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谷川美音さん

在学生が、多方面で活躍する卒業生に学生時代の思い出や現在の活動について伺う「卒業生インタビュー」。
2026年度は、漆作家で本学非常勤講師の谷川美音さんにお話を伺いました。インタビュアーは、美術学部漆工専攻の河野向日葵さんと浅田遼さんです。
なお、本記事の内容は取材日時点のものです。
(取材日:2025年12月2日/本学にて)

漆の面白さに気づく

谷川  絵を描くのはもちろん好きでしたが、よく覚えているのは、折り紙とか工作とか、ものを作ったり手を動かしたりするのが好きだった記憶はありますね。

谷川  両親が京都芸大の油画と日本画の出身という家庭環境だったので、自然と京芸に行きたいなと小学生くらいのときから思っていたような気がします。ただ、両親は絵を描いていたんですけど、私自身はものを作る方が好きだと思っていたので、工芸科を受験しました。

谷川  元々は染織をやりたくて、特に織をやろうと思って大学を受験しました。1回生のときに「工芸基礎」の授業で陶磁器、漆工、染織と3専攻の実技に触れてみた結果、漆が面白いと思ったんですね。結構長い間織をやろうと一途に思ってきたので少し迷いはしましたが、実際にやってみた自分の感情に従う感じで、急遽路線を変更して漆工専攻を選びました。

谷川  沓掛に大学のキャンパスがあった時代なので、冬はすごく寒かったです。自然が多いエリアなので、漆工棟の裏でサルの親子が遊んでいたこともありました。入学当初は知り合いがおらず、ちょっと引っ込み思案な感じだったんですが、「総合基礎実技」の授業でグループで制作する課題があって、そこで同級生と仲よくなり、1回生の前期後半ぐらいから「大学楽しいかも」と思えるようになった記憶があります。
※京都市西京区。1980年から2023年まで本学のキャンパスが所在していた。

思い悩み、手が止まった時期も

谷川  大学院も含めると京都芸大には6年間在学したんですが、そんなに真面目な学生だったとは自分で思っていません。でも、振り返ってみると覚えているのは制作しているときのことばかりなので、割と制作は頑張っていたのかなと思います。年に1回の作品展に向けて、毎年特に後期は頑張っていて、2回生のときには何日も大学に泊まり込んで制作していました。当時は申請さえしておけば夜でも大学で制作できる時代だったんですよね。汚い制作室を8人でシェアして使っていて、当時はめちゃくちゃしんどかったんですけど、振り返ってみると楽しい思い出ですね。
あとは、3回生のときに芸大祭で「漆黒屋」のテントを立てて惣菜屋をやっていたんですが、芸大祭の期間中は大学で寝泊まりしながら営業していたことも楽しかった経験です。
※漆工専攻が芸大祭で出店する模擬店。

谷川  講義内容をよく覚えているのは、漆に関連する授業でもある「塗料塗装法」ですね。あと、科目名は覚えていないんですが、夏休みの集中講義でメディア系の授業が当時あったんです。自分の好きなアニメ映画のワンシーンを選んでそれについて熱く語ってください、というレポート課題を課されたのが印象に残っています。今授業を受けたらもっと積極的に前のめりで受けられるのに当時は眠気に勝てなかったな、もったいなかったな、と思い返すことはありますね。

谷川  実際の面積の違いは分からないですが明るくて広々していると感じます。また、作業内容に合わせた部屋の作りや使用ルールなど、制作室を綺麗に保ち快適に制作するための配慮が細やかだと思います。沓掛の漆工棟は私が入学した時点ですでに何十年も使われていた建物だったので、ある意味気楽ではありました。当時の自分にどっちのキャンパスがいいか聞いたら今のキャンパスだと答えるとは思いますが、沓掛のキャンパスにも愛着を持って通っていました。

谷川  キャンパスが違うから学生の雰囲気が違うというわけでもないと思いますが、今と比べると奔放な学生が多かったような気がしたり、大学にちょっと緩い雰囲気があったのは時代性だけではなく沓掛という場所も多少は関係しているのかもしれません。普段から施設使用の延長届を出して、日付をまたいで大学にいることもそんなに珍しくありませんでした。作品展の直前の時期でなくてもそうでしたし、私は原付で大学に通っていたので24時間の使用届を出して、変な時間に大学に来ていたこともありました。ただ、それがいいことかと言うとそうではないので、皆さんは決められた時間内でコツコツやった方が絶対いいと思います。

