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木下洋二郎さん 2/2

3.矛盾をマネジメントする

interviewer今の会社に入社しようと思ったのはなぜですか?

木下 家具の会社はどこにあるかなと思って、求人が来ている会社を見ていたら、コクヨがありました。最初は近いしいいかなという、それぐらいの感じでした。採用面接で「椅子を作りたいです」と言って、入社したら椅子を開発している部署に配属されたので、上司に「椅子をやりたいって言ったら配属してもらえたんですけど、要望が通ったんですか」って尋ねたら、「いや、聞いてない」って(笑)。たまたまだったらしいんですけど、その後も椅子にはずっと携わらせてもらっています。

interviewer職種はデザイン職ですか?

木下 一応、デザイン系採用です。デザイン職なんですが、プロダクトの構造とデザインが結構密接だということもあり、エンジニアとデザイナーが製品開発という中で一緒になって仕事をしています。割とお互いの領域をオーバーラップしながらやっている感じで、自分の性に合っている気がしますね。

interviewer学生のときの制作と、会社に入った後にプロダクトを形にするのとは結構差があると思うんですが、最初にやられたことは何ですか?

木下 僕らはバブル期に入社したので、ラッキーなことに意外と自由にできたんです。1年目のときにこんなことがやりたいという企画を出したら通って、2年目の最後くらいまでに自分が手掛けた1シリーズができたんです。そこからバブルが崩壊して、社内の体制が変わったりする中で、何のために作るのかが分からなくなったこともありました。でも、なぜ辞めなかったかと言うと、やっぱり仕事が自分に向いていたんだと思うんです。プロダクトとしての椅子の魅力が、それこそ大学のときに感じた椅子の魅力が、たぶんずっと続いているんじゃないかなと思います。

interviewer万人に受け入れられる椅子や家具を作るのは結構難しいですよね。

木下 会社に入って仕事を始めて、椅子を作っているのに腰痛になったんです。人の背骨のS字カーブには個人差があるんですが、会社で測ったら、僕はカーブが200人中で強いほうから2番目という結果でした。だから、通常の椅子が合わない。自分に合う椅子を作れば、今度は多くの人に合わない。この矛盾をどうするかを考えたのが今も手掛けている「ing」というシリーズです。これも「矛盾のマネジメント」ということになりますが、自分が一人のユーザーとして満足できるものを作りたいけれども、多くの人とは背骨のカーブの強さが違うので、それをどうプロダクトに包含させるかということを考えてやっています。

interviewerこれまでの仕事の中で印象に残っていることはありますか?

木下 ドイツで開催される「オルガテック」というオフィス家具専門の見本市で、『FRAME』というオランダのデザイン雑誌が2018年に初めて優れた空間展示を選ぶアワードを開催したんです。僕らは知らなかったんですが、突然スタッフの人たちが来て「『FRAME』のアワードにノミネートされたので明日の授賞式に来てください」と言われました。どうせ受賞なんかしないと思っていたら、名立たるデザインカンパニーがある中で4部門あるうちの2部門で受賞しました。実際にプロダクトを作る仕事の話ではありませんが、印象に残っているできごとですね。通常、そういうプロモーションはプロダクトを作る部門とは別部門がやる場合が多いと思うんですが、僕らはプロモーションにまで関わらせてもらえるというか、自分の意思があれば関わることもできるので、空間構成とか展示方法も一緒になって考えました。200個くらいある椅子のパーツを天井から吊り下げて展示したら結構反響があったんです。こういう伝え方みたいなところに関わって受賞できたことで印象に残っています。

interviewerデザインはざっくり言えばモノとコトを作る、というところがあると思うのですが、モノを作るときとコトを作るときのスタンスの違いはありますか?

木下 あまり違いはないというか、つながっていると思います。座るのはコトで、それを支えるモノが椅子とすれば、素材を変えたり、造形を変えたりすることはもちろんモノのアップデートとしてはあり得るし、価値はあると思いますが、僕は座るという行為自体を革新することを考えています。文房具でも同じで、ペンについて考えるのではなく、書くという行為について考えると、モノとコトをどうつなげるかという発想になるのかなと思っています。モノが溢れる一方でコトがすごく重視されるようになってきていますが、コトはどうやって知覚できるかというと、モノがあるからこそだと思います。例えばパソコンやスマホのアプリでも、実際にアプリを構成するテクニカルな部分がなければコトにはつながらないと思うんです。とはいえ、ただモノをよりよくしようとしても、それがどういう体験につながるかを起点にしないと、作る意味がなくなってしまいます。ちょっと抽象的な話になったかもしれませんが。

interviewer今後の仕事の展望や、活動目標はありますか?

木下 たぶん、ずっと椅子を作っているんじゃないかと思うんです。今は改めて「ing」シリーズとは何か、どういう方向に広げていくかということを考えています。「ing」というプロダクトで実現していることとか、提供していく価値は何だろうということを改めて紐解いたり、組み立て直したりしています。「ing」は現在進行形、動いているその瞬間を全部よくしていこうという意味合いです。

4.広く興味を持ち 取り入れ 常に考え続ける

interviewer在学中の経験を踏まえて、京都芸大の教育はどういう特徴があるとお考えでしょうか?

