入澤聖明さん 2/2
学芸員/キュレーターとして
修士課程を修了後、どういう活動をされていたんでしょうか?
入澤 修士課程の後に博士課程に進んだんですよ。京都国立近代美術館でのインターンが終わり、修士課程を修了するくらいの時期に「KYOTOGRAPHIE」が始まって、プロジェクトマネージャーとして働かないかという話をいただいたので、博士課程の1年目はその仕事をやりながら研究をしていました。ただその頃、京都国立近代美術館でお世話になっていた方がアサヒグループ大山崎山荘美術館に移られていて、「うちで働かないか」と声をかけてくださったんです。それで「KYOTOGRAPHIE」の仕事を途中で辞めることになり、以降は博士課程に在籍しながら大山崎山荘で学芸員の仕事をしていました。たまたまだと思うんですが、学部の時からやっていた活動がいろんなところで繋がって、周りの人が引っ張ってくださったということをすごく実感しましたね。
その後、2018年にこの美術館に来て、ポジションとしては現代陶芸担当の学芸員です。うちの美術館ですごく変わっているのは、やきもの専門の美術館ですが、古代から現代まで各時代の担当がいることです。日本では、このレベルで陶磁専門の学芸員を揃えているのはうちの美術館くらいですね。僕の前任者で、芸術学専攻の大先輩である大長智広さんが京都国立近代美術館に移られ、1年くらいポストが不在になっていたところで募集があり、応募して現職に就きました。学部、修士と現代陶芸に興味を持って論文を書いていたので、ちょうど自分がやりたいポストに就くことができたのはラッキーでしたね。

入澤聖明さん
これまでで印象に残っているお仕事をお聞かせください。
入澤 一番印象に残っているのは、2022年にこの愛知県陶磁美術館で現代陶芸の展覧会を大規模にやったことですね。愛知県は国際芸術祭を3年に1回やっていますが、2022年は大きなやきものの産地である常滑が会場になりました。当館では連携企画として、現代陶芸に特化した展示ができないかと考えたんです。具体的には、瀬戸を中心に東海地域の作家36名を紹介するという展覧会でした。「現代陶芸」と一言で言っても、アート寄りのものから伝統工芸寄りのものまで非常に幅広い種類があります。また、愛知県はやきものの大きな産地なので、愛知県立芸術大学では陶磁専門のプロダクトデザイナーを育てています。そういったデザイン系のことまで含めて現代陶芸の現在地を紹介する目的で展覧会をやりました。
その中で、大学時代の同級生で、普段はフレスコ壁画を描いている川田知志さんを呼んできて、この産地に外部の人が関わることでどういうことができるかを実証しようとしたんです。この時にキュレーターとして心がけていたことは、できるだけいろんな可能性を提示するということです。展覧会でキュレーションを担当する際には、どうしても取捨選択をしないといけないので、結果として「これがいいものです」と言っている感じで権威的になってしまいます。そうではなくて、同時にこれだけの作家が存在していて、しかも外部の人がこういう関わり方ができるというやきものの幅広い可能性をどうやって示すかということを考えていました。うちの美術館の敷地内に、鎌倉時代とか室町時代に使われていた窯の跡を保存してる建屋があるんですが、川田さんにはその建屋の中に幅14メートルの壁画をタイルで作ってもらいました。
瀬戸という場所は面白くて、平安時代からずっとやきものの産地なんですよ。やきもののことを「瀬戸物」と言いますが、そういう言葉が生まれるくらいにやきものを作り続けて、世界でもトップレベルの産地なんですね。昭和の戦中期に、洋画家の北川民次という人が瀬戸に疎開してきて、瀬戸の風景をモチーフにした絵を描いたり、地元の窯元と組んで巨大な陶の壁画を作ったりしたんです。瀬戸市の市立図書館にも民次の陶壁画があります。民次がなぜこういう壁画を描いたかっていうと、彼は1920年代にメキシコに行って、そこで起こった壁画運動に触れてるんですよ。メキシコには、占領されて先住民が追いやられた歴史がありますが、そういった自分たちが辿ってきたルーツを壁画に描き留める運動があったんです。そうすると何がいいかというと、建物の壁に描くからいつでも誰でも見られるんですね。それと、識字率が低くても絵だと内容が伝わりますよね。民次はそうやって壁画の社会的な役割を学んだので、瀬戸の風景も描くし、やきものを使って壁画にして建物を飾るようなことをやるんです。それで、こういった陶壁画が瀬戸の人にとっては今や当たり前の存在になっているんですよね。だから、あえて壁画をやっている人を瀬戸に連れてきたら何が描けるのか、というところに挑戦するためにわざわざ川田さんを呼んだんです。
かつては同級生だった友人たちが今はトップレベルの作家になって活躍していて、学年としては1つ下の西條茜さん(※陶芸家、美術学部陶磁器専攻講師)なんかもすごく活躍していますけれども、そういった同世代の人たちの存在があったからこそ、友人関係からもう一歩進んだ関係で今一緒に仕事ができているという気がします。

川田知志氏によるタイル壁画
同級生や先輩・後輩の方々とは今でも結構連絡を取られていますか?
