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俵屋宗達筆と尾形光琳筆 『風神雷神図屏風』における 光琳の模作の問題点とその考察

―(論文要旨)―


 琳派の3巨匠宗達、光琳、抱一によって制作された3点の『風神雷神図屏風』が今に伝わっている。17世紀に俵屋宗達(生没年未詳)が筆を揮ったとされる国宝『風神雷神図屏風』(建仁寺蔵 以下、宗達本と称す)と、その宗達本を18世紀に尾形光琳(1658~1716)が模写したとされる重要文化財『風神雷神図屏風』(東京国立博物館蔵 以下、光琳本と称す)、さらに19世紀に酒井抱一(1761~1828)が光琳本を模写した『風神雷神図屏風』(出光美術館蔵 以下、抱一本と称す)の3作品である。この3作品は私淑、すなわち直接の師弟関係ではなく、自らが師と仰いだ人を慕い、模範として学ぶことによって繋がった琳派の3巨匠が奇しくも時代を隔てて模写したことから、琳派の継承を最も端的に示す、いわば琳派の象徴的存在とされている。


 2006年秋、出光美術館で開催された『国宝 風神雷神図屏風 宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造』展で、この3点の『風神雷神図屏風』が一堂に会した。今回明らかになった重要な発見は、光琳本が宗達本の輪郭線と一致したという事実である。それについては、展覧会図録に「体躯や衣文線などの輪郭線では驚くべき忠実さで宗達画がトレースされたことが明らかになった。このことから、光琳は単に屏風を瞥見した程度ではなく、時間と手間を惜しまず実際に宗達の作品を正確に写し取ったことがはっきりしたのである。」(内藤正人「風神と雷神 宗達・光琳、そして抱一をつなぐもの」『国宝 風神雷神図屏風 宗達・光琳・抱一 琳派芸術の継承と創造』出光美術館、2006年、60頁)と記載されている。この光琳が宗達本をトレースしたという見解は、光琳の模写のありかたを考えるうえでも非常に重要なことである。しかし、光琳がトレースしたにしては、線の解釈や彩色などにかなりの相違点がみられ、宗達本と光琳本の輪郭線の一致という事実が、直ちに光琳がトレースしたといえるのかと疑問を感じた。そこで、本稿では、光琳本が出来上がるあらゆる過程の可能性を考察し、両者の細部を比較検証し、光琳本の模作の問題を考察する。


 まず、最初に宗達本と光琳本、風神雷神図像の系譜の先行研究やこれまで行われた宗達本、光琳本、抱一本の三者会合展などをまとめる。先行研究を調べることでこれまでどのように語られてきたのかを紐解き、現状と問題点などを確認している。さらに、近年疑問が投げかけられている「琳派」概念再考の機運を取り挙げ、その「琳派」概念の問題に『風神雷神図屏風』が大きく関わっていたことを確認し、現在発生している問題点を指摘している。そこで、「琳派」の継承という枠を外して、模写のありかたや制作背景等について個々に検証していくべきだと指摘した。かつて、戸田禎佑氏が3点の『風神雷神図屏風』を結びつけているのはイコノグラフィーの同一性であって、絵画的表現において宗達本と光琳・抱一本は懸絶していると指摘したが、その懸絶は何によるものかを再検討するときに、光琳が宗達本を見なかった可能性も考えられると述べている。


 本題に入っては、まず、宗達本と光琳本の特徴を挙げ、光琳本に宗達本の特徴が継承されているかを考察している。その結果、宗達本も光琳本もかなり個性を主張した作品と言え、光琳本には、宗達本の特徴である線描や構図、金箔の使い方等の点については継承されていないことが確認できる。また、宗達本は宗達筆と言われているが落款も印章もなく、確実な証拠はない。そこで、私見も含めて宗達筆である理由も考察している。それから、光琳本と宗達本の輪郭線の一致は、光琳本が制作される際に、何らかの輪郭を写し取った紙が使用されたのは確かであるので、光琳が使用した粉本について考察し、光琳本の制作工程におけるあらゆる可能性を提示し、光琳本が出来上がるには光琳がトレースする以外にも方法があることを確認する。そして、具体的に宗達本と光琳本を詳細に比較検証し、その結果、単なる意図的なアレンジの域を超えていると思われる線の解釈や色塗りの違いがあることや、宗達本になくて、光琳本にある箇所などがある等々をみると、光琳が自ら宗達本をトレースしたとは言えないと結論付けた。ここでは特に宗達本の下絵を入手して制作している可能性があることを指摘している。さらに、宗達本と粉本から制作された光琳本の相違をみると、従来捉えられていた宗達本だけを見て学ぼうとして模写したという模作過程は考えにくく、光琳は風神雷神というテーマを描くにあたり別のものも取材し、自らのイメージを作りあげて創造したと考えられる。つまり、宗達本をひたすら継承しようという純粋な継承ではなかったと言えるだろう。


 従って、これまで、光琳本は模写の写し崩れと見做されたり、光琳が模写によって宗達本の秘密を解明しようとして出来た作品とされてきたが、それらはひとつの誤解をもとに語られてきたもので、光琳本の特質を正しく読み取ることができていなかった。宗達本と光琳本は単純な主従関係ではなく、同じ粉本に基づく姉妹作品という捉え方で見直す必要がある。そうして初めて宗達本と光琳本に現れている両者の個性と時代性を公平に評価することができるのである。


 宗達、光琳、抱一の『風神雷神図屏風』研究においては一部の研究者の思い込みによる宗達・光琳・抱一物語に終止符を打ち、より実証的な研究をしなければならない。さらに、3点の『風神雷神図屏風』の投げかける問題は大きく、これを出発点として、琳派とはなにか、琳派の継承について、琳派再考の新たな段階をスタートさせたい。

2007年度 同窓会賞 大学院 芸術学専攻 院2回生 奥井 素子

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