西澤和樹さん
在学生が、多方面で活躍する卒業生に学生時代の思い出や現在の活動について伺う「卒業生インタビュー」。
2026年度は、グラフィックデザイナーの西澤和樹さんにお話を伺いました。インタビュアーは、美術学部総合デザイン専攻の坂本蒼太さんです。
なお、本記事の内容は取材日時点のものです。
(取材日:2025年11月13日/本学にて)
京都に惹かれて
幼少期はどんな子どもでしたか?
西澤 仮面ライダーやベイブレードが好きな、いわゆる「普通の男の子」だったと思います。運動はあまり得意ではありませんでしたが、絵を描くことはずっと好きで、外で走り回るよりも、家で絵を描いて過ごす時間の方が長かったですね。
この大学・学科を選んだきっかけを教えてください。
西澤 僕は長野県出身で、京都にはそれまで縁がなかったんですが、中学の修学旅行で訪れた京都の街に惹かれていました。ちょうどその頃、デザイナーになりたいと思い始めていて、いずれは東京に出ることになるだろうとも考えていました。だからこそ、大学は「どうせなら東京以外で学びたい」と思い、「京都で探してみよう」と考えたのがきっかけです。そこから調べていく中で、京都芸大にたどり着きました。

西澤和樹さん
京都には京都芸大の他にもいろんな芸術系大学がありますよね。
西澤 受験期は、グラフィックデザインかプロダクトデザインかで迷っていました。多くの大学が入学前に専攻を決める中で、京都芸大は入学後にじっくり考えられる余白がある大学だったので、そこが決め手の一つだったと思います。
デザイナーを目指すなら東京、というイメージもありますが、あえて東京を選ばなかった理由はありますか?
西澤 「東京に染まりたくない」という気持ちがあったのかもしれません。情報量が多すぎて、自分がやりたいことが見えなくなってしまうんじゃないか、という不安もありました。今思うと若かったなと思いますし、実際はそんなことないんですけど(笑)。落ち着いた環境で、勉強に励みたかったというのはあったと思いますね。
大学入学までに思い描いていた夢はありましたか?
西澤 浪人時代にデザイナーやアートディレクターの書籍をたくさん読んでいました。その中で一番「かっこいいな」と思っていたのが、佐藤可士和さんでした。佐藤さんの、デザインだけでなく、広告やVI(ビジュアルアイデンティティ)・CI(コーポレートアイデンティティ)、音楽のジャケットなど、幅広く関わっている姿が魅力的で、「自分もそんなふうに活動してみたいな」くらいの感覚で捉えていたと思います。だから、早い段階から、グラフィック系のデザイナーになりたいという気持ちはあったのかもしれません。
「ゆるさ」と「熱量」が共存する大学
実際に京都芸大に入学してみて、大学の印象はいかがでしたか?
西澤 大学全体に楽しい空気が流れていて、その雰囲気はすごく面白いなと感じていました。一方で、「こんなにゆるくて大丈夫なのかな」という不安もどこかにあって。
ただ、実際に授業が始まって、同級生たちが制作に打ち込む姿を見ていると、やるときはちゃんとやる人たちなんですよね。とにかく制作にかける時間や、手を動かす量が多い学生が多くて。その“ゆるさ”と“熱量”のバランスが、とても面白い大学だなと思いました。
1年生は総基礎(総合基礎実技)から始まりますよね。
西澤 そうですね。今思えば、最初からデザインを専門的に学ぶ必要はなかったなと思いますし、総基礎を経験できてよかったなと思っています。
志を持って入学した分、最初は「思っていたのと違うな」と不安になる部分もありましたが、振り返ると、あの時間があったからこそ視野が広がった気がします。
学科や専攻が違う人たちが混ざるので、その化学反応が面白く、意見がぶつかっても「作品をよくしよう」という方向に向かう。そういうグループワークはすごく楽しかったです。

学生時代、同期とのライブペイント企画
学生生活で特に印象に残っている思い出はありますか?
西澤 大学生活で言うと、芸大祭がとにかく楽しかったです。毎年秋になると、今でも「あ、芸祭の季節だな」って空気で思い出すくらいで。ビジュアル・デザイン専攻の有志で集まって、夜遅くまで模擬店を作ったりして、あの独特の空気感がすごく印象に残っています。
好きな授業はありましたか?
西澤 タイポグラフィーの授業が本当に好きでした。カリグラフィーの課題などは、黙々と集中して取り組めるのが楽しくて。「自分が思う“いい線”って何だろう」「見本通りに書くにはどんなストロークが必要なんだろう」と考えながら手を動かす時間がすごく好きでした。 オリジナルで文字を作る課題もあって、音楽をテーマに曲を選び、そのイメージをタイポグラフィーで表現してB3パネルに仕上げる、という内容でした。今もその延長線上で、自主制作でタイポグラフィーの作品を作っていたりします。今振り返ると、ああいうことを、僕は今もやっているなと感じます。
学外との関わりで印象的だった経験はありますか?
西澤 3回生のときに、シュウウエムラとコラボした展示制作があって、そこで初めて「プロの現場」や「ディスプレイ業界」というものを意識しました。就職すると、どうしても一つの業界の中だけで物事を考えがちになりますが、学生時代に違う業種のデザインと関わった経験があると、異分野の仕事をするときのハードルが低くなる。あの時の経験は、今も活きていますね。