入澤 頻繁に連絡するかと言えばそうでもないんですが、この業界にいるといろんな仕事をしている先輩とか後輩に会う機会があって、仕事のつながりでたまたま遭遇するみたいなことがよくありますね。
今後の活動について、夢や目標などをお聞かせください。
入澤 今ちょうど国際芸術祭のキュレーターをやらせていただいていて、それもうちの美術館と瀬戸が会場になるということもあり、愛知に来てから8年目になるんですが、自分が培ってきた経験を最大限に生かして、ローカルな立場として国際的な芸術祭にどういう応答ができるかということを意識しながら必死で組み立てているところです。これがうまくいくと、今まで瀬戸に来ていなかった人に足を運んでもらえるし、瀬戸の魅力にも気づいてもらえるし、美術展を通してこれまで見えてこなかった瀬戸を紹介することができるんじゃないかな、と思っていて、それが直近では一番大きい目標ですね。
自分の中にノイズを増やす
京都芸大を目指す受験生に向けてメッセージをお願いします。
入澤 京都芸大は本当に特殊な大学だと思います。学生数が少ない一方で、本気で何かものを作りたいという人が集まってきている大学なので、お互いに刺激を受けます。それが社会に出た後も生きていて、僕の場合は仕事に直結しているので、単なるビジネスという意味合いを超えて何か後世に残るような面白いことができるように思います。そういったことを可能にできる教員陣とか環境が揃っている場所なので、ぜひ入学して活用していただけたらなと思います。
在学生へのメッセージをお願いいたします。
入澤 在学生の人たちはコロナ禍で難しかった面もあったと思うんですが、大学での学業や活動もやりつつ、一方で何かもう一つ軸を持つ行動を広げて行ってほしいですね。そういうことを恐れずにやれるのは学生の間だけなので、ぜひ自分の中にノイズを増やしていただければと思います。すると、すごくいい音が出る瞬間が絶対に出てくるので、興味を持ったことがあればとりあえず飛び込む意識を持っていればいいのではないでしょうか。
個人的な意見ですが、コロナ禍以降の大学生には静かなイメージがあって、今のお話もあったように何かに飛び込んでいくことだったり、大きな人の繋がりだったりがないように感じています。
入澤 それは悩ましいところですね。社会に出てつくづく思うのは、芸術活動の中にはやっぱり社会と何かしらの関わりを持たないとできないことが多々あるんですよ。自分のやっていることが、どういう形で社会と関わりを持つかということを常々考えながらやっておくことが大事だと思います。
とりあえず自分の興味に近いところを目指すのが一番ですが、私の場合は最初に大山崎山荘美術館で働いたのがよかったなと思っています。大山崎山荘はアサヒグループの美術館ですよね。だから、新人研修の時にビール販売の営業をする人たちと一緒に居酒屋を回るんです。そうすると、ビールを売り込んでいる人たちが上げる収益が最終的に自分たちの美術館の活動に繋がっていることが分かるんですよね。そういうことは美術館で働いているだけでは分からなかったと思います。じゃあ自分の活動から営業の人たちに何を還元できるのか、ということを考えるようにもなるし、そういう視点は大事だと思います。

一見関係のないことでも、経験を積んでいけば本当に自分がやりたい仕事にいつか繋がったりするのかな、と今日お話を聞いていて思いました。
入澤 僕もそうだったんですが、自分の将来には関係ないと思っていたインストーラーの仕事とか、ラグビー部の人間関係とか、結局は全部繋がってきています。
将来的に美術に関する仕事に就きたいと思っていても、当面は別の仕事をやることもあり得るでしょうが、例えばウェブデザインの仕事をするのであれば、アート業界で使われているデザインフォーマットがどういうものかを勉強しておく。編集の仕事をするのであれば、仕事をやりつつも展覧会の図録を見て、構成や文字組みなどを研究しておく。そういったことが将来に繋がっていくはずです。