谷川  あまり今も変わらないかもしれないですが、自分のやりたいことに対して技術が伴ってないというギャップを感じていました。技術はすぐに上達するわけではないし、「こういうことしたいな」と思っても実際に手を動かしてみたらうまくいかないことがたくさんあって、結構悶々としてたように思います。あとは大学院のとき、自分がどういう作品を作りたいのか分からなくなったことがありました。学部の3回生以降自分なりに制作を続けていましたが、自分の作風とか、漆とどういうふうに向き合っていきたいのかみたいな姿勢の部分に疑問を感じて手が止まってしまうような時期もありましたね。

谷川  作品を制作はしていないものの、お箸とかお椀とかを作ってみたり、要らないものに漆を塗ってみたり、大学に来て何かをして過ごしていました。手を動かしながら、友人と喋りながら、何となく過ごして夕方に帰るみたいなことをしているうちに、徐々に制作に向き合えるようになった感じだったと思います。

谷川  今は作家として活動していますが、当時は作家になりたいという思いは全然持っていなくて、大学院を修了したら就職しようと思っていました。手を動かす仕事に就きたいなと思って、実際そういう仕事ができる会社に就職したんですが、当時は就職したさらにその先のことについては正直あまり考えてなかったと思います。今も長期的な視点でどういうふうになりたいか、どういうふうに生きていきたいかみたいな目標を立てるほうではないので、その時々の課題や短期的な目標に向き合って一つずつクリアしていくことを積み重ねている感じです。あらかじめ想定した道を歩んでいくのではなく、一歩一歩が道を作っていくと考えるタイプなんです。だから学生時代もああいうふうになりたい、こういうことをしたい、という将来についての具体的なビジョンはなかったと思います。

谷川  教員については漆工専攻の先生方しか詳しくは存じ上げないですが、とにかく優しかったですね。いい意味で放任主義というか、具体的にこうした方がいいとか、こうするべきとか言われた記憶はあまりなくて、困ったときにアドバイスを求めたらいろいろ助言をいただけたのが自分には合ってたなと思います。作品展の直前には炊き出しをしていただくなど、すごくお世話になりました。
私の学年は自分を入れて8人しか漆工専攻の学生がいなかったんですが、2回生の「漆工基礎」の1年間はすごく濃密だったので、同級生との間では苦楽を共に乗り越えた仲間意識のようなものが自然と芽生えた感じがします。卒業してからも漆を続けている人は多くないですが、今でもいい関係が続いていますね。

谷川  漆工専攻の場合は3回生から自由制作になるんですが、漆芸って一つの作品を作るのにすごく時間がかかるじゃないですか。大きめの作品に取り組んだら前期に1点、後期に1点くらいしか作れないと思うんですが、そうすると学部に在学中は4点くらいしか作品ができないんですよね。それでまだいろいろ足りてないな、もっと制作したいなと思ったので、制作活動を2年間延長するような意識で修士課程に進みました。

企業での経験と作家活動

谷川  さっきお話ししたことと重複しますが、大学院に在学中には将来的に作家活動をしていこうとは思っていなかったので就職活動をして、建築の装飾とかアミューズメントパークの造形物など、大型の立体造形を手がけている会社に就職しました。一人では作れないスケールのものに関わってみたいと思ったんですね。だいたい3年弱ぐらい勤めて、楽しかったんですけど、こういう仕様で、こういう形で作ってくださいという予め決められた設計図を実現していくような仕事だったので、自分で考えるところからやりたいという気持ちが少しずつ大きくなりました。それで退職して、自分の制作を始めました。会社に勤めていたときには全く漆と関わっておらず、技術的にも精神的にもブランクがあったので、この大学の非常勤講師や漆教室の講師などをやらせていただいたりして、感覚を取り戻していくような気持ちで少しずつ手も動かし始めました。
だから、ある日「今日から作家です」というふうに制作を始めたわけではなくて、ちょっとずつ思い出していくリハビリみたいな期間があったんです。そんな中で、制作を再開したことを知り合いの方に話したりしていたら、グループ展に呼んでいただいたりするようになりました。そういう展示のきっかけをいただいたことでちゃんと作品を作るモードになって、徐々に作家になっていったと言えるかもしれません。

谷川  ありましたね。大学院の修了制作が自分の中で割と納得がいったというか、作りたいものが作れたように感じたんです。自分の中では最後の作品だとそのときは思っていて、すっきり一区切りついた感覚がありました。なので、制作にまた戻る際には学生時代の制作とつなげるのではなく、新たにどういう表現をしたいのかを考えました。漆の世界にいると、みんな漆が好きで興味があるので、その温度感になれてしまいやすいと思うのですが、私はそこから距離のある環境に身を置いたことで、一般的には漆は自分が思っているほど馴染み深い素材ではないということを痛感しました。そういう状況の中で漆の認知度を上げるというか、今まで興味がなかった人にも漆っていいなと思ってもらえるような作品を作りたいという方向に意識が変わったと思います。

