ヴィヴィアン・タムの新しい位置付け
ヴィヴィアン・タム(1957-)は香港出身のファッションデザイナーである。中国広東省に生まれ、3歳の時に香港に渡り、香港理工学院のファッション専攻を卒業した。のちにニューヨークに拠点を置き、1984年ブランドを設立した。1990年に中華圏のファッションデザイナーとして初めてニューヨークコレクションデビューを果たし、以後コレクションに参加し続けている。毛沢東や、観音菩薩を大きくプリントモチーフに扱い、独特な感性で注目を浴びてきた。
本論文は、制作で中国にまつわるモチーフを扱ってきたタムのデザインを理解しようと試みる。そして同時に、中国にまつわるモチーフを扱う欧米圏・中華圏のファッションデザイナーについて調査し、それらと比較しながらタムのデザインをこれまでとは異なる形で評価することが、この論文の目的である。なお、本研究ではファッションデザイナーの出身地が中国、香港、台湾である場合を指し中華圏とする。
まず、アメリカのメトロポリタン美術館で開催された「China: Though the Looking Glass」展(2015)を取り上げる。この展示は主に欧米圏のファッションデザイナーによって制作された、中国モチーフを扱う作品を集めて開催された。出展作品は、清朝の公服である龍袍をモチーフにした作品など、清朝以前に由来を持つモチーフが多かった。この結果を分析し、欧米圏のファッションデザイナーが、17・18世紀のシノワズリーの流行によって、ヨーロッパで定型化されたイメージを基に中国モチーフを扱ってきたことを明らかにした。
次に週刊新聞『WWD JAPAN』を用い、中華圏のファッションデザイナーが1990年から2015年にかけて、パリ・ニューヨークコレクションでどのように活躍したのか調査した。そして彼らのデザインの方向性を、中国の特徴を服飾のデザインに反映するデザイン、反映しないデザイン、どちらにも判別し難いデザイン、の3つに分類した。その中でも中国の特徴をデザインに色濃く反映するデザイナーの作例を調査した結果、彼らは龍や青花などの清朝までの歴史的モチーフを、写し崩れなどがない正当な形で表現していることがわかった。加えて彼らは、中華圏の石を愛でる文化をデザインに生かすなど、その文化圏の中側で生活しないと気づけない視点から見える世界を、デザインで表現している。
最後に、ヴィヴィアン・タムのデザインについてモチーフの面から考察を重ねた。莫高窟の壁画や、麻雀牌など様々なモチーフを実際の作例から見つけた。そしてこれらのモチーフを、歴史的な仏教美術と関わるモチーフ、近現代の中国社会に関係するモチーフ、エピソードによって中国に関係性をもたせた欧米のモチーフの3つに分類した。
長らく欧米の服飾デザインの中では、清朝までの歴史的モチーフばかりが扱われてきた。しかしタムは、ファッションの世界で国際的に多大な影響力を持つ場に、中国の現在を反映するモチーフを初めて取り入れた。このことは今回調査した欧米圏や中華圏のファッションデザイナーには、前例のなかった行為である。
タムは香港で大学教育を受けたあと渡米し、現在はアメリカに国籍を移している。タムは中国文化の中で育ちながら、最終的には中国本土や政府と距離をとった。このような生い立ちと現在の立ち位置によって、タムは極めて自由に中国を映し出す表現を成し遂げることができたと筆者は考える。 このようにファッションで現代の中国における一つの美の在り方を表現した第一人者として、タムを新たに位置付けたい。
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