閉じる

共通メニューなどをスキップして本文へ

ENGLISH

メニューを開く

平成26年度京都市立芸術大学入学式を開催

2014.04.10

 平成26年4月10日,平成26年度京都市立芸術大学入学式を執り行いました。

 

 

 美術学部135名,音楽学部65名,美術研究科修士課程62名,音楽研究科修士課程19名,美術研究科博士後期課程12名の総計293名が,門川大作京都市長をはじめ来賓の皆様,保護者の皆様,教職員に温かく見守られ,入学式に参加しました。

 

 

 

 

 丸池の桜が新入生の皆様をお迎えし,初々しい新入生の皆様の大きな期待に満ちた表情が輝く,清々しい入学式となりました。

 また,入学式後には,多くのクラブが新入生を勧誘し,能楽部では,能管の演奏を披露しました。

 

新入生の皆さん,御入学おめでとうございます。

皆様の大学生活が,実りある人生の1ページとなりますように。

本学一同,心よりお祝い申し上げます。

 

<学長式辞>

 本日ここに,門川大作京都市長をはじめとして,経営審議会,美術教育後援会,音楽教育後援会,美術学部同窓会,音楽学部同窓会のご来賓の皆様のご臨席を仰ぎ,美術学部135名,音楽学部65名,美術研究科修士課程62名,音楽研究科修士課程19名,美術研究科博士課程12名,総計293名を迎える入学式を挙行するに当たり,京都市立芸術大学を代表して,心からのお祝いの言葉を申し述べさせていただきます。

皆さんが晴れて入学を果たした本学は,開学以来134年という芸術系大学としては我が国で最も長い歴史を誇っており,文字通り日本の近現代芸術の屋台骨を支える美術家たちを輩出してきました。62年前に創設された音楽学部も国際的に注目されている数々の輝かしい才能を世に送り出すようになっています。皆さんも,そのような燦然たる芸術の歴史に自らも身を投じるのだという意欲とプライドをもって本学に入ってこられたことでしょう。私たちは皆さんの若々しい情熱を頼もしく思い,夢の実現のために一緒に歩んで行こうと考えています。

本学の優れた教授陣やスタッフによる充実した少人数教育は,芸術の道を志す者にとっての理想的な環境であり,そこでの勉学や研究は必ずや皆さんの成長に大きく寄与することでしょう。皆さんに与えられたもう一つの特権。それは,まさに本学が京都という町に位置しているという点にあります。言うまでもなく京都は世界有数の卓越した文化財と重厚な伝統で知られる都市ですが,単に過去の遺産だけに安住するのではなく,新たな文化,独創的な芸術の発信基地としての活気にも満ちています。この素晴らしい町の伝統と革新の息吹に触れながら学生生活を過ごせるということ。それは皆さんにとって他にかけがえのない経験になるでしょう。

京都の市民に支えられた本学は,この町の文化的シンボルとしての役割を担ってもいます。学生諸君もまた,暖かい目で見守ってくれる市民の方々の期待を背に勉学にいそしんで下さい。すでにご存じかもしれませんが,本学は京都駅の東側の地区に移転するという計画を進めており,実現には十年ほど時間を要するにしても,将来に向けて京都市のシンボルとしての性格は一層,強化されていくことになるでしょう。

さて皆さんは,アーティストを目指して,あるいはアートの研究者や教育者を目指して,本学の門をくぐってこられたに違いありませんが,アートへの道を志すとは,しかし実際にはどういうことなのでしょうか。鑑賞者としてではなく,また趣味としてでもない,いうならば職業としてのアートへの道をいま皆さんは歩み出そうとしているのです。それは他のいかなる仕事にも増して魅力的な道,挑戦に値する素晴らしい道ですが,またさまざまな困難に満ち,時には挫折を強いられることもあるであろう,極めて厳しい道でもあります。アーティストを目指すことは決して平坦な道,平穏無事な道ではないのです。

ここで私はアートへの道を志すことの素晴らしさ,厳しさとを,またアーティストであることの使命を改めて考えていただくための参考として,皆さんの大先輩である一人の女性画家のことをお話しすることにしましょう。

