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舞踏のフランス現代舞台芸術への伝播と変化:「ラ・リーニュ・ドゥ・デジール(La Ligne de Désir)」の作品分析を通して

“本稿は、日本発祥の舞踊様式「舞踏」の海外受容の一面を、フランス人振付家による舞台作品に表れる振付、演出などの諸要素を題材に明らかにするものである。舞踏は1950 年代末に日本人ダンサー土方巽によって創始され、現在まで様々な人物によって実践されている。ガニ股で腰を落とした緩慢な動作や不安定な前傾姿勢、暗く醜いもの、弱いものへの関心を持つという大きな特徴はあるものの、実際の表現は各人によって異なる。そのため学術研究においては、舞踏の定義に関わる重要な特徴について議論が続いている。その一因として舞踏の実践・上演が海外にも広がっていることが挙げられるが、それは70 年代末の舞踏家のフランス進出から始まった。現在では、フランス人振付家も舞踏の影響を明言し制作する例がある。舞踏を参照する現地の舞台芸術作品に表れるその影響について、先行研究では主流な振付家の傾向を指摘することに留まっている。本稿で扱うフランスの舞台芸術グループ「ラ・リーニュ・ドゥ・デジール」も舞踏の影響を明言するが、その作風は主流な例とは異なる。本稿の目的は、彼らの作品《ミノトウル(Minotaure)》(2011)の分析を行い、その表現に見られる舞踏の伝播と加えられた変化を明らかにし、フランスの振付家による解釈の、別の断面を指摘することである。その解釈は舞踏の定義についての議論に、新しい視座を提供し得る。  先行研究では、フランスでの舞踏の影響として主に「日本人舞踏家の不安定で弱々しく、内省的な身振りを取り入れる」「舞踊史、あるいは舞踏やダンス全般にまつわる理論の再読のために舞踏を参照する」という二つの傾向が指摘される。一方で、ラ・リーニュ・ドゥ・デジールの振付家リシャール・カイール(Richard Cayre)には、早くから主流とは異なる特徴が指摘されていた。《ミノトウル》の分析からは、ダンサーが他者と敵対するように向かい合う鏡、騒がしく激しい動きによる感情表現や、反対に日常的で悠長な身振りへの切り替えにより、「他者に翻弄される身体」という身体像が作られていることが分かった。表現の荒々しさはフランスの他の潮流とは類似しないが、その身体像は舞踏の創始者たちによる「受動性の身体」の追究に共通し、同作への舞踏の伝播であると考えられる。一方で作中には、物真似や先述の二つの振付の切り替えにより鑑賞者の笑いを喚起する場面も見られた。フランスでの受容においては、舞踏の滑稽、猥雑、グロテスクと言われるような面は排除されてきたとされる。この背景から、《ミノトウル》の滑稽さは舞踏を参照しつつ振付家が加えた変化だと考えられる。それは舞踏の暗い印象とは異なるが、日本では幾つかの代表的な舞踏家の作品には同時代人などにより「滑稽さ」が指摘されている。近年の学術研究にも、創始者・土方の創作における「滑稽」の重要さを「受動性の身体」と関連付 けて分析した例がある。本稿内では《ミノトウル》の滑稽さが舞踏の滑稽さと同種のものであるか、という点の考察には至っていない。しかし「他者に翻弄される」受動的な身体と「滑稽さ」を持つ同作は、結果的に舞踏の「受動的な身体が持つ滑稽さ」を可視化したと言える。以上のことから、《ミノトウル》の分析により「受動的な身体が持つ滑稽さ」という舞踏の重要な特徴が、フランスにおいても現れつつあることが明らかとなったと結論付けた。今後は、「滑稽さ」のように視覚的な表現や固定的な暗いイメージとは一見異なる特徴も視野に入れた、舞踏の本質についての考察が望まれる。 “

2018年度 奨励賞 大学院 芸術学専攻 修士2回生 砥綿 栞 TOWATA Shiori

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