谷川  計画性と根気じゃないでしょうか。漆芸は一つひとつの工程の積み重ねが重要なのですが、自分が作りたい作品を実現するためにどれくらいの作業量と時間、どのような技術が必要なのかということが2回生とか3回生の頃は全然読めなくて、いつもいっぱいいっぱいでした。それが修士課程の修了制作のときには自分の立てた制作計画から大きく外れることなく作業を進められたので、漆工専攻での5年間の経験値の蓄積を感じました。根気に関しては、私の場合は学生時代から加飾はあまりせずに塗りで艶上げする作品を作っていたんですが、何回も研ぎ破ってしまうことがあったんですよね。1mくらいの大きさの作品で1㎝の研ぎ破りをしたときには「また1m全部塗り直しか…」と暗い気持ちになるんですが、そういう失敗の経験を何度もすることで、最後まで気持ちを切らさずに仕上げる根性はついたかなと思います。

谷川  特定の仕事や作品ではないんですが、今の私の作家活動はだいたい半分くらいが注文制作なんです。企業からお話をいただき、ホテルやマンション、空港のような多くの人が行き交うパブリックスペースに設置する作品を作っていて、それが自分の特徴ではないかと思っています。漆は紫外線に弱いということもあって、お椀などの漆器をはじめとし、屋内で自分の手のひらに収まる感じで鑑賞されるものが多いジャンルだと思います。結果として見る人が限られたり、触れる機会が限定されやすいのですが、もっと不特定多数の人に漆を見て知ってもらえる機会を作りたいと思っているので、パブリックスペースの作品はそれをある種実現できる仕事だと思って大事にしています。

谷川  今も結構悩んでいるんですが、卒業後の制作場所問題は多くの人が抱える共通の悩みだと思います。大きな作品を作ろうと思ったら普通の家だと難しいんですよね。私の場合は、最初はちょっと古い、汚れても大丈夫そうなアパートの一室を借りて制作していたんですが、いろいろとやりづらかったので半年くらいでそこを出て、その後は京都芸大の先輩たちが立ち上げた京都市内の共同スタジオに入らせてもらっています。絵画系の作家の方が多く、元々は大きな一つの空間をパーティションで区切っているだけだったのを、DIYで扉を付け、作業内容ごとに分けた3つの部屋で制作しています。さらに、数年前からは作業音や粉塵が出る作業だけをする場所を別に借り、現在は2ヶ所のスタジオで制作しています。漆芸の場合は陶芸の窯のような大掛かりな設備は基本的には不要なので、小さい作品だったら自宅の部屋で制作している方もいらっしゃいますし、ケースバイケースな気がするんですけど、設備というよりは作りたい作品を実現するために必要な空間を確保できるかが難しい問題だと思います。

やる気の炎を大切に

谷川  勤めていた企業を退職して制作活動を再開するときに、漆以外の素材に触れた会社員時代の経験を活かした作品を作ろうと決めました。ちょっと抽象的な答えではありますが、作品として発表するからには、私じゃないと作れない形、表現じゃないと意味がないと思うので、そこはブレることなく追求を深めていきたいと思います。私が学生のときから比べても漆産業全体の規模が小さくなっていますが、漆を使った作品を世の中に発信していく「最前線部隊」が作家だと思っています。自分の作品を介して漆の業界全体に何か還元できるような作家でありたいですね。

谷川  学生時代には発泡乾漆の作品を作っており、発泡素材で立体を造形して、その表面の塗膜として漆を塗る表現をしていました。漆は液体で、漆自体に形があるわけではないので、塊の表面、表層に使う以外のアプローチもあるんじゃないかと思ったのが始まりです。そこから思考を進め、漆の液体の状態を彷彿とさせるような軽やかな造形がしたいと思い、液体感を表現するために自分のドローイングをモチーフにしました。そして、軽やかな造形の実現のため、発泡素材ではなく樹脂(FRP、繊維強化プラスチック)を使って造形しています。FRPは強度がある素材なので、それを活かせるのが線状の造形だと思いました。FRPは立体造形分野ではメジャーな素材ではあるものの、私が知っている限りでは漆の作品ではそれほど積極的に用いられていない素材なのですが、漆と共通点もあるので、漆とFRPのハイブリッドに挑戦したいと思って今の作風になっています。