専攻の研修旅行記念写真
印象に残っている課題はありますか?
西澤 やっぱり卒業制作ですね。
在学中はいろんな課題があって、板を切り出して立体を作ったり、浴衣を作ったり、和紙で服を作ったりと、幅広い制作を経験しました。その集大成として、「自分は何を作りたかったんだろう」と向き合うのが卒業制作だったと思います。 制作期間も半年から1年近くかけていて、その間に教授の方々と何度も相談しながら進めました。それまでの課題は、与えられたテーマに取り組んで評価を受ける、という流れが多かったんですが、卒業制作では自分から積極的に質問しに行った気がします。その意味でも、すごく印象深い経験でした。
卒業制作は「幽霊文字」でしたよね。
西澤 よくご存知で(笑)。最終的にはポスター作品だったので、今の仕事にも近い領域ではあります。ただ、グラフィックとしての完成度だけで見れば、正直大したものではなかったと思います。
でも、あの時は初めて「グラフィックのための空間」を考え、平面のデザインから脱却して立体に挑戦した作品だったように思います。先生に展示について相談するといろいろ教えてくださって。そのおかげで、「これはいいものができたな」と思える経験になりました。鉄のフレームを使った展示だったんですが、自分では溶接もできなかったので、他専攻の友人にお願いしたりして、多くの人を巻き込んだプロジェクトでした。

卒業制作の展示風景
同級生や教員は、どんな存在でしたか?
西澤 同級生は、とにかく制作に対する熱量が高くて、真摯に向き合う人たちが多かったです。いつも本気で作っている何人かの存在は、当時から尊敬していましたし、そういう同級生が身近にいたのは、本当にありがたかったですね。
教授の方々には、もう頭が上がらないです。舟越先生や楠田先生など、僕らが目指そうとしている業界の「その先」を知っている方々だったので、いただいたアドバイスは今振り返っても的確で、今の自分にもつながっていると感じます。
“やってみたい”を生みだす
卒業後から現在までの活動について教えてください。
西澤 卒業後は、まず広告制作会社に入りました。広告代理店からデザイン部分を請け負う、いわゆるグラフィック系の広告制作会社で、そこで6年ほど働きました。
その後、「代理店経由ではなく、企業と直接やり取りできる仕事がしたい」と思うようになりました。クライアントの顔が見える環境で働きたいと考えるようになったんです。
その流れで、ブランディングを手がけるWeb系の会社に転職し、会社を転々としながらも今も並行してフリーランスを続けるような形で働いています。
これまで手がけた中で、特に印象に残っているプロジェクトはありますか?
西澤 「ばけばけ」というNHK「連続テレビ小説」のロゴ制作ですね。
きっかけは、NHKで働いている大学時代の友人から声をかけてもらったことでした。そこから制作の方々にポートフォリオを見ていただいて、最終的に選んでもらった形です。
大学の同級生とのつながりが、実際の仕事につながったという点でも、大きな経験でした。
制作のプロセス自体も印象的でした。ドラマ制作チームが、「今までの朝ドラにはないことをやろう」という強い熱量を持っていて、その姿勢に引っ張られる形で、ロゴもどんどんよくなっていきました。
反響が大きかったのも嬉しかったです。「ドラマのクレジットで名前を見たよ」「ニュースで見たよ」と声をかけてもらったりして。
特に、両親が誇らしそうにしてくれたのは印象に残っています。普段はなかなか親の目に届かない仕事も多い中で、「見せられる仕事」ができたのは、本当によかったなと思います。

