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笹岡由梨子さん 2/2

3.学内での評価がすべてじゃない

interviewer京都芸大の教員や同級生はどのような存在でしたか?

笹岡 4回生くらいまでは、先生って絶対的な存在で、合評で先生に褒められている人は優秀に見えました。でも、先生たちも一作家としての意見だから、この先生を通して面白いことって、全員に当てはまるわけじゃないと気付いて、そこからようやく先生が絶対神のような存在ではなくなりました。この先生の意見を聞きたいとか、あの先生の視点だったらどう見えるかなとか、そういうふうに考えてお話しできるようになったかな。先生の作品を観ていても、作家としての一面というか、いろいろな葛藤や人間臭い部分が見えたりすると嬉しくなる。そうしてだんだん先生への印象が変わっていきました。
だから、学内での評価がすべてじゃないということは知っておいてほしいなと思います。私は優秀なタイプではなかったですが、折れずに自分のしたいことを突き詰めていくことが大事なのだと思います。私の場合は在学中に学外で展示し始めたり、博士課程のときに初めて海外でのレジデンスに参加したりと、いろいろな国で、いろいろな価値観に触れたことで、それに気付くことができました。価値観が違うことを楽しんでほしいですね。
同級生から得られたものは、一言で言うと刺激ですね。360度どこを見ても、みんな何か作っている環境って、なかなかないですよ。全員から刺激をもらったし、自分の土台を作ってくれた感じがしていて、今でもその影響は自分の中に残っています。

interviewer3回生の時期になると就職活動を始める人が出てくると思うんですが、当時はどうされていましたか?

笹岡 3回生の時期は、私の大学生活でも一番の暗黒時代のような時期でした。何をやってもうまくいかなくて、本当に就職してやろうと思ったときもあったんです。でもそのとき、芸大祭の出し物のためにたまたま頭をスキンヘッドにしていたので、スーツを着て企業の説明会に行ったら当然ですが周囲から浮いてしまって、それで就職活動は無理だと諦めました。ばかみたいな理由ですが、本気でもう美術の道に進むしかないと決心したので、そういう意味ではよかったのかもしれません。それと、自分自身の能力を何となく分かっているのもあって、就職しても自分には大して将来性がないのではないかと思っていました。それならばもう、作家活動に両足を突っ込んだ方が人生は楽しいし、将来性があるんじゃないかと思ったんです。こっちの道に進んでやっぱりよかったと感じますね。

interviewer博士課程に進み、メディア・アートを選択された理由は何ですか?

笹岡 学部の3回生から修士課程まで、油画を専攻しながら、本などで調べて独学で映像作品を作っていたのですが、構想設計専攻の石橋義正教授に作品を見てもらう機会があり、気に入ってもらえたのがきっかけです。客観的に見て自分の作品ジャンルはメディア・アートだなと思ったので、作家として、映像についてきちんと学んでいないことが不安でした。そこでプレゼンテーションを頑張って、博士課程ではメディア・アートを専攻しました。

interviewer博士課程まで行くと、合計で9年間、大学に通うことになるんですね。

笹岡 そう。大モラトリアム。私の場合は、親から制作費としてかなりの借金をしていて、返済のために賞金を稼ぎたかった。そのためには、まず書類審査に通らなければなりません。当時は自分の作品について全然上手に説明できなかったから、その練習をしようと思いました。博士課程に進んだ結果、人並みには文章を書けるようになって、かなり勝率が上がりました。やっぱり自分の作品について自分の言葉で上手に説明できないがために減点されるのはすごくもったいない。そういう意味で博士課程への進学は意味があったと思います。

4.大学を謳歌すれば 卒業後はもっと楽しい

interviewer在学中から海外に興味がありましたか?

笹岡 ありましたね。意味の分からない言語とか、読めないけど何か書いてあるのが面白かったり、何を言っているか分からないけど、ちょっとだけ伝わったり、ちょっと音楽みたいに聞こえたりとか、そういうのがすごく面白いなと思って。海外旅行に出かけたら、ちょっと開放的になったり、人目が気にならなくなったりする感覚も楽しくて好きですね。

《Pansy》「Reborn Art Festival 2022 -利他と流動性-」旧つるの湯(宮城)2022 6min 55sec/ビデオ・インスタレーション(マルチチャンネル・ビデオ、サウンド、モーター、アルミニウム、ライト、布、木材)

interviewerこれまでで印象に残っている仕事はありますか?

笹岡 国内での仕事と海外での仕事は全然違っていて、例えば日本だと一人のインストーラーさんがプロジェクターの設置や壁面の設営、制作やインスタレーションの手伝いなどいろいろとやってくださいますが、台湾で展示したときには効率重視のためか完全に分業制でした。だから、絵を描く人は絵しか描かないんです。最初はそのことが全然分からなくて、映像を写すためのパネルも作ってくれるかなと思ってお願いしたら、「これは絵じゃないから無理」と言われるなど、日本との違いで混乱したり、うまくいかなかったりしたことがありましたね。それから、みんなちゃんと休むので昼休みも1時間きっちり取るし、この時間には帰るからこの時間までに終わらせてくださいね、と言われることもありました。でも、そういう条件の中でどういう展示ができるかということを考えていると、不安はもちろんあるんですが燃えてくるんです。
国内での仕事で一番印象に残ってるのは、ワタリウム美術館との仕事です。ワタリウム美術館がキュレーションを担当した2021年の「水の波紋展」と2022年の「Reborn Art Festival」に参加したんですが、本当に美術とか作品を愛してくれているのが分かって嬉しくて、そういう環境で展覧会ができたことが印象に残っています。

interviewer今後の活動や夢、目標はありますか?

