インターネット・アート

インターネットで流通するデジタル・アート作品の形態を指す。多くの場合,美術館やギャラリーのシステムとは異なる仕方で,作品と視聴者とのなんらかのインタラクションを通して美的な体験をもたらす作品を意味する。デジタル化された美術作品を,インターネットを通して鑑賞することとは異なり,時にはインターネット技術に頼らずに,その独特の社会・文化的慣習を作品の要素とする場合もある。商業的なウェブデザインやインターネットアート・ギャラリー,ヴァーチャル・ミュージアムとは区別される。他にもネット・ベースト・アート,ネットアート,ネット・ドット・アート,ウェブ・アートなどといった呼称があり,2000年代半ばからインターネットが日常化した世界を題材にした作品に関して,ポスト・インターネット・アートという言葉も使われる。

ワールド・ワイド・ウェブ(World Wide Web)のインターネットが一般化する1990年代初頭よりも前から,手紙を用いたメールアートやFAXやビデオテクストなどの通信手段を通したネットアートの試みがあったことも考慮に入れる必要があるだろう。1970年代には広域放送のシステムの可能性を広げるために,ビデオや人工衛星といった新しい技術を用いて映像や音声を直接発信するライブ・パフォーマンスの実験がはじまっていった。1977年のドクメンタⅥでは,ナムジュン・パイクやヨーゼフ・ボイスらのパフォーマンスが人工衛星を通して25カ国へと配信された。1982年には,FAXTV,ラジオなどを用いたプロジェクトを行っていたカナダ人の美術家ロバート・エイドリアンは,24時間にわたって16の都市でマルティメディアアートのやりとりがなされる「24時間の世界The World in 24 Hours」のイベントを行った。公衆や観客は,作品の参加者になり,美術家は,観客のインタラクションの媒介者やファシリテーターを演じるようになった。こうしてデジタル・アートの創造の過程自体が,アーティストやプログラマーやエンジニアや科学者やデザイナーとの複雑な共同作業に頼るようになっていく。1984年に小説家ウィリアム・ギブスンが『ニューロマンサー』で「サイバースペース」という言葉を用いて以来,ヴァーチャルな空間に焦点をあてた美術作品が数多く生み出されていった。NTTインターコミュニケーション・センターのプレ・イベントとして1991年に,電話やファクシミリ,コンピュータを通じてアクセスし,約100人のアーティストや作家,文化人などの作品やメッセージを鑑賞するという「電話網の中の見えないミュージアム」が開催された。

インターネット・アートは,ウェブサイトや電子メールのプロジェクト,さらにインターネットを基盤にした独自のソフトウェアやゲームの創作,インターネットに結びついたインスタレーション,インタラクティブなストリーミングの視聴覚作品やラジオやウェブカムを用いたネットワーク化されたパフォーマンス(セカンドライフなどのような仮想空間で行われる)などがあり,他のコンピュータに基づく作品,ニューメディア・アート,電子アート,ソフトウェア・アート,デジタル・アート,ジェネラティブ・アートとも重なる。

それらは時代ごとのハードウェアやソフトウェアやアプリケーションや通信環境の固有の様式に基づいており,イベントやコミュニケーション自体が作品の主要な構成要素になるため,テクノロジーの老朽化に応じて,すでに再現不可能になってしまっている作品も多い。それでも,オーストリア・リンツで行われるアルス・エレクトロニカや東京でのメディア芸術祭のようなメディアアート・フェスティバルで紹介され,1996年に立ち上げられたrhizome.orgのようなウェブサイト上でのアーカイブ活動が行われてきた。

2016年にはrhizome.orgがニューヨークのニューミュージアムと共同で,「ネットアート・アンソロジー」のウェブサイトを立ち上げ,1980年代以降に展開する100のネットアートを2年にわたってオンライン上で展示する試みをはじめている。作品の動作状態の写真や映像などによる記録,ドキュメンテーション,プログラムの動作環境のエミュレーションなどを通して,作品の記録や再現を試みている。たとえば,モスクワ出身のオーリャ・リアリナによる,インターネットの誕生まもなく制作され、古典として有名な《私のボーイフレンドは戦争から帰還した》(1996)は、現在のブラウザを使って動作する、当時のブラウザNetscapeのエミュレーションを通して体験できる。作品は,白黒のHTMLGIFイメージからなるハイパーテクストで構成され,男が戦場から帰還した時に再会するカップルの物語になっており,テクストをクリックして女が浮気などを語る物語を辿るものだった。エミュレーターでは画像の読み込みの速度なども再現されており,インターネット普及当時の通信環境を思い出させる。

既存の現代美術館やギャラリーでもインターネット網によるメディア環境の変化を主題に据えた企画展が数多く企画されるようになっている。2016年にロンドンのホワイトチャペル・ギャラリーで行われた「Electronic Superhighway2016-1966)」展では,コンピュータや通信網の歴史を1960年代まで辿り直しながら,同名のナムジュン・パイクの作品やデジタル・アートの古典だけでなく,インターネット網にともなう監視やミサイル防衛や軍事テクノロジーやテロリズムや顔認証技術や自撮りなどを主題とした写真やヴィデオやデジタル作品,デジタル製造技術を用いた彫刻、描画共有サイトdeviant artに掲載されたイメージをダウンロードしそれらの筆触をphotoshopでコラージュしてアルミニウムにプリントするペトラ・コートライトの絵画《W9_krakaw pajaki package crack panic attacks cheet codes/deer hunter cheetah, tarzan》(2014)まで,インターネットやデジタルテクノロジー文化に関連する作品が集められた展覧会である。

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