NHK連続テレビ小説「ばけばけ」ロゴ
制作するうえで、大切にしていることはありますか?
西澤 自分にはいわゆる「作風」みたいなものが、はっきりあるタイプではないと思っています。でも、その中でも「ここは自分なりにいいと思える」「これは挑戦できた」と言えるポイントは、必ず作るようにしています。それが形なのか、色の組み合わせなのか、アイデアなのかは案件によって違いますが、自分自身が評価できるポイントを意識しています。
もう一つ大切にしているのは、「なぜそう作ったのか」をきちんと説明できることです。
パッと見て「いい」と思ってもらえるデザインが一番理想ではありますが、実際の現場では、デザインの意図を言語化する力が重要になります。クライアントに対して、「なぜこの色なのか」「この形がどういう効果を生むのか」を説明できるかどうかで、納得感は大きく変わる。「なんとなくこうしました」という部分を作らないようにして、必ず理由を持つ。その意識は、ずっと持っていると思います。
大学時代の制作や学びは、現在の仕事に活きていると感じることはありますか?
西澤 ありますね。学生時代にさまざまな媒体や表現に触れられたことで、「初めてやること」が少ない。新しい案件に向き合うときも、「あ、学生時代にこういう課題をやったな」と思い出して、そこから第一歩を作ることがよくあります。
それと、同級生たちの存在も大きいです。同じ学科といっても、卒業後の進路はさまざまで、家電メーカー、ゲーム会社、ファッション、テレビ業界など、いろんな分野で活躍している人がいます。自分はグラフィックデザイナーとしての道を歩んでいますが、違う価値観でものづくりをしている仲間の姿を、今も身近で見られるのは、とても刺激になります。
人数が少ない分、学生同士の結びつきが強く、卒業後も関係が続いているのは、京都芸大ならではのよさだと思いますね。
今後の活動や目標について教えてください。
西澤 今は、ロゴからパッケージ、サイン計画まで、一つのものを丸ごと手がけるような、厚みのあるデザインをやっていきたいと思っています。
一方で、自分の仕事を見て、「こういうデザインをやってみたい」「デザインっていいな」と学生や駆け出しのデザイナーから思ってもらえることが、嬉しいことなんだと最近気づきました。そういうきっかけを生むような仕事を、これからも続けていけたらいいなと思っています。
実際の現場では分業制が多く、全部を任せてもらえる機会は少ないのが現実ですが、個人として名前が知られるようになると、少しずつ可能性は広がっていく。そういう手応えも感じ始めています。

現在所属する「日刊タイポ」の活動
これから京都芸大を目指す受験生に向けて、メッセージをお願いします。
西澤 今の京都芸大は本当に環境がよくなっていると思います。授業の充実度もそうですし、アクセスもよくなって、場所としてもオープンになりました。外との関わりが増えていて、社会や業界と接点を持ちながら学べる環境になっていると感じます。
努力して損をする大学ではないですし、たくさん挑戦できて、楽しい大学だと思います。
いろんなことをやってみたい人にとっては、いい環境なんじゃないかなと思いますね。
最後に、在学生へのメッセージをお願いします。
西澤 大学って、同じ志を持った人たちが、同じ年齢で一気に集まる最後の場所だと思うんです。社会人になると、どうしても上下関係や立場が生まれてしまうので、同級生からフラットに刺激を受けられる環境って、ここが最後だったりします。
だから、同級生とも、教授とも、できるだけたくさんコミュニケーションを取ってほしいですね。教授の方々は、その業界の大先輩で、知識を持っているので、いろいろ教えてくれます。自分から取りに行かなくても、授業を受けているだけで知識を浴びられる時間って貴重です。
ちょっと説教っぽくなってしまいましたが(笑)、基本はとにかく楽しんでほしい。
その時間を大切にしてもらえたらいいなと思います。

インタビュー後記

坂本蒼太(美術学部デザイン科総合デザイン専攻3回生*)
*取材当時の学年
自分の憧れるデザイナーが、同じ京都市立芸術大学でどのように過ごし、どのような考えを持つようになっていったのかという過程を聞くことができて、大変貴重な体験をさせていただきました。同じ大学の先輩が自分の力で道を切り開いて年鑑タイポグラフィのベストワークを取ったり、誰もが知るテレビのロゴをデザインしたりと一線で活躍しているという事実は私たち学生に大きな勇気を与えてくれます。私自身も西澤さんの背中を見ながらデザイナーとして活躍していきたいなと思います。
(取材日:2025年11月13日・本学にて)
Profile:西澤 和樹【にしざわ・かずき】 グラフィックデザイナー

1993年長野県生まれ。2017年京都市立芸術大学卒業。株式会社たき工房を経て、ブランディングエージェンシーにてデジタル・アナログ・業種を問わずアートディレクションを担当。数社のブランド立ち上げに参画。タイポグラフィを中心としたグラフィックを投稿するInstagramアカウント、「日刊タイポ(@nikkantypo)」の日曜日担当。
主な受賞歴:ADFEST 2026 BRONZE、Spikes Asia 2026 SILVER 、日本タイポグラフィ年鑑ベストワーク、TDC入選など。

