彫刻

彫刻・絵画の静的な要素に,動きや光の次元が加えられ,モーター機構,光や色の時間変化,それらを制御する電子回路やデバイスなどで構成される作品が,戦後になると数多く制作されてきてきた。そうした作品は近年ますます修復・展示の機会が増えてきている。可動的な要素を伴う絵画や彫刻をキネティック・アート,電球やネオンを用いて人工光による光や色彩の効果をもたらす作品をライト・アートと呼ぶ。可動要素や光は,主に次の5つの方法で制御される。1)機械的なモーター駆動(電気による),2)自然(風や空気の動きによる),3)人間のインタラクション(押し引きなどによる),4)示唆される(あるライトから別のライトへ光が点灯することによって,物理的な動きはなくても見かけの運動が感じられる),5)アート作品との関係で鑑賞者が動く,などである。

モホイ=ナジなどによる質感の異なる素材の組み合わせや,光と影の動きによって空間の知覚を変化させる実験の影響を通して,1960年代から世界中で視覚的錯覚(オプティカル・イリュージョン)をもたらす動的な作品の実験がさまざまに行われた。これらはオプ・アートとも呼ばれることがある。戦後にプラスチックやアルミなど反射や透明性のあるさまざまな素材が工業生産されるようになったことも光や色彩の実験の背景にある。さらに機械工学的な動的メカニズムによって変化するイメージを自動生成する実験は,フィルムやヴィデオを用いた美術作品や情報学的なアルゴリズムによって画像を生成する初期のコンピュータ・アートにもつながっていく。

台座や額縁によって枠づけられた作品という概念を超えて,作品要素は展示空間にまで広げられる。それによって,空間のなかで変化する特殊な知覚体験が鑑賞者にもたらされる。その知覚は,催眠やLSDなどドラッグによる幻覚の効果や,現象学や認知心理学との関連でも理解される。

知覚の時間的な展開は,抽象的な映像表現や音楽家やダンサーとのコラボレーションのなかで探求され,イベントやハプニングの実演に用いられる小道具として制作されることも多く,当初は必ずしも耐久性や保存を前提にしていなかった作品も多い。それでも,回顧展にともない再制作やイベントの再演が盛んになされている。

機構の保存・修復のためには,それぞれ異なる技術が必要である。機器の取り換え部品の入手可能性や展示時の消耗の度合いに応じて,次の3通りの手段がとられる。1)オリジナル作品の維持。作品の消耗がそれほど激しくなく,取り換え部品が入手可能な場合,制御機構を修復して展示する。2)オリジナル作品の保存。オリジナルはそのままで,展示用コピーを制作し,同じ動作が再現されるように新しい機器を使って再制作する。3)オリジナルのリタイア。オリジナルが動かず取り換え部品も入手不可能な場合,オリジナルは廃棄するが,展示用に再制作を行う。再制作はオリジナルの価値を損ない,機材特有の質感(可動音や光量やタイミングなど)をどれだけ再現すべきかを入念に準備する必要があり,作家による指示書の確認や展示・収蔵のさいに詳細な記録を残して置く。また再制作で使われなくなった部品は,今後参照できるように保存しておくことが望ましい。

消耗しやすい部品を使う作品の展示には工夫も必要である。バーゼルのティンゲリー美術館では,作品を常時稼働するのではなく,鑑賞者はスイッチを押して稼働させる。数分の稼働後はしばらくスイッチが入らず,一定時間経つと再びスイッチが作動するなどの仕掛けを加えることで,作品の過度な消耗を抑えている。

参考文献

Steib Olivier, ‘Restoring Lumino-Kinetic art: The cases of two “Mobiles Lumineux” made by Nino Calos (1926-1990)’

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