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【特別研究】生きるための手遊び(工芸)を探る~宮城県で手遊びカフェを開催~

2012.03.16

  3月11日の東日本大震災から半年後の9月中旬,京都市立芸術大学美術学部の日下部准教授を代表として,長谷川教授小山田准教授安井准教授及び学生17名で宮城県女川町へ行き,お茶を飲みながら工芸的な手遊び(てすさび)をする場を提供する『手遊びカフェ』を開催しました。

 手遊びをすることで気持ちは和らぎ,その場に長く居続ける理由ができます。『手遊びカフェ』は,そういった手遊びを行うことによる効果から新たな工芸の在り様の確立を目指す研究(※)の実践として,手遊びをする場を提供することで被災地の方にストレスを発散していただくきっかけを創出することを目的としています。

 (手遊びカフェの詳細は,「2011年7月25日付のお知らせ」をご覧ください。)

 

■手遊びカフェの準備

 

 大学が夏期休業に入る前に,参加する学生を募集し,具体的な活動の準備を始めました。
 17名の現地へ行く学生以外に準備だけでも手伝いたいという学生も多数集まり,カフェの什器類の製作,保存や手作りにこだわった食材を京都で用意しました。

 また,洋裁学院を主宰し,被災地において針・糸・布を通した様々な支援活動をされている柴田美穂子さんにご指導頂き,参加学生達が「こぎん刺し」の技術を習得したり,型染やステンシルの型紙を制作したりとソフト部分の準備も行いました。

 

■手遊びカフェのお品書き

 手遊びのメニューは,(1)染織体験(2)手芸体験(3)漆加飾体験(4)銅のバラ作り(5)DIYコーナーの5つです。これらのメニューが通常の工芸(手芸)教室やワークショップと違うのは,何となくカフェにお茶を飲みに来た人達が,何となく手を動かしてみるといった程度に抑えるところです。つまり頑張ってもらってはいけない,そこがまさに難しいところです。
 カフェのメニューは,保存食,手作り,自然食品をキーワードに用意したもので,飲物も軽食も全て無料です。これらのメニューが美味しい事が,何か大切な事柄を含んでいる気がします。

 (1)染織体験 ~ステンシル・捺染

 

 7月,今回の取組の下準備で訪れた宮城県女川町門前の仮設住宅全世帯に,京都の田中直染料店さんのお力添えで学生の手染め暖簾をお贈りしました。今回は,染織専攻の日下部准教授と学生達の指導により,その暖簾に,使って下さっている方のイニシャルやワンポイントをステンシル(模様の部分を切り抜いた型紙を使い直接色を刷り込む方法)で入れる事や,Tシャツやハンカチへのポイント入れなどを行いました。
 今回の材料もまた,田中直染料店さんにご協力を頂きました。

(2)手芸体験 ~こぎん刺しのくるみぼたん・ティッシュケース・コースター

 

 洋裁の専門家である柴田美穂子さんにご指導頂いた「こぎん刺し」で,くるみボタンやティッシュケースを作るコーナーを開きました。
 最初は学生達が来られた方に刺し方をお教えするのですが,方法を理解されるとやはり人生の先輩にはかないません。「これなら大丈夫」と楽しげに手際よく,凝った模様を刺しておられました。また,「こういうことを昔はよくやったんだよ。」と仮設住宅の高齢者と子ども達がおしゃべりを楽しみながら一緒に刺しておられ,世代間で技やものづくりの心などを伝えておられる場面も見ることができました。

(3)漆加飾体験

 漆工専攻の安井准教授がまず取り組んだのは,下準備で訪れた女川町の瓦礫の中から拾い上げた器の金接ぎです。震災で割れてしまった器を接いで修復していく作業は,震災からの復興を象徴的に表しているようでした。

 手遊びカフェで行なった加飾体験は,お客さんのご要望に合わせて,即興で型紙を切り抜いた型を使って金箔を押したり,色を付けたりと漆工と染織との合作も見られました。津波で流されてしまったお店の再開を誓い,持参されたグラスにお店のロゴを加飾されている方もおられました。
 ベースの塗りの器の数々は,今回の取組に共感して下さった,福井の越前漆器の会社からご提供頂いたものです。

(4)SEND-AI(仙台・運ぶ愛)銅のバラ作り

 

 仙台市の御銅師(おんあかがねし)・田中善さんがこの活動に共感して,銅のバラ作りのコーナーを出して下さいました。銅の板を丸く切り抜いて,手で丸みをつけて重ねていき銅のバラを作るのですが,同じ型から切り抜いているのに,作る人毎に全く表情の違うバラが出来上がっていくのが不思議でした。

(5)DIYコーナー

 京都芸大の男子学生を中心に仮設住宅の修理,リフォーム等何でも受け付けるDIY(生活空間を快適にするために自ら行う大工仕事)コーナーを開きました。相談に来られた方々とともに手遊びを遥かに超えるような大仕事もこなしていました。

 

■次へと繋がる活動

 手を動かして気を紛らわせていただこうという今回の取組ですが,楽しんでおられる方もおられれば,まだそんなことは考えられないという方もおられました。現地で感じたのは,心の復興はそれぞれの方の被災の状況や置かれた立場,個々の性格によって様々であるという事でした。

 また,学生達にとっても貴重な経験となりました。ニュースやネットで見る震災・被災地だけではない様々な面を実際に見て,手遊びカフェで共に手や口を動かして下さった方々から伺った生の声は優しく,ときに厳しく学生達の心を揺さぶったと思います。

 この取組は継続していくものであると考えています。様々な出会いもあり,また学ぶべき事柄もどんどん出て参ります。東日本大震災は大変辛く悲しいものでありましたが,それをきっかけに始まった事,分かった事もたくさんあります。

 一過性の取組みではなく,東北へと繋がった糸が切れないよう,細く長く取り組んでいきたいと考えております。

 

※ 本研究は,本学独自の「特別研究助成」制度で採択された研究です。

 「特別研究助成」制度とは,教員の自発的な特別研究を積極的に推進し,研究教育水準の向上を図るため,京都市立芸術大学学長の定めるテーマに基づく研究内容を教員から募集し,学長を委員長とする委員会において提出された研究内容を審査し,採択された研究に対して,研究費を助成する制度です。