今年度、自分たちで「Colors」(※総合芸術学専攻の学生が企画する展覧会)を開催するにあたって、いろいろな調整がすごく大変だったのですが、先輩方が残された過去の資料を参考にすることで何とかやり遂げられました。自分でやってみたことで、先輩方が企画を一から立ち上げて、年々アップデートされていたのは本当にすごいことだと感じました。
入澤 僕は2012年に李趙雪さん(※南京大学芸術学院特任副研究員)と2人で「Colors」を担当したんですが、当時はキュレーションの意味も分かっていなくて苦労しました。どうまとめていいのか分からない中で、李さんと相談しながら、アイデアを出し合って何とか乗り切りました。だから、当時の僕も同じような状況でしたよ(笑)。
時間も取られるし、本当に大変でしたが、だれかがこの企画をやらないと途絶えてしまうという危機感でやっていたような感じです。
入澤 展覧会を企画してみると学ぶことは多いですよね。他の学科の学生と関わることも大事だし、学内で誰がどんな制作をしているかが分かるというのも京都芸大らしいことだと思います。僕は不器用だったのですごくタイパが悪かったと思うのですが、効率の悪いやり方をしていたおかげで今役立っていることもあります。今の学生さんたちは忙しいのでなかなか難しいかもしれませんが、時間をかけるということは大切なことで、振り返ってみると無駄なことではなかったと思います。
インタビュアー:原田佳苑、森田唯衣花(ともに美術学部総合芸術学科総合芸術学専攻4回生*)
*取材当時の学年
インタビュー後記
(写真左:原田さん、右:森田さん)
原田佳苑(美術学部総合芸術学科総合芸術学専攻4回生*)*取材当時の学年
入澤さんのような、やりたいと思った事にどんどん関わっていく、という行動力にとても感心しました。
総合芸術学科は京芸の中でも特に少人数の学科であるため、個々がやりたいことを伸ばしていく、そんな場所だと感じています。
入澤さんとのインタビューを通じて、学生時代から様々な人との関わりを大切にし、それらを次に繋げていくことで未来が変化する可能性がある、ということを実感しました。我々はコロナ禍での入学だったため、他学科との関わりを持つことが難しかったのですが、この経験を参考に、今後クリエイティブ活動を続けていきたいと思います。
この度は貴重なお話をありがとうございました。
森田唯衣花(美術学部総合芸術学科総合芸術学専攻4回生*)*取材当時の学年
コロナ前の活気ある京芸のお話を聞けました。オンライン授業はタイパがいいもののやはり人間関係の部分でデメリットを感じました。加えて人との関わりの大切さを改めて感じたインタビューでした。
人間関係や環境が将来思わぬ形で自分のしたいことにつながってそれがまたつながって、、そういった入澤さんの経験談を聞いて、自分に置き換えて考えてみると、これからももっと人とのつながりを大切にして将来を考えていこうと思えました。
貴重なお話をありがとうございました。
(取材日:2025年1月20日・愛知県陶磁美術館にて)
Profile:入澤 聖明【いりざわ・まさあき】 愛知県陶磁美術館学芸員/国際芸術祭「あいち2025」キュレーター
大阪府生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程芸術学専攻修了。京都国立近代美術館キュレトリアル・インターンシップを経て、2015年から2017年までアサヒグループ(旧アサヒビール)大山崎山荘美術館で学芸員として勤務。2018年より現職。専門は日本の近・現代陶芸史。芸術表現としての陶芸だけでなく、産業的な視点も軸として展覧会を企画。近年の主な担当展に「異才辻晉堂の陶彫―陶芸であらざるの造形から」(2020年)、「昭和レトロモダン―洋食器とデザイン画」(2022年)、「やきもの現代考―内⇄外―」(2022年)、「ホモ・ファーベルの断片」(2022年)。その他、西枝財団キュレーター助成事業として「Dividing Line – Connecting Line」(2013年/川井遊木 共同企画)に参画。