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菊本和昭さん 2/4

2. 大学時代

ラッパ小僧~大学時代

interviewer_music大学の授業やレッスンは吹奏楽部とはまったく違ったものだと思いますが、いかがでしたか。

菊本 大学の授業自体は、これが芸大なのかという感じでした。人生で初めて経験する大学の授業だったし、比べるものもないので別に戸惑いはなかったですね。ただ実技に関しては、はじめ慣れなかった事もありました。高校の部活では5人も同級生にトランペットがいたのに、学年に1人しかいないわけですからね。でも金管専攻には、トランペット、トロンボーン、ホルン、チューバのそれぞれに1人ずつ同級生がいました。しかもみんなあの試験を通ってきている人達なので当然の事ながらすごい実力の持ち主ばかり。

 1回生のときに僕たち同級生4人と、一学年先輩の福田さんと一緒に金管五重奏をやり始めました。このメンバーの経験の差にとてもギャップを感じていたんです。僕とホルンの水無瀬は普通高校出身。チューバの越智と福田さんは堀川音楽高校出身で、トロンボーンの玉木も兵庫県立西宮高校の音楽科。普通高校出身の2人は初見試奏も移調して弾くことも出来ない。でも音楽科出身の3人は高校生の頃からそういうことをやってきているんですよね。初めての曲をやるときに「じゃあちょっと音出してみようか」って言われて、その3人が譜面どおりのテンポで全部ザッと吹いてしまうのを見て、全然ついていけなくてどうしようと焦っていました。

 そんな時分からスタートしたこのアンサンブルは、トロンボーンとチューバのメンバーが変わりましたが、1999年からずっと続いています。1年半に1回くらいのペースでの活動ですが。

 他には大学で初めて出会ったのが「オーケストラ・スタディ」でした。略して「オケスタ」っていうんですけど、京都芸大の実技授業には毎週水曜日に金管、木管、打楽器専攻ごとに「管・打楽合奏」という授業があります。金管専攻はトロンボーンの呉先生(京都芸大教授)の指導のもと、オーケストラのオーディションでよく出される、曲の一部を各楽器にとって難しい箇所だけ演奏する「オケスタ」をみっちり4年間叩き込まれます。毎週違う曲をやるので、かなり大変でしたね。

 履修要項には「管・打楽合奏」という授業名で書かれているので、最初は「吹奏楽なのかな?」ぐらいに思っていたら全然違いました。確かチャイコフスキーをやったときだったと思うんですけど、楽譜にinFって書いてあって、このFって何?と思っていたところに移調の指示だと教えられて、「何それ!?」って呆然となりました。それからかなり長い間、そして未だに呉先生から「菊本は移調が出来ない」というネタでいじられています。

 だからもう、曲がどうとかいう前にまずは楽譜通り音が出るようにするところから始まって、余裕が出てきたら曲を聞いてみて自分で楽曲として考えるのはそれからです。今になって、学生時代にオケスタをやっておいて良かったなと本当に思います。

interviewer_music大変な思いをされて学んだことで前進できると、今度は教える側にもなれますよね。

菊本 僕は、最近やっと教えることが出来るようになってきたと感じているんです。実は人にレッスンするのが大の苦手だったんです。30分ももたないんですね。「こうやって、ああやってみて。」って指示ばかりして、できなかった人を前にして、「何でできへんの?」って言ってしまう感じだったんです。でも、それじゃダメだなって思っていました。自分だけできて人に説明できなかったら、理解していないことと一緒ですよね。タンギングってどういう風にやるのかとか、リップスラーを説明しろと言われたらできないとか。でも、自分はそういう説明ができないって気付いたのは、プロになってレッスンする立場になってからでした。

 例えばタンギングがうまくできない人がいて、その人にタンギングを教えるとする。そうしたら「自分はタンギングってどうやっているんやろ」って考え始める。それが説明できて初めて、人に伝えたり教えたりすることができるんだと思います。

