合田健二さん 2/2
3.映画制作と会社設立
大学院修了後、これまでの活動状況をお聞かせください。
合田 大学院を修了して、まず「ギャラクシーオブテラー」という事務所の名前を決めました(笑)。80年代のB級SFホラー映画のタイトルなんですが、響きのインパクトで決めたんです。とはいえ、名前を決めただけではもちろん仕事が入ってくるわけもなく、しばらくは大学や専門学校で非常勤講師をやりながら、大学院の時に撮った短編映像を膨らます形で、長編映画の構想を練りました。脚本が完成し、撮影も行ったのですが、その頃やっと「ギャラクシーオブテラー」として、ウェブサイト制作や映像ディレクションの仕事をいただくようになり、そちらが忙しくなって、映画の仕上げがなかなかできない状況が続きました。
一方で、それらの仕事で3DCGデザイナーの友人とたくさん出会えたんです。2000年に結婚して、京都から大阪に拠点を移した頃には仕事も増えていったので、自宅とは別に部屋を借り、3DCGデザイナーの友人たちと一緒に作業ができる環境を整えました。でもまだ、「ギャラクシーオブテラー」は単なる事務所名で会社ではない状態でした。
作りかけの長編映画は、5年ほどほったらかしになっていたんですが、そのままにしておく訳にはいかないと一念発起し、何とか『アナライフ』という作品に仕上げました。2005年に運よく劇場公開が決まったうえに多数の海外映画祭に出品され、DVDも発売されました。いつも行っていたレンタルビデオ店に自分の作品が並んだ時は嬉しかったですね。作品が縁になって、さらに作業場をシェアする3DCGデザイナーの友人も増え、仕事もさらに増えていき、2010年には集まったメンバーで満を持して「ギャラクシーオブテラー」を会社化したんです。これは一般的な流れの逆というか、普通はまず会社に入って経験を積んでから独立して起業するんですが、うちの場合は、フリーランスの人間が集まった結果、会社ができたんです。
人が集まる場所が先にあって、それが結果として会社になったということでしょうか?
合田 そういう感じですね。今では、15人ほどのメンバーがいます。
キャリアの中で転機と言えるようなことはありましたか?
合田 まずは、大学院時代に作った短編作品です。言い訳ができないくらい自分を追い込んで作って、それが評価されなかったら映像を諦めようと思っていたので、その作品が評価されたことは1つの大きな転機ですね。あとは、自宅とは別に事務所を借りて他のメンバーも一緒に活動できる場を作ったこと、2005年に長編作品が公開されたこと、2010年に会社を作ったことなどが転機と言えるのではないでしょうか。
これまでで特に印象に残っている仕事はありますか?
合田 大学の先輩であり、友人でもある石橋義正さん(美術学部構想設計専攻教授)が監督した『ミロクローゼ』で商業映画のVFX※に深く関わったことですね。いわゆる「映画業界」のことを、今まで以上にいろいろと経験することができましたし、有名な俳優が出演し、全国公開される商業映画のメインVFXの会社になるという貴重な経験が得られたのは、京都芸大で石橋さんと知り合い、友人になったおかげです。自分で言うのも何ですが、VFXは結構高価で、かつ発注が難しいんですね。その点で、石橋さんがやりやすい関係として役に立てたのではないかと思います。
もうひとつは、SWERYという友人のゲームディレクターと共同で脚本を書いた『レッドシーズプロファイル』というゲームの仕事です。アメリカのシアトル近郊の田舎町が舞台のゲームで、10日間ほどシアトル郊外に滞在して、観光などでは行かないような普通の街に行ってシナリオをプランニングしました。このゲームは、正直あまり売れなかったんですが、カルトゲームとして世界中で話題になり、ギネスブックに「最も評価の割れたサバイバルホラーゲーム」として登録されました。現在もゲームの演出やシナリオの仕事を続けていますが、そのきっかけとなった作品ですね。
※VISUAL EFFECTSの略。映像作品において、CGによる合成など、現実にはあり得ない特殊な効果を作り出す技術
昨年公開された、石橋監督の映画『唄う六人の女』での仕事についてお聞かせください。
合田 『ミロクローゼ』から10年経って、石橋さんの表現したい内容にも変化があり、派手なCGはあまりなく、CGをCGと気づかせない技術が必要になったんですが、非常にハードルが高く、かつ、やりがいのある仕事でしたね。うちの会社の3DCGデザイナーも海外に出向してハリウッド映画の大作を多数経験してきたので、そのノウハウをいろいろと生かすことができました。
大学在学中の経験が仕事に生きていると言えることはありますか?
