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山本あいみさん 4/4

4. 美術で人間性を育む

美術は生徒の個性が見えやすい

interviewer高校では生徒の自発性より、先生が一人ずつに目をかけることが重要になると思うんですが、どのように工夫されていますか。

山本 美術の時間は座学より生徒の個性が見えやすいので、割と生徒のことを掴みやすいんです。制作の中で個々にアドバイスできるし、一人一人との関わりも密にとれる教科ですから。私はまだ担任をもったことがないので、関われるのは授業か部活なんですけど、普段はとにかく丁寧に生徒を見るように心がけています。

 生徒の行動を見てたら面白いんですよ。授業時間中にすぐ「できた」って言っちゃう子がどのクラスにもいるんですよ。そういう子は甘えたがりさんというか構ってほしくて仕方のない子。あんまり教師と関わりたくない子っていうのは、できても黙っています。2時間と言われたら2時間経つまで待つ。私が「次はこれをしようか」って声かけても、そっぽ向かれることもあります。

interviewerお話を聞いていて、絵を描くのが好きだから美術の先生になられたけど、他の教科が好きだったとしても教員になっておられた可能性高そうですね。

山本 高いと思いますね。どっちかというと教員になろうと思ってからどの教科にしようかな、美術かなという感じで決めたんだと思います。

高校の美術は人間性を育てる手段

interviewer高校の美術の先生として、美術に興味がない子にも教えていくことについてはどんな考えをお持ちですか。

山本 よく言われる言葉に、「美術を通しての人間教育」というのがありますよね。高校の教育は作品制作よりもそちらが主体だと思うんです。私も美術の授業で生徒たちには、「粘り強く取り組もう」、「集中しよう」、「人の作品から何かを感じよう」、「表現方法を工夫できる力を身に付けよう」などの声をかけています。絵を描くという手段を用いて、今言ったような力を伸ばしていくのがまずは大事なのかなあと思っています。

 美術に興味がない子は本当に興味がないと思います。私も描くことは好きだったけど、絵を観賞するとか美術史を学ぶとことには全然興味がなかったです。でも、以前より絵が身近に感じられるようになるきっかけがあったんです。自分で自画像を描く経験をしたあとでゴッホの自画像を見たときに、自分は自画像にどういう思いを持って描いたんだろうと考えながら、「ゴッホはどういう思いで自分を描いたんだろう」と考えたことがあったんです。私はそのときに、「ゴッホも自分と同じ人間やったんやな」と思って、その人物が描いた絵に面白みがわいてきたんです。そういう他人の作品へのアプローチを経験したこともあるので、生徒の興味を引き出せるような具体的なアプローチが何かできないかと考えるようにしています。

interviewer御自身の経験を生かