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基底材が絵画表現に及ぼす影響 −16世紀の花鳥図を中心としてー

1.研究の目的と背景

東洋絵画における材料的観点からの表現の考察と、基底材の表現への関与が乏しい現代の日本画における絵画表現を再考することを目的とし、本研究では16世紀の花鳥図に着目した。中国では明代の前半にあたり、絹本に大幅の彩色花鳥図が描かれた。日本では室町時代にあたり、紙本の障屏画が盛んに制作され、花鳥図も画題の一つとして描かれた。日本の花鳥障屏画は明代の彩色花鳥図の図様・構図に影響を受けたが、彩色表現などが異なっていることから、基底材が絵画表現に関与していることが考えられた。

2.研究方法

図様観察、実践的検証、創作の3つの方法で研究を行った。まず、16世紀の絹本・紙本に描かれた花鳥図の図様観察を行い、絹と紙に描かれた花鳥図の特徴を考察した。次に模写を中心とする実践的検証を行い、絵画表現の特徴と基底材はどのような関係があるのかを検証した。最後に、研究により明らかにした基底材の性質・絵画表現を活用した創作を行い、現代における絵画表現を追求した。

3.結果及び考察

図様観察は、絹本の花鳥図については、日本の花鳥障屏画に影響を与えたとされる明代の院体花鳥図から、呂紀≪四季花鳥図≫ (東京国立博物館)、紙本の花鳥図は院体花鳥図をもとに描かれた日本の真体花鳥図から、狩野元信≪四季花鳥図≫ (大仙院)、「輞隠」印≪花鳥図≫ (東京国立博物館)、さらに、元信が大和絵の表現を加えた≪四季花鳥図≫ (白鶴美術館)とした。これらの花鳥図を比較すると、絹本、紙本で彩色の厚みに違いが見られたほか、絹本では染料が多用されていることが判明した。また、絹では自然景の表現で墨だけでなく染料が併用されていたが、紙本では墨が多用されていることが分かった。

実践的検証からは、絹本は染まりやすく隙間のある構造をもつことから、染料による暈しや混色を活用することで諧調が高く色味の幅広い彩色が施せること、また、裏彩色を活用した細密な表現を行うのに優れていることが明らかとなった。紙本では平滑な構造により、金銀箔による装飾や盛上げなどの大和絵の表現に適していることや、運筆に優れること、顔料の発色が良いことが判明した。これにより、16世紀の花鳥図において基底材ごとに異なる特徴が見られたのは、基底材に応じた表現がなされたことが要因であることが考えられる。また、日本に於いて大和絵の表現が取り入れられたのは、それが紙本に適した表現であったためで、絵画表現の成立の要因の一つに、基底材の存在があったことも想定される。

創作においては、基底材を活用した絵画表現を行うことを前提として、紙本、絹本を併用した制作を行った。制作を通して紙本は空間の表現で活用できることが分かった。

材料の理解と応用により表現の可能性が広がったことから、現代の日本画においても表現に合わせた基底材の選択が重要であると考えた。

2019年度 同窓会賞 大学院 美術研究科 保存修復専攻 修士2回生 日野 沙耶 HINO Saya

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