草間彌生さんは1929年に生まれ,本学の前身である学校の日本画科に学ばれました。草間彌生さんというと,皆さんは特異な精神的病理を抱えたアウトサイダーである,美術のいかなる規範とも無縁であるゆえの天才であると思っておられることでしょう。たしかにアウトサイダー的な側面は草間さんならではの魅力をなしているに違いありません。彼女自身,他のアーティストから影響を受けたことは一切ないと公言もしています。

しかし興味深いのは,彼女は京都に学んだ時期に村上華岳と速水御舟を意識していたとも述べていることです。華岳は本学出身ということもあって,作品を見る機会があったのでしょうが,宗教画にも通じるスピリチュアルな(霊的な)ところのある画風に,草間さんは常にアナザーワールド(異界)を描こうとする自らのイメージと呼応するものを感じたのかもしれません。速水御舟もまた京都と縁の深い画家ですが,草間さんは御舟はマボロシを見る画家であり,その意味で私のライバルだとも述べています。御舟の柘榴などを描いた静物画は,徹底した細密描写が,草間さんのいうマボロシに通じるまでの一種不穏なリアリティーを生み出しており,草間さんはそれに対抗するかのように,京都時代に日本画の技法で玉葱などの細密描写を試みてもいるのです。

天才は天才を知るといえばそれまでの話ですが,脇目も振らずわが道を驀進してきた草間さんが,画家としての自己形成期に,自らのライバルと見なしうる存在を先達の中に認めていたという事実は注目に値するでしょう。

1950年代の終わりにニューヨークに移住してからの草間さんは,網目と水玉が連鎖する絵画の大作などによって,水玉の女王と称されるようになりました。同じパターンの無限の反復は,彼女の特異なオブセッション,強迫観念によるもので,まさに他のいかなるものの影響も受けていない,純粋に内的な衝動に突き動かされた制作というべきでしょう。

今日にいたるまで常同反復という方法は一貫して維持されていますが,ではなぜそのような,考えようによっては自分だけの世界に閉じこもっているともいえる彼女のオブセッシブな作品が,今日では現代美術のファンの層を越えた多くの人たちを,さまざまな国,さまざまな年齢の人たちを魅了するようになったのでしょうか。

オブセッションとは時には不気味なものであり,トラウマに満ち,また精神的な抑圧を背景にしたものでもあります。それはたしかに自己の内面に個人的に抱えこんでしまった厄介なものなのですが,しかし,あえて逆説を持ち出すなら,むしろそうであるがゆえにこそ自己と他者とが心を通じ合うコミュニケーションの基盤ともなりうるのではないでしょうか。悩みを抱えた人たちにかえって私たちは心を開き,優しい気持ちをもって接することができるというのは,むしろ普遍的な心の働きなのではないでしょうか。

草間さんの強烈といえば強烈なオブセッションの世界は,そうであるがゆえにこそより開かれた,より豊かな相互的なコミュニケーションを可能にしている。そう私は考えているのです。私たちもまた日常生活の中で,それぞれのトラウマや悩みを抱えながら生きています。草間さんの作品に触れることで,その世界と心を開いて対話することで,私たちもまた深いところで心の救済を覚えるのではないか。作品がもたらす豊かなコミュニケーションによって,自分と世界との同時的な救済をはかる。そのことこそが,草間さんを私たちの時代の真に偉大なアーティストにしているというべきでしょう。彼女が「私大好き」という大いなるナルシストであることと,ラブ・フォーエヴァー(愛はとこしえ)という平和と大いなる愛の思想の持ち主であることとは,まさに一つに結び付いているのです。

皆さんは学部で,また大学院で,この大学が誇る教授陣に学び,また草間さんをはじめとする敬愛に値する先輩たちの仕事にも啓発されながら,美術家としての,音楽家としての,また研究者としての自らの世界を築き上げていくことになるでしょう。どうか京都市立芸術大学の恵まれた環境を存分に生かして,これからの皆さんにとってのかけがえのない特権的な日々である大学生活を充実したものにしてください。本日は保護者の方々も大勢お見えでいらっしゃいますが,学生たちの成長を暖かい目で支えてくださるようお願い申し上げます。本日は本当におめでとうございます。

これをもってお祝いの言葉とさせていただきます。
 

2014年4月10日

           京都市立芸術大学長

建畠晢