研究され、記録されるべきである。

本研究を通じて、文楽人形の〈型〉の具体的な内容と存在意義の両方を解明することに成功し、〈型〉研究は現役の人形遣いにとっても非常に重要な意義を持つことを証明できた。今後はさらに、完成した一覧表を基盤に「文楽人形の〈型〉のデジタルアーカイブ」作成を新たな目標として掲げ、研究に邁進する所存である。

中野図版『艶容女舞衣』「酒屋の段」お園の後振り(筆者作図)

2021年度 同窓会賞 大学院 美術研究科 芸術学専攻 修士2回生 中野 ふくね NAKANO Fukune

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