 自分ができないことを考えることによってできるようになれば、自分も成長していけますしね。ただ今は、できなかったときの反動があるのか、教えるときに自分のような説明できない人間になってほしくない、ちゃんと理解してやってほしいという思いのせいで、だいたいレッスン時間をオーバーしてしまってるんですけど。

interviewer_musicできないことはできるようになりたいっていう強い思いが、ご自身の根底にありそうですね。

菊本 確かにそう思っているでしょうね。自分が演奏することもそうだし、教える機会ができてからは教えることに対してもそう思っています。教えることは別に一番じゃなくてもいいんですけど、演奏に関してはね、やっぱり目指すところがありますから。

 僕は、楽器を取りあげられたら本当に何もできない人間なので、自分に演奏家としての穴があるのなら、できるだけ埋めていかないといけないんです。努力をしていても、年をとればその穴はどんどん広がってくるでしょうし。そうなったときにちゃんと対処できるようにしておきたいですね。

interviewer_music学生時代もできないところを見つけては、できるまで練習していたのですか。

菊本 学生の時は、そういうことは考えずにひたすら吹いていました。ひたすらですね。

 大学に入るまでは、受験という目的がはっきりとしているので、これをやりなさい、これはこういう風にやりなさい、この曲をここまでやってきなさいという、システマチックなレッスンを受けていました。それが悪いっていう意味じゃないですよ。その時はそれが必要だったんです。でも大学に入ると、指導教員の有馬先生からレッスンの時間に「・・・で何やるの?」って聞かれるところから始まったんです。実技試験なんかも「やりたい曲やったらいいよ」って言われて、どうしたらいいのかわからなくてたくさん失敗しました。

 1回生の前期試験だったかな、4分ぐらいの曲をやったんです。その点数がすごく悪かったんですよ。それで先生に「点数悪かったです」って理由を聞こうと思ったら、「あの曲短いしなあ」って一言返されたんです。その時は「えぇーっ、短いから!?先に言ってよ!」って思いましたけど。

interviewer_music確かに、先に評価ポイントを聞けていたら失敗しなくて済みますもんね。

菊本 でもそれで学んでいくわけですよね。先に教えられなかったのは、今から考えれば大学の時はいくら失敗してもいいからなんじゃないかと思います。先生の指示でやるんじゃなくて、失敗してもいいから自分で考えて自由にやれってことなんじゃないかな。失敗しながら、何ができて何ができないのか、どういう感じで演奏したいのかっていうのを自分で考える。僕は失敗の経験とそこから学んだことの積み重ねによって、自分で考える基礎っていうのができてきたと思うんです。だから失敗はすごく良い勉強になりました。

 いい年ですからね、20歳を超えると。やっぱり自分で考えないといけない。例えば「こういう曲がやりたい」だとか、「こういうアンサンブルを学生のうちにやっておきたい」とか、自発的に自分のやりたいことを考えられる人とそうではない人では、社会に出た時に変わってくるんじゃないかなと思います。

interviewer_musicでも、大学生活をどう送っていいのかわからなくて、放り出されたように思って困惑する学生もいますよね。

菊本 僕に限って言えば、むしろ自由にできるからやる気が発揮されたんだと思います。それでもすごく悩みましたけどね。だいたい京都芸大に入ることが目標で大学に入ってきているので、そこから先は見えていなかったんですよ。将来が不安になったり、3回生のときには何を練習したらいいのかと悩む時期もありました。アンサンブルもオーケストラ・スタディの課題もやっているけど、普段は何をしたらいいんだろうって。大学に入ってから個人的に早坂先生に習いに行くことはほとんどしなかったんですけど、本当にたまに、なけなしのバイト代を持って先生にレッスンをしてもらったときに、「何を練習したらいいかわからないんです」って泣きついたときもあるんです。でも結局自分で考えなきゃいけない。そこが大事なんでしょうね。

インタビュアー:音楽学部 管・打楽専攻(トランペット)4回生 石原 舞
(取材日:2012年1月29日)

Profile:菊本和昭【きくもと・かずあき】トランペット奏者

京都市立芸術大学音楽学部卒業。フライブルク音楽大学への交換留学を経て、2005年同大学院音楽研究科修了。京都市交響楽団のトランペッターとして活動し、
2012年3月にNHK交響楽団の首席奏者となる。今、若手No.1トランペッターとしての呼び声も高い、将来有望な演奏家の一人である。