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第158回 定期演奏会 出演者インタビュー①(下野竜也教授)

第158回 定期演奏会を前に,当日指揮を務める下野竜也教授にお聞きしました。

interviewer_music下野先生が本大学に着任されて1年が経ちましたが,印象の変化はありますか。

最初の1年は慣れないこと,新鮮で初めてのこと尽くしでしたが,自分なりに充実していました。学生と接していて,最初はのんびりしているなと思っていたのですが,目標を自分なりに定めて勉強しているという良い印象を持ちました。少人数だから故に,先生方が学生のことをよく見ているし,アットホームな音楽大学だと僕は思いました。その印象は変わらないです。みんな人懐っこいですね。どんどんお互いの緊張が無くなって,オーケストラや指揮法の授業では,質問があったら来てくれるし,みんな静かなる情熱みたいなのを持っている良い学生さん達だな,と思っています。

interviewer_music下野先生がプログラムを組む時に意識されていることやこだわりはありますか。

自分でプログラムを組めるときは,プログラム全体で何かメッセージやテーマを持てるといいなといつも考えています。あと決定的なのは,「調性」。ひとつのコンサートで何調がどれだけ鳴るか,ということは結構考えていますね。例えば,Es-durのピアノ協奏曲があるとしたら,その前にA-durの序曲はやらないとか。料理で言うと食べ合わせ。それぞれ美味しいけど,それを前後で並べて食べると,味が喧嘩しちゃうっていうのはありますよね。なので,「調性」に関してはかなり気を付けている方です。

interviewer_music今回の定演の選曲における組み合わせには,どういうこだわりがあるんですか。

大学のオーケストラであるということを大前提として考えようと思ったんです。自分が今年度から掲げたことは,ここで勉強している器楽系の専攻の学生さんが,将来オーケストラに入ってもやるであろうレパートリーをやっておこうと。彼等がオケマンになるならないは置いといても,将来のためにやっておいた方が良い作品を選びました。それと,必ずプログラムの中に,ハイドン,モーツァルト,ベートーヴェンといった古典派の作品を入れる。古典派を勉強することは絶対に避けられないので。その2つを柱にして,あとはその時の状況によってオープニングをどうするか。今回の場合,最初にブラームスの2番。ブラームスの交響曲は絶対避けては通れないレパートリーですから。そしてブラームスが大きいから,小さめのモーツァルトで。かつ管楽器を全部使わなくても,木管楽器が全部入っている交響曲なので学生さんもできるだけ参加できて,古典も勉強できる。さらに華やかで,ブラームスと同じD-durということを含めて《パリ》交響曲。あとは打楽器の人たちの出番がもっとあった方がいいかなと思って,それにふさわしくやっておいて良いレパートリーで,学生のみんなにはぴったりの元気の良いドヴォルザークを選びました。ドヴォルザークとブラームスは,よき先輩後輩だから,そういうのでも良いかなと。どんな協奏曲が決まっても,食べ合わせが悪くないだろうというプログラムにしました。

interviewer_music下野先生はドヴォルザークを好きでよく聴かれるそうですが,今回の《謝肉祭》について,聴きどころや曲の特徴などはありますか。

ドヴォルザークの序曲は《自然にて》《謝肉祭》《オテロ》の3部作と呼ばれていて,その中で最も有名で最も演奏されている序曲ですね。僕はドヴォルザークというのは「稀代のメロディーメーカー」だと思うんです。ブラームスが,「彼の作曲している部屋のごみ箱をあさったら曲が1曲できる」と言うぐらい。例えば,《新世界》交響曲だったら第2楽章の「遠き山に日は落ちて」という名前で有名になっているメロディーがありますよね。そういう風に,非常に歌謡的なメロディーを書くメロディーメーカーというイメージがあるんです。僕は,良いメロディーだな,綺麗だな,と思うことが多くてドヴォルザークに惹かれたんですけど。彼を好きになってよくよく勉強して演奏していくと,非常に技術力の高い作曲家だと思ったんですね。表に出てくるのはすごく耳当たりがよくて,楽しくて綺麗という印象なんですけど,実はすごく緻密で。ベートーヴェン,ブラームスに遜色のない作曲家なんですね。そういったところにますます惹かれて,ドヴォルザークという作曲家は自分にとっても憧れの作曲家です。この序曲は見た目は派手で勇壮で分かりやすい曲だけど,作曲の技法としては最高級の技術で書かれていると思います。そして,なんといってもオーケストレーション。《謝肉祭》は誰もが活躍するという,色彩感豊かな曲だと思うんですね。僕はとにかく初めてこの曲を聴いた時からかっこいいな,と思っていて,大好きで。だからこの曲は学生さんにも聴いてもらえるだろうなと思うし,演奏会のオープニングにふさわしい若々しさとパッションと,そういったものが表現されている曲だと思います。

interviewer_music続いて,モーツァルトの《パリ交響曲》。先生はこの曲に関してどう思われていますか。

この交響曲はモーツァルトがパリという大都会で成功したい,という気持ちで書いたわけですよね。この曲はキラキラした感じに加えて驚かそうとしているというか,ハイドン的な,ハイドンよりももっと聴いているお客さんを飽きさせない。モーツァルトの曲って必ず同じことしないから。特にこの《パリ》は,いろんなところで期待を裏切ったり驚かしたりそういう茶目っ気たっぷりな交響曲だと思うんですね。微笑ましいのはパリで成功したいと思っているモーツァルトが,自分の作品に自信があるのに教皇に「うーん」って言われて,第2楽章も2種類書いているところ。ああいうことってなかなかしないですよね。彼の置かれている立場も見え隠れしますよね。そういった人間臭いというかいろんなことを《パリ交響曲》には感じます。ただ演奏自体は明快に,そしてどれだけ上品な佇まいの中でユーモア,ウィットに富んだものができるかな,というのが我々の課題ですね。

interviewer_musicブラームスの交響曲は,《パリ交響曲》と調こそ一緒ですが,内容は全然違います。比較して聴くのも楽しいのではないかなと思っているのですが,どう思われますか。

