高野 裕子さん
在学生が、多方面で活躍する卒業生に本学の思い出や現在の活動についてお話を伺う「卒業生インタビュー」。京都コンサートホール プロデューサーの高野裕子さんへのインタビューを前半と後半の2回に分けてお届けします。
本インタビューは、京都コンサートホールの大ホールで実施されました。インタビュアーは、音楽学部音楽学専攻の小峯羽叶さんと前田依泉さんです。
1.音楽の才能を見抜いた母
高野裕子さん
幼い頃から音楽に親しみがあったのでしょうか?
高野 3歳からピアノを習い始めました。そこが音楽人生のスタートだったと思います。
どうしてピアノを習い始めたのでしょうか?ご両親に音楽のご経験があったのでしょうか?
高野 父も母も音楽とは無縁の人です。母が言うには、私はテレビから流れてくるBGMの主旋律でなくバックコーラスをずっと聴いていたらしく、きっとこの子は耳がいいんだ、と気づいてピアノをやらせてくれたみたいです。
そこで音楽を習わせてくれたお母様、素晴らしいですね。
高野 目の付け所がいいですよね。子どもの才能がどこにあるのかを注意深く見ていたんじゃないでしょうか。
最初は地域のピアノ教室などに通われていたんでしょうか?
高野 ヤマハ音楽教室で最初はほかの子どもたちと一緒にレッスンを受けていたんですが、周りの子たちより早く進むようになって、4歳から個人レッスンを受けるようになりました。
京都市立音楽高校(現 京都市立京都堀川音楽高校)に進学されたことも大きな分岐点だと思うのですが、どのような心境での選択だったのでしょうか?
高野 ただひたすらピアノが好きだったんですよね。音楽を続けていくために音楽高校に行くのは、自分の中では自然な流れでした。
京都芸大を受験しようと思ったきっかけはありますか?
高野 当時、音楽高校は沓掛にあって、隣に京都芸大がありました。近いところに日本屈指の芸術大学があるのに、わざわざ遠くの大学に行くことはないかなと思ったんです。だから、京都芸大に進学しようと思ったのは、大きなきっかけがあったわけではなくて必然でしたね。
入学前に思い描いていた大学生像はありますか?
高野 とにかく隣の京都芸大生が自由にキャンパスライフを謳歌していて、私もそんな風に楽しめるだろうと思っていました。美術学部もあるので、自分の視野が広がるかもしれないという期待もありましたね。
2.4年間真剣にピアノに向き合って
実際に入学してみて、想像どおりの大学でしたか?
高野 はい。のびのびと自由な雰囲気でしたね。芸大祭で友達と一緒にコンサートに出演したり、実技試験の後にみんなで打ち上げをしたり、充実したキャンパスライフを送っていました。けれど、ずっと楽しかったかと言われたらそうではなくて、もちろん苦悩もありました。
学部時代はアルバイトなどもせず、ほとんどの時間を授業やレッスン、ピアノの練習に充て、真剣にピアノに向き合った4年間を過ごしました。そこで「私、人前でピアノ弾くの好きじゃないな」って気づいたんです。練習やリハーサルでは上手く弾けるのに、いざ本番になってステージに上がると、我を失うくらい緊張してしまって。おそらく自分の実力以上のものを求めてしまって、固くなってしまったのだと思います。結局自分の実力も出し切れず、本番で上手く弾けないことが続き、コンクールでも大失敗して、もう辞めようと思いましたね。
それでも、音楽を辞めようという気にはならなかったんですね。
高野 音楽が好きすぎて、離れられないことをわかっていました。ピアノは自分に向いていないと思う一方、3歳から続けているわけですし、当時は相当悩みましたね。悩みすぎたせいか、ある時の飲み会で酷く酔いつぶれてしまい、周りの友達に迷惑をかけてしまったこともありました。
周りの友人や同級生はどんな存在でしたか?
高野 すごく大きな存在でしたね。同志でもあり、ライバルでもあり。たくさん助けられたり、刺激を受けたりしていました。
3.ピアノ専攻から音楽学専攻へ
悩んだ末にピアノは辞めて、修士課程から音楽学を専攻されたのですね。
高野 はい。当時、音楽学専攻におられた柿沼敏江先生との出会いが大きなきっかけでした。先生の「西洋音楽史」の授業がとても好きで、単位は取得していたのですが4年間毎年受講しました。柿沼先生はアメリカの現代音楽の研究をしていらっしゃって、音楽評論家としてもすごく活躍されていました。私も先生のような音楽学研究者になりたいと思ったのです。
音楽学専攻ではどのような研究をされていましたか?
高野 ピアノの知識や経験を活かした内容の研究がしたかったのと、フランスの古い時代の音楽が好きだったので、17~18世紀のフランス鍵盤音楽、特にクラヴサン(チェンバロ)に関する研究をしていました。修士課程2年目でようやく自分のやりたいことがくっきりと浮かび上がってきて、その一部を修士論文にしました。その残りは博士課程で極めようと思い、研究に没頭しました。博士課程3年目でフランスに留学もして、本当に濃い学生生活でした。
ピアノ演奏の様子(2009年) | フランス留学時代(2010年) |
柿沼ゼミのパーティー(右から2人目)(2013年) | 博士論文審査にて(右は音楽学者の船山信子氏)(2013年) |
インタビュアー:小峯羽叶(音楽学部音楽学専攻2回生*)、前田依泉(音楽学部音楽学専攻2回生*) *取材当時の学年
(取材日:2024年1月15日・京都コンサートホールにて)
Profile:高野 裕子【たかの・ゆうこ】 京都コンサートホール プロデューサー
京都市出身。京都市立音楽高等学校(現 京都市立京都堀川音楽高等学校)、京都市立芸術大学音楽学部ピアノ専攻卒業後、同大学大学院音楽研究科修士課程、博士(後期)課程を修了。博士(音楽学)。
2009~13年フランス政府給費留学生およびロームミュージックファンデーション奨学生としてトゥール大学大学院博士課程・トゥール地方音楽院古楽科第3課程に留学。2008年柴田南雄音楽評論家賞奨励賞(本賞なし)。
2017年4月より京都コンサートホールに勤務し、現在 京都コンサートホールプロデューサーおよび事業企画課長。