2025年(令和7年)3月24日、令和6年度美術学部・音楽学部卒業式並びに大学院美術研究科・音楽研究科学位記授与式を本学堀場信吉記念ホールで執り行いました。
美術学部129名、音楽学部57名、美術研究科修士課程55名、音楽研究科修士課程22名、美術研究科博士(後期)課程7名の卒業生・修了生が、教職員に温かく見守られ、卒業式並びに学位記授与式に参加しました。
例年のように趣向を凝らした自作の仮装で出席する学生がおり、卒業証書・学位記授与の際にはホール内に笑いが溢れるなど、本学らしい和やかな式典となりました。
卒業生・修了生の皆さん、誠におめでとうございます。
教職員一同、今後の皆さんのご活躍を心からお祈りしております。








令和6年度卒業式・学位記授与式式辞
本日ここに集われた美術学部129名、音楽学部57名の卒業生のみなさん、大学院美術研究科55名、音楽研究科22名の修士課程修了生のみなさん、そして美術研究科7名の博士課程修了生のみなさん、総勢270名のご卒業ならびに修了、誠におめでとうございます。京都市立芸術大学を代表いたしまして、心からお祝い申し上げます。また、松井孝治京都市長はじめご来賓の皆様には、お忙しい中ご列席いただきましたことに京都市立芸術大学を代表して深く感謝申し上げます。
さて、思えばみなさんの学生生活は、変化の多い期間でした。コロナ禍で世界中の風景が変わってしまった2020年、皆さんの多くは受験生、大学院のみなさんもそれぞれの学びと研究の真只中にいらっしゃったことでしょう。未知の危機が広がる中、不自由や不安を感じながらも芸術の道を選び、各自が抱く目標に向かって学び続けてこられたことに心から敬意を表します。
そして本学は、コロナ禍がほぼ収束した頃からキャンパス全面移転に向けての準備が始まり、みなさんは郊外の自然豊かな環境から、京都の玄関口、街の中心部への移転という本学の歴史の中でも大きな節目の当事者として関わることになりました。移転準備が加速する中、授業も試験も発表も普段通りに進めねばならず、また移転してからは、新しいキャンパスでの様々な活動を教職員、学生も一緒になって考えながら試行していく、そんな慌ただしい日々が続きました。移転の前後は、多くの人々が不安や疑問を抱えていたことを覚えています。しかし今、移転から1年半たった今、この期間を振り返ってみれば、溌剌と制作や表現活動をする柔軟な適応力、新しいステージで前例のないことに挑戦し、さらにそれを面白く、より良くして、本学の新たな歴史の1ページを自分たちの手で作り、刻んでいこうとする学生のみなさんや先生方の創造的な意欲が、これまでの不安や疑問を払拭する力になりました。
この移転には、単なるキャンパスの更新というだけでなく、京都の中心部、玄関口であり、一方で差別を受けた複雑で重い歴史という二つの背景を併せ持つこの崇仁地域に大学が根ざして、京都の歴史や文化、また他の機関とつながりながら、芸術を世界に向けて発信していくという大学にとっての大きなミッションがありました。それについても、すでにこの場所のポテンシャルをいかし、社会との繋がりに工夫を凝らすみなさんの好奇心と向上心に満ちたエネルギーが、移転後の大学の姿「テラス」を描き始めています。移転以降は、今年145周年を迎える本学の歴史とこれからの新たな希望、未来の発展を見渡す1年半だったと思います。みなさんの成長に促されるようにこの新しいキャンパスもこの地に根を張り、芽を出して、こうして2回目の春を迎えています。
さて、つい先日3月19日に本学の卒業生である彫刻家・外尾悦郎氏から寄贈された石膏像「歌う天使たち」をB棟、笠原アンサンブルホールに向かう階段の壁面に設置を完了し、お披露目をさせていただきました。
外尾さんは、本学美術学部が今熊野にあった頃、彫刻専攻を卒業してすぐに単身ヨーロッパに渡られました。石を彫ることをさらに学べる場所を自分の目で確かめながら探したいと、世界各地の美術学校などを巡っておられました。そして、スペイン・バルセロナにあるアントニ・ガウディの設計による建設途中のサグラダ・ファミリア教会に出会い感銘を受け、そこで認められて、現在も主任彫刻家として活動されておられます。石を彫る技術を認めてもらうことから始まり、文化や習慣、言葉の壁を越えねばならず、その道のりは決して平坦ではなかったと聞きます。寄贈された石膏像は外尾さんが自ら石の像に置き換えるまでの10年間、現地で実際にサグラダ・ファミリアに設置されていたものです。サグラダ・ファミリアは、今では世界遺産として広く知られていますが、当初は「完成しない建物」と揶揄されることもあり、なんとか完成させたいと真摯に取り組んでこられた外尾さんの思いがこの像には込められています。