笹岡 今はどちらかというと国内より海外での活動が多くなってきています。一方で、今年から大学で教員の仕事も始まるので、どうにか仕事と制作を両立しなければならず、どう時間を捻出するかを考えているところです。
以前は有名になってヴェネツィア・ビエンナーレに出展するのが夢でした。今ももちろんそうですが、有名になることより、やっぱりいい作品を作りたいっていう気持ちが強いです。有名にならなくても、地に足の着いたかっこいい作家になりたいな。いい展示といい作品を作りたいと思っています。

interviewer京都芸大を目指す受験生に向けてメッセージをお願いします。

笹岡 やっぱりみんな描くことやものづくりが好きで京都芸大を志しているのではないかと思いますが、必ずしも作家やデザイナーにならなければならないっていうわけじゃないです。あらゆることの真理は絶対つながっていると思うので、真理を追究した結果、美術分野に進もうと思ったらそうすればいいし、全く違う分野でやりたいことが見つかったとしても、大学で経験したこと全部が生きるから大丈夫です。だからもう全身全霊で大学生活を学ぶ・楽しむっていうことをしたら、必ず面白い人生が待っていると思うので、頑張ってください。

interviewer在学生へのメッセージもお願いします。

笹岡 在学中は大学が一番楽しいと思って生活しているのではないかと思いますが、卒業した後、野放しになってからのほうがむしろ何か面白いんです。卒業してからが長くて、一番楽しい。卒業してみると、学生時代は多少の規制はあれど、いろんなことが大学によって守られていたんだと分かります。守られた環境で好き勝手やった後、大学の外に出たときに、こんなちっぽけな自分がどう生きていくか!?という状況に立たされたときが一番楽しい。本当のサバイブが始まるから。京都芸大を謳歌した後、外に出ることも楽しみにしていてほしいと思います。

 

※ 展示設営に関わる専門家

インタビュー後記

橘葉月(美術学部美術科油画専攻4回生*)*取材当時の学年

作品を作る時、自分の感情を大切にしているだろうか?
笹岡由梨子さんのインタビューを通してそんな疑問が浮かびました。
笹岡さんの作品は独特な雰囲気でキャッチーな印象を受けますが、よくわからない部分もあります。このよくわからない部分が作品の中で深みを出しているように感じるのです。
今回笹岡さんとお話しする中で、よくわからない部分は笹岡さんの世の中へ向ける率直な視線だと感じました。それは、言葉にするとあまりに暴力的なこともあるかもしれません。
今、学生の間では表現することに対して臆病な空気があります。
しかし、だからこそ、世の中で感じたことをうっかり忘れる前に、見つめ、どう表現するかを真剣に考える必要があるかもしれません。

 

林美紅(美術学部美術科油画専攻3回生*)*取材当時の学年

作家という存在は、私からするととても大きなもので、尊敬と畏怖の念を抱いていたのですが、こうして実際に作家さんご本人とお話してみると、彼らも私たちと同じように一学生であったことを感じられました。当時3回生の笹岡さんが、就活をしようにも芸大祭でのイベントの関係で丸坊主だったために説明会会場で浮きまくり、大学院進学を決意したというエピソードがとても好きです。インタビュー中、笹岡さんから“未来の自分は今の自分よりよいものを作れるはずだから”というお言葉があり、非常に勇気づけられました。展示や販売などに振り回されず、ただよりよいものを作ろうという心を、私も大切にしていきたいと思いました。

(取材日:2023年3月24日・笹岡さんのアトリエにて(アトリエ設計/施工:たま製作所))

Profile:笹岡 由梨子【ささおか・ゆりこ】現代美術家

1988年大阪府生まれ。2017年京都市立芸術大学大学院美術研究科博士(後期)課程美術専攻メディア・アート領域満期退学。現在、滋賀県在住。2022年「PLANARIA」PHD Group(香港)、2021年「Zniknij Z Ziemi」Trafostacja(ポーランド)(以上個展)、2022年「ドリーム/ランド」神奈川県民ホールギャラリー(神奈川)、「Reborn Art Festival 2022 -利他と流動性-」旧つるの湯(宮城)、「Rendering」PHD Group(香港)、2021年「水の波紋展2021」渋谷区役所 第二美竹分庁舎(東京)、「まみえる -千変万化な顔たち」丸亀市猪熊弦一郎現代美術館(香川)(以上グループ展)など、国内外で精力的に活動。2023年から京都精華大学特任講師。京都府文化賞奨励賞、咲くやこの花賞、Kyoto Art for Tomorrow 2019―京都府新鋭選抜展―最優秀賞など、受賞多数。