谷川  いい意味で放任主義だと先ほど言ったんですけど、自主性が尊重される分、能動的でないといけないという側面もあると思います。それと、そんなに学生数が多い大学ではないので、縦も横もつながりを持ちやすく、また、自分の専攻以外の人とも仲よくなりやすいのが魅力だと思います。卒業後も大きな財産になると思うので、学生同士のつながりを大事にしながら学生生活を送ってほしいなと思います。
講師の立場から見ると、学生の皆さんはみんな真面目で、よく話を聞いて理解してくれるので優秀だと感じています。京芸の漆工専攻は、自分の表現を大事にするという部分に重きが置かれていると私は感じていて、まずは技術を徹底的に習得してから表現を目指すというプロセスではなく、自分がやりたい表現を実現させるためにどういう技術、技法が必要なのかを考えるというのが特徴だと思います。自分の作品や制作に対する思いや意欲が重要になってくるので、やる気の炎みたいなものを大事にしてほしいですね。

谷川  今の話と重複しますが、自主性が尊重されているところです。さらに付け加えるとしたら、京芸出身の方の作品を見ていると、すごく表現の幅が広いと感じます。京芸らしさみたいなものがないのが京芸らしさみたいな。個々人の表現がしっかりあって、京芸っぽいという言葉に集約されないのが魅力だと思っています。

谷川  私自身、最初は織をやりたくて染織専攻に行こうと迷いなく思っていましたが、実際大学に入って思いが変わった経緯があります。もちろん自分の思いを一途に貫ける人はすごく素敵です。一方で、大学に入って一気に自分の知らなかった世界や情報に触れる機会が増えるので、その結果自分の気持ちに変化が出てくるなら、そのときは新しい一歩を踏み出せるとも思います。だから、楽しみに受験してほしいなと思います。

谷川  学部で4年、修士課程に進んだら6年、博士課程まで行ったらもっと長い期間を大学で過ごすことになりますが、在学中ずっと順調に物事が進むことは多分ないと思うので、どこかで手が止まってしまったり、思い悩んだりすることがあるのは当然です。そういう時間は学生のときだからこそ持てる時間のような気もしていて、実際に今の私が手を止めて何もできなくなってしまったら、経済的な問題をはじめとする現実的な問題が降りかかってきてしまいます。学生の間はそういう現実的な問題とはちょっと距離を置いて、存分に悩んだり立ち止まったりしても大丈夫な時期なので、制作に邁進できるならもちろんそれは素晴らしいけれど、何も作れないような時期があってもそれを負い目に感じずに、ちょっとプラプラしてみてもいいんじゃないかなと思います。多分そういう時期が次のステップの肥料になっていくのではないかと思っています。

インタビュー後記

河野向日葵(美術学部工芸科漆工専攻3回生*)
*取材当時の学年

谷川先生のお話の中で一番印象的だったことは、漆を使用した制作から一度離れ、会社でお仕事をされたことによって、ものを作ることへの意識や漆に対する考え方が変わったことでした。
漆工専攻の中で制作をしていると、漆を使うことが当たり前という感覚になってしまいがちですが、人々にあまり馴染みのない漆という素材で作品制作をしていることや漆だからこそできる表現とは何なのかなどを大切に考えていきたいと思いました。
制作に思い悩んだ時も、手を動かして別の何かを作ったり、友人とお話をする時間を大切にして次につなげていきたいです。
京芸だから出会うことのできた学生同士のつながりを大事に大学生活を過ごしていこうと思います。
貴重なお話をありがとうございました。

浅田 遼 (美術学部工芸科漆工専攻3回生*)
*取材当時の学年

谷川さんの社会人経験を経て作家になられた経歴から、企業での造形と作家としての制作の間に生じる葛藤についてのお話が非常に印象深かったです。中でも、漆を用いた作品を世の中に発信していく存在を「最前線部隊」と表現されていたことが強く心に残り、現在漆を学んでいる自分の立場と重なり、大きな刺激を受けました。また、沓掛キャンパス時代の漆工の制作環境についてのお話も特に印象に残りました。現在の新キャンパスは設備や立地に恵まれている一方で、自由な制作環境という点では、沓掛の方が魅力的に感じられる部分もあり、1年生の半年しか通うことのできなかった自分にとって、とても興味深く聞かせていただきました。この度は貴重なお話をしていただき、ありがとうございました。

(取材日:2025年12月2日・本学にて)

Profile:谷川 美音【たにがわ・みね】 漆作家・本学非常勤講師

京都府生まれ。京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻(漆工)修了。大学院修了後、美術造形会社に就職。数年間勤務の後退職し、2016年頃より作品制作を再開。現在は京都を拠点に作家活動を行う。2016〜2018年、2020年、2025年〜現在、本学非常勤講師。近年の主な活動に、グループ展「Urushi Now: Contemporary Japanese Lacquer」(2026年、V&A Museum)、個展「知るための行為循環」」(2025年、JILL D’ART GALLERY)、成田国際空港第1旅客ターミナル コミッションワーク(2026年)など。令和3年度京都市芸術新人賞受賞。