今回の石膏像の寄贈とその設置の打ち合わせのために外尾さんにお目にかかり、お話を伺う機会がありました。その中で私には二つのことが印象に残りました。
一つ目は、外尾さんが学生時代、京都芸大では学生であっても自分の作品制作を「仕事」と呼んでいたとお話しされたことです。今はどうでしょうか。例えば、自分の制作室に行くことを「仕事しにいく」と言ったり、教室外で友達とおしゃべりしていると通りすがりに先生から「ちゃんと仕事しているか?」「どうや、仕事は。進んでるか?」と声掛けられたということです。外尾さんが懐かしそうにそうおっしゃったので私も「仕事する」という言い方を思い出したのですが、改めて考えてみれば学生が学ぶことや図書館で勉強することを「仕事しにいく」とは言いません。芸術の世界では、あるいはまたは本学では、学生であっても未熟であっても作品創りは生涯をかけてする芸術の仕事。ゼロから1を生み出すかけがえのないアートワークにつながっており、それがお金に換わる品物づくりではなくても、プライドを持って作品制作を「仕事する」と呼ぶのかもしれないと改めて気づかされました。
そしてもう一つ印象に残ったのは、外尾さんが彫刻の素材として石を選んだ理由です。「木や鉄ならば思い通りに造形することができるが、石の塊はそうはいかない。素材そのものの美しさ、魅力と、そこから掘り出す難しさがあるからこそ自分が取り組む価値、生きて彫刻を続ける価値がある」と話されたことです。みなさんは、自分が作り上げた作品や演奏、研究が、鑑賞者、聴衆の心に響き、感動や癒しをもたらしたと実感したことがあるでしょう。創造すること、表現する者にしか経験できない達成感、光り輝く瞬間です。そんな経験は、芸術を志す者の特権なのかもしれません。その経験こそが、次のステージへと導く原動力となります。しかし、そんな特別な存在、芸術家、音楽家は生まれ持った天性の才能だけで開花するわけではありません。芸術は、どの時代にあっても水面下の努力と困難への挑戦によって切り開かれるものです。外尾さんの、難しいことに挑戦するから生きている、という言葉、そして「仕事する」という言い方があらわしたアーティストとしての矜持は、これからの時代、これからの世界を生き抜いていくみなさんにとっても含蓄のある言葉だと思い、ここでご紹介させていただきました。
この度外尾さんから寄贈され、本学に設置された9体の石膏像は、サグラダ・ファミリアの「生誕の門」と呼ばれる門の上で誕生を喜び祝いながら、優しく歌う天使たちを表しています。本日、ここに集う皆さんにもその歌声が届き、新たな一歩を踏み出す力となることを願っています。この機会にぜひご覧いただきたいと思います。
さて、私ごとではございますが、学生時代、教員として勤務した期間、さらに学長としての任期6年間を経て、京都芸大に38年間通い続けた私にとってもこれが最後の卒業式です。人生の半分以上を本学で過ごし、多くの学生たちと共に学び、教職員の皆さんと歩んできた私にとって、この大学は単なる学び舎にとどまらず、深い思い入れのある特別な場所となりました。この場をお借りして、心から感謝を申し上げます。
みなさんにとっても、これから京都芸大で学んだことをふりかえる時、それが人生の指針となり支えとなることを願ってやみません。この大学で過ごした時間がやがて実を結び、次の世代に引き継がれていくこと、そしてみなさんが自由に創作し、演奏し、研究していけることは、平和であることの象徴です。これからもみんなで繋ぎ、続いていくことを心より願っています。
最後になりますが、本日ご参列いただきましたご家族や関係者の皆様にもお慶び申し上げます。学生たちが困難に直面した時も、信じて、しっかりと支えて下さったこと、また本学の教育にご理解とご支援を賜りましたことに心より御礼申し上げます。
この佳き日に卒業修了されるみなさんとここに集う皆様のご健勝をお祈りし、そしてそれぞれの道で活躍する皆さんと再びお目にかかれることを期待しつつ、私からのはなむけの言葉といたします。本日はおめでとうございます。そしてありがとうございました。
令和7年3月24日
京都市立芸術大学 学長 赤松玉女





