三瀬夏之介さん 4/4
4.将来のための3つの視点
「ぼくの神さま」 撮影:瀬野広美(FLOT)
© Natsunosuke MISE courtesy imura art gallery
現代にはいろんな表現方法がある中で,絵という表現方法についてどのように考えておられますか。
三瀬 今,勤務先の大学に尊敬する元絵描きの学芸員がいます。彼は,市民と芸術祭を作ったり,展覧会をキュレーションしたり文章を書いたりする中で,物事を整理し繋げたり,次を考えたり,まだ見えない問いを発見したりする部分は,絵を描くことと似ていると言います。確かに僕の仕事においてもそれは絵を描くことと近い感覚なのですが,絵事体は,形として,物質として残り,一目で見通せて,音楽や映像のような長い時間を必要としません。完成した絵に価値があればきちんと後世に残してもらえるんです。僕はみんなで協力して合意を取り付け,物を次代に残すということはこれから大切なことになると思っています。絵は単なる物質ではなく,我々のイメージをいつも喚起させてくれる抽象的な存在なんです。
三瀬さんは,色んな場所に行って,色んなことを大胆に展開できる方という印象をもっているのですが,御自身のことをどのように思われていますか。
三瀬 実は幼少の頃から照れ屋でした。人より一歩下がって世界を観察しているということは絵を描く面では良いのかもしれないけれど,実際は損をすることが多かったと思います。とくに美大生はナイーブな子が多いので,「照れは損だよ」,「会いたい人がいれば会いに行く。聞きたいことがあれば聞いてみる。自分から一歩踏み出さないと。」と自戒の念を込めて言っています。しかし,反対に,照れがないという人は,大雑把であったり,感受性に乏しかったりもします。感受性や丁寧さ,優しさを持ちつつも大胆に突き進むことが理想で,それは僕のテーマでもあります。アートは,新しい見え方を提示したり,その許容性によりこれまで解決できなかった問題を解決に導ける可能性があります。人と対話することで,新しい気づきがあるし,自己拡張の可能性が広がっていくので,積極的に対話することを心がけています。
今の学生を見て,どう思われますか。
三瀬 今の学生はとても素直に見えますね。人の意見に疑問を感じることなくすーっと入ってしまったりする。こちらから投げかける選択肢の中でしか可能性を考えられなくなってしまっているようにも見える。大人たちが自分たちのことで精いっぱいの厳しい時代で,それを見ている今の学生は挑戦し失敗することも難しい時代になっているのかな。もっとディスカッションして他者とぶつかることで,新しい視点が見えてくると思うんですが。
京都芸大には一線で活躍するすごい先生がたくさんいるので,僕が学生時代は,先生ともっと会いたい,酒も一緒に飲みたい,もっと意見を戦わせたいと思っていました。今の大学でも,学生との対話は重視していて,なるべく研究室にいて,全人格を開示して,学生と向き合いたいと思っています。
作品について同級生と議論したいと思っているんですけど,なかなかうまくできないので,アドバイスをください。
三瀬 議論すると相手を傷つけてしまうような気になるのかな。普段の会話では言わないような深い個人的な話なども開示していかないと,自分の作品を語れませんし,相手にも届かないと思います。美術においてはあたりさわりないことを言ってもしょうがないし,自分の意見を正直にぶつけざるを得ないと思います。美術作品には作家の全人格が出るという言い方があるけど,批評はあくまでも作品に対してものを言うのであって,人に対して言っているのではないんですよね。ここを共有しておかないと後で気まずくなっちゃう。だから,作品を否定されたからといって,自分を否定されているわけではない。もっと同級生とディスカッションして強くなってください。僕も学生時代にもっとディスカッションして,恥をかいておけばよかったと思います。
今後の活動の展望はどのようにお考えですか。
三瀬 流れに身を任せて,良い出会いやきっかけがあれば乗っていきたいなと思いつつ,1つは,東北での経験にピリオドを打てるような作品として,壁画的な大きな作品を描きたいです。そしてそれは展覧会として一定の期間見てもらうような形ではなく,個人制作でも共同制作でもいいので,東北のどこかに恒常的に観てもらえるような形で残されるものとして作りたいですね。もう1つは,自分の生まれ故郷である奈良でも,しっかりとした仕事をしたいです。奈良も様々な課題が入り乱れているので,そこに美術と言うものを組み合わせて,何か残せるものを作っていきたいと思っています。
在学生に一言お願いします。
三瀬 将来のために3つの視点を持ってほしいと思います。1つ目は,批評性。自分はどこにいて,誰に向かって表現しているのかという立ち位置をしっかりと確保するために,自身に対する批評性を持つこと。2つ目は社会性。自分の作品にはどんな今日的意味があるのかということを振り返って考えることによって,作品の制作を展開させることができるようになります。3つ目は,他者性を持つこと。自分の作品とともに他者と出会っていって,自分も内なる他者の一人であるというくらいの拡張感を持ってほしいです。
受験生に一言お願いします。
三瀬 この時代に美術を選ぶ意味は何か,美術で出来ることは何かをもう一度自分に問い返してほしいです。そうした時に見えてくるものがたくさんありますし,そういったことを考えることで大学での学び方が変わってくるはずです。
インタビュー後記
今回,三瀬さんへのインタビューをさせて頂いて感じたのは,自分の表現や目指すものに対して責任を持ち全うする事がいかに大切かということです。
三瀬さんは学生時代から,日本画専攻にいながらその枠にとらわれない作品制作を行っていたとおっしゃっていました。しかしそれは,一歩間違えれば学生として与えられている環境を無駄にしてしまいかねないやり方とも言えると思います。そんな中で,学生の頃にやってきた事の一つ一つが今に繋がっていると言えるのは,やはりしっかりとした芯があった上での事なのではないでしょうか。また,三瀬さんの現在の作品や活動についても同様のことが言えます。自身が行っているプロジェクトや制作について,しっかりとした言葉にして多くを語る姿からは,これまでやってきた事・これからやろうとしている事に対する強い意志や責任を感じました。
今回のインタビューは,京都市立芸術大学の学生として生活している自分のこれからを考える上でも,とても勉強になる素敵な時間でした。
インタビュアー:河合正太郎(美術学部日本画専攻2回生)
(取材日:2014年1月29日)※イムラアートギャラリー(京都)にて
Profile:三瀬夏之介【みせ・なつのすけ】 Natsunosuke MISE 日本画家
1973年奈良生まれ。1999年京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(日本画)修了。
既存の日本画の枠にとらわれない,多様なモチーフや素材,時にはコラージュを施した作品の圧倒的な表現力が高い評価を得ており,多くの展覧会等で受賞している。2002年 第2回トリエンナーレ豊橋 星野眞吾賞展(豊橋市美術博物館/愛知) 星野眞吾賞受賞/2004年 第2回東山魁夷記念 日経日本画大賞展(ニューオータニ美術館/東京)入選/2006年 五島記念文化財団 美術新人賞受賞/2009年 京都市芸術新人賞受賞/2009年 第16回VOCA展2009 VOCA賞受賞/2012年 第5回東山魁夷記念 日経日本画大賞展(上野の森美術館/東京)選考委員特別賞受賞/2014年 第32回京都府文化賞奨励賞受賞。東北の芸術大学等で後進の育成にも力を注いでいる。