木下 在学中のことをすごくポジティブに捉えると、放任だったところがよかったんじゃないかと思いますし、学科を越えてインタラクティブにコラボレーションしたり、道具を使わせてもらったりができるのはすごくいいと思います。プロダクト・デザインだけを専門にするとか、そういう職能スキルの発揮の仕方は価値が低くなってきているのではないかと思っているので、領域を今までのような狭い職能で割らないのはいいことではないでしょうか。「どんな人材を採用したいか」と聞かれることがありますが、僕はその人が領域を超えていけるかどうかということを重視していますね。例えば、椅子のようなフィジカルなプロダクトをデジタルデータにつなげていけるような人材は今後必要になってくるだろうと思います。

interviewer京都芸大を目指す受験生へのメッセージをお願いします。

木下 今これって思うことに没頭したらいいのかなという気がします。好きなこととか興味のあることは何でもつまみ食いしていたらいいんじゃないでしょうか。
僕がなぜ現役で合格できたかといえば、入試の実技で立体の成績がよかったからだと思います。そのときの課題は、2群の言葉が提示され、それぞれの群から一つずつ言葉を選んでできたテーマで作品を作るというものでした。言葉を組み合わせているうちに、自分が聴いていたある曲とリアリティを持って結びついて、その曲のシーンを粘土で再現してみたところかなりいい点数が付きました。単純に好きだったから聴いていた曲でしたが、好きだからこそ自分自身の中に残っていて、その瞬間に出てきたような感じでした。アイデアは思いもよらないところからつながることがあるという例ですが、面白いアイデアは今までだれもが見ていなかった角度から物事を見るときに出てくるものだと思うので、そういうアイデアをどうやって持ってこれるかという話ですね。
ただ、気になるものは何でもつまみ食いしておくとしても、そういうインプットがいつ何につながるかは分からないので、こうしたら効率的だという方法はなかなかないんです。だから、できるだけ多くインプットすることは必要だと思うし、常にインプットしたものを頭の中で整理しておくことも必要なんだとは思いますが、そういう意味で常に考え続けることが大事かなと思ったりします。

interviewer在学生へのメッセージをお願いします。

木下 同じような話で、自分自身の大学時代を正当化しますが、遊んでもいいんじゃないかと思います。大学で学ぶことも重要だけれども、それ以外で学ぶことも重要かなと思いますし、学ぼうと思って学ぶだけじゃないことが多いという気もします。自分の興味対象を深めることも大事ですが、広げることも大事なので、気になるものはできるだけ取り込んだらいいかなと思います。

interviewer話は逸れてしまうのですが、今の社会の仕組みや課題を前に自分は何ができるのか分からなくなることがあります。

木下 もう少し小さいところから考えてみてもいいんじゃないでしょうか。自分の興味対象を深掘りしていって、「自分はこういうことに興味があって、こういうものが世の中の役に立つと考えています」といったことが言えたらそれでいいと思います。社会の課題を解決することが問われる時代だと思うので、たぶん学生の皆さんもそういう視点を持たないといけないと思っているのかもしれませんが、隣にいる人を幸せにすることくらいから始めてみてはどうでしょうか。現実にだれかが困っていて、自分がそのリアルな一人の困りごとを分かっているとするなら、本当にそれを解決できるかどうかというところからスタートしないと、だれか分からない多数の人の悩みを解決することはできないと思うからです。隣で困っている人を助けることがデザインの力でできるならば、それと同じように困っている世界中の人を助けることができる可能性もあると思います。僕は極めて自分のために椅子を作っていますから。自分の腰痛をなくすために、みんなのためだとか言いながら。

 

※ デザイン科では、2023年4月から既存の「ビジュアル・デザイン専攻」、「環境デザイン専攻」、「プロダクト・デザイン専攻」を一つに統合して「総合デザイン専攻」とするとともに、新たな領域である「デザインB専攻」を設置

インタビュー後記

高橋類(美術学部デザイン科2回生*)*取材当時の学年

インタビュー全体を通して、木下さんのものづくりに対する考え方に私はとても惹かれました。同時に、社会とデザイナーの関係性やアートに携わる人のあり方についても考え直すきっかけにもなりました。
印象的だったのは型にはまらないこと、興味分野を広げること以外にも自分らしさを理解することも大切にされているように感じたことです。この自分らしさは客観的なその人らしさであるのと同時に、ある種の「これだけは負けない」といった専門性のことだと解釈しています。この持ち得る専門性とその領域をいかに超えていくかについては大学生活のみに留まらず、私が人生を通して考え続けていきたいと思う課題です。

 

松田優(美術学部デザイン科2回生*)*取材当時の学年

木下さんは落ち着いた雰囲気の方なのかなと思っていましたが、学生時代のお話の時に面白そうに笑ったり思い出したりしていらっしゃって、本当に楽しかったのだなと感じました。
社会のためになるデザインをしていくマインドや理由をどう持てばいいか分からないと質問した時に、まずは自分や周りにいる人のためになるデザインを考え、それが後に社会のためになったらいいのではないかと答えてくださり、とてもしっくりきました。
また、ためになると思って学んだことではなく、思いもしないことが役に立つときがある、というお話は興味深かったです。勉強以外に自分の興味も大切に、積極的に取り組んでみようと思いました。

(取材日:2023年2月11日・本学にて)

Profile:木下 洋二郎 【きのした・ようじろう】 コクヨ株式会社 デザイナー

大阪府岸和田市出身。1990年に京都市立芸術大学美術学部デザイン科プロダクト・デザイン専攻を卒業し、コクヨ株式会社に入社。オフィスチェアを中心に、家具全般の先行開発およびアドバンストデザインを担当。人間工学や脳科学の視点から行動観察を行い、デザインとエンジニアリングを融合した開発手法でコクヨのイノベーションをリード。ドイツiFデザイン賞金賞、Red Dotデザイン賞Best of the Best、グッドデザイン賞金賞など、受賞多数。