モーツァルトのD-durとブラームスのD-durは,同じ調でも明るいという言葉では表現しきれないんですよね。天気の良い日の外の明るさもあるし,南国の明るさもあるし。そういった色の使い方が違うと思うんですよ。ブラームスの2番の面白いところは,終楽章こそワッと明るいけど,全体が暗いと思うんですよ。モーツァルトは天真爛漫なところにちょこっとなんだか泣けてくるような部分があるけど,ブラームスは本来根暗なところが出るのが面白いなと思います。この交響曲は作曲技法的に言うとリズムがトリッキーだし,結構複雑なんですよ。さらに,ブラームスの交響曲に共通している,ウーアモティーフ(原主題)をいろんなところにちりばめて曲を作っている。主題労作とまでは言わないけど,D-Cis-Dと半音下がって半音上がるという旋律が,隠し絵の様にいっぱいちりばめているというのはすごい頭の良い人なんだなって思う。だから全体が統一されている。できているものは違うけど材料は一緒みたいな。同じ卵料理でもこんなに作れるんだ,みたいな驚きはありますよね。ただ,聴いて頂きたいのは,曲の広さですよね。地平線や山並みが見えるような穏やかな風景とか敬虔な祈りとか,その中にある人々の暮らし,踊りや笑い声。そういったものが絵画的に思い浮かびますよね。彼は絶対音楽の人ですけど,聞き手は自由で良いんじゃないかなと。神羅万象,喜怒哀楽がぎゅっと詰まっている素敵な交響曲だと思います。

interviewer_music協奏曲として矢代秋雄さんのピアノ協奏曲に決まった時,どう思われましたか。

僕は大好きなんです,この曲。僕は矢代秋雄さんの,《交響曲》が大好きで。それを聴いて一発で彼のファンになって。《ピアノ協奏曲》というのは彼の出世作というか,日本人が作ったピアノ協奏曲の中でベストと言ってもいいくらいだと思うんですね。僕がこの曲を初めて指揮したのは,幸いにも初演をした中村紘子さんとの共演で。それからこの曲の大ファンで。矢代秋雄さんは面白いこと言ってて,「自分は三度の飯より変拍子が好きだ」って本に書いてらっしゃるんですね。だからすごい変拍子が多いんだけど,聴いていて心地良い変拍子。やる方は一瞬わっと思うけど。すごく知的に書いて,すごくバランスも良くて。フランスで勉強された方なのに,どこか日本的な響きも第2楽章にあったり。そういう,日本人としてのアイデンティティって捨ててないんだなって。そのことに凄く感動しますね。日本人であるなら邦人の作品をやるのが務めだと思いますし,学生さんにもいっぱい聴いて触れてほしいと思っているので,みんなが取り組んでいるというのが嬉しかったし,どう演奏してくださるのかとても楽しみです。

interviewer_music下野先生は,メジャーな曲をやるときと,少しマイナーな曲をやるときの気持ちの違いというのはあるのですか。

マイナーと思われている曲でも僕にとってはメジャーな曲なんですね。だから現代作品や,有名な作曲家も,普段あまり演奏されない曲が好きで。その作曲家のヒットする曲ヒットしない曲ってあるけれど,ヒットしていない曲の中にある弱さにも魅力があると思うんですね。現代音楽や,あまり演奏されていない作品にも良い曲がいっぱいあると思うので,そういう作品を取り上げたらまた次につながるかな,という小さな使命感はありますよね。もちろんベートーヴェン,ハイドン,モーツァルト,ブルックナー,ブラームスといった有名な曲をやるのも,自分の中ではすごく大切な柱ですけど,日本人だから日本人の作品,アジアの曲をやりたいですね。なかなかお客さんが入らないとかいろんな事情で,選ばれないことは多いですけど。そういう作品はどんどんやるべきじゃないかなって思う。だんだんそういう流れになってきていると思うけど,もっと増えるといいなとは思いますね。初期のあまり有名ではない曲を勉強すると,有名な曲を演奏するヒントみたいなものが得られるし。あ,こうやってこの人は成長していったんだな,とか。大げさに言うと,人生の伝記を読むみたいな感じですよね。だからぜひ,限られた学生生活だとは思いますけど,できる限り知られていない曲にも目を向けると良いんじゃないかなと思いますね。

interviewer_music最後に,演奏会に来られる方にこうして楽しんでいただきたいとか,聴きどころなどがあったら教えて下さい。

今回は普段のコンサートより長くなってしまって,欲張りすぎましたけど,でも逆に,これだけいっぺんに聴ける機会はないと思うので,いろんなレパートリーを楽しんでいただきたいと思います。それぞれ,今回のプログラムは,全体を通して明るいというか,にぎやかな感じになると思いますけど,夏にぴったりだと僕は思います(笑)。京都市立芸術大学音楽学部の,今の若者の発するパワーとかエネルギーを感じてもらえればいいかな,と。彼らが感じるブラームス,彼らが感じるドヴォルザーク,彼らが感じるモーツァルト,そしてきっと初めて接する矢代秋雄っていうものを,大人のオーケストラに比べればちょっと幼く感じるかもしれないけど,二十歳前後の若者が挑戦するエネルギーを感じてほしいというのが一番ですね。

インタビュー・写真:成瀬はつみ,水上純奈(いずれも音楽学部音楽学専攻2回生)