合田 大学時代には3DCGのソフトも充実はしていなかったですし、先生から教わることもほとんどできませんでしたが、CGも含めて技術的なことはやる気さえあれば独学でも学ぶことができます。大学時代の経験で今役立っているのは技術的なことではなく、「ものを作る」ということに対する強い意志を持って、自分が作りたいものを他人に伝えて参画してもらえるようなコミュニケーション能力とクリエイティビティを持った人間になるよう努力することですね。いくら技術が高くても、他人とコミュニケーションを取れないような人だったら仕事はもらえないですから。
今後の活動や夢、目標などについてお聞かせください。
合田 起業して会社を経営するのは、ある種作品を作るのに似たクリエイティブなことだと感じています。でも会社の経営はやはり難しいところも多いので、さらに安定した経営基盤を作り、同時に社員にとってやりがいのある仕事ができる会社にしたいと思っています。それから、今だからこそできる作品、例えば技術の面ではハリウッドレベルで、内容は実験的な作品を短編でもいいので制作したいと思っています。その後、会社にさらに体力がついたら、長編かシリーズ物の商業作品を手掛けたいですね。
4.技術よりも思いや意識を大切に
京都芸大を目指す受験生に向けたメッセージをお願いします。
合田 自分が受験生だった頃を思い出すと、「大学に合格するための技術を身に付けたい」とだけ考えていたときには、なかなか上達しなかったように思います。特に僕の場合、頭では分かっていても、心の中では「映像を作りたいのに、なんでこんなことをしなきゃいけないんだ」と思ってしまう質でした。でも、浪人時代にある映画を観て非常に感銘を受け、その映画がずっと頭の中に残っていて、その状態でデッサンや色彩構成などをすると、なぜかいい感じに仕上げられるようになったんです。受験とはいえ「表現」なわけですから、根源的なモチベーションをしっかり持たないと上達しないんですよね。もちろん技術の勉強は必要ですが、それに加えて将来何を作りたいかをしっかりと意識して、受験勉強中であってもできる限りいい作品を観て、自分のモチベーションを上げていくことが重要なんじゃないでしょうか。
時々受験生から、アニメーションやCGの技術を学べるかという質問が寄せられます。本学では特定の技術を掘り下げるというより、広く学ぶことによって、自分のベースを作ることを重視しているように感じます。
合田 作品を作るにあたっては、広い視野を持ち独自のビジョンを描けることの方が大切だと思います。今の時代、技術は独学でも勉強できますし、必要なら技術を持った人に手伝ってもらえばいいわけですから。実際CGを制作する会社の代表をやってるくせに、僕自身はCGソフトは扱えないんです。
在学生へのメッセージをお願いします。
合田 これまで、非常勤講師としてさまざまな大学を見てきました。もちろん、それぞれの大学に長所があるのですが、京都芸大の規模感や自由な雰囲気、学生と教員同士の適度な距離感には、他大学にはない独特の気持ちよさがあると思います。思い返すと、人生で一番心地よい日々を送れたのが京都芸大にいたときだったような気がします。1日寝てしまって無駄にした日々もありましたが、それさえも今となっては愛おしく貴重な体験だったと思っています。
将来のことなどいろいろ悩みもあるでしょうが、「京都芸大生である今」を大切にして、日々を噛み締めながら学生生活を送ってもらえたらと思います。そうすれば自ずと将来への道も開かれていくのではないでしょうか。
大学時代にMacに触れたことが大きかったというお話でしたが、今の学生にとっては生成AIがそれにあたるのかもしれません。生成AIについてはどう感じておられますか?
合田 生成AIをはじめ、便利なツールはどんどん使うべきです。ただし、作り手である自分の芯をしっかりと持つことが大切だと思っています。技術はどんどんアップデートされていくので、まさに永久に続く追いかけっこのようなものです。そんな中、例えば、自分が本当に気持ちいいと思えるものを人に伝えたいという欲求を強く持つとか、自分が語りたい「物語」を持つとか、何かを表現する人間としてプリミティブな部分を大切にしないと、本当に技術の奴隷のような人間になってしまうのではないかと感じています。
インタビュー後記
(写真右から林さん、山本さん)
林ののこ(美術学部美術科構想設計専攻3回生*)*取材当時の学年
もちろん時代に適応するように変わった部分もありますが、基本的には京芸の雰囲気はあまり変わっていないように思います。
インタビューで合田さんが仰っていたように、京芸は専門学校などに比べると即戦力的な技術が受動的につく環境ではないので、ぱっと見の自分の戦力に不安になることもしばしばあるのですが、合田さんの言葉を聞いて、技術ではない、ものを考える力やものを作る姿勢・コミュニケーション力も立派なクリエイティブ戦力になるのだと改めて実感しました。日常を大切に、1日1日を大切に、残りの学生生活を楽しもうと思います。
貴重なお話をありがとうございました。
山本絢(美術学部美術科構想設計専攻3回生*)*取材当時の学年
合田さんのインタビューの中に「自分には良い作品が作れるという根拠のない自信はあったけれど、まだ何者でもない、という葛藤のようなものがずっとあった」とのお話がありましたが、学生の大半がこのような漠然とした不安を抱えていると思います。自分の芯は大切にし、その上で広い視野を持ち食わず嫌いをせずにもの作りしていくことがこういった「漠然とした不安」から自然に脱却する方法なのだと感じました。残りの大学生活では様々な人とのコミュニケーションを大事にして自分の制作と向きあっていきたいと思います。
ありがとうございました。
(取材日:2024年1月16日・株式会社ギャラクシーオブテラーにて)
Profile:合田 健二【ごうだ・けんじ】 映像作家/株式会社ギャラクシーオブテラー代表取締役
京都市出身。1996年京都市立芸術大学美術研究科修士課程絵画専攻(造形構想)修了。
映像作家として作品を制作するとともに、映像制作プロダクション株式会社ギャラクシーオブテラーの代表取締役として、広告映像やエンタテインメントコンテンツ、博物館コンテンツなど幅広い分野の映像の企画・制作を行う。
大学院時に制作した短編作品『PERSPECTIVE OF POWER』(豊永政史と共同監督)が、トランスメディアーレ98(ドイツ・ベルリン)ビデオ部門グランプリ受賞、第43回オーバーハウゼン国際短編映画祭(ドイツ・オーバーハウゼン)州都市開発文化スポーツ省賞(準グランプリ相当賞)など、国内外で多数の賞を受賞。その後、脚本・編集・監督を務めた長編映画『アナライフ』が劇場公開、ロッテルダム映画祭(オランダ)など世界各国の映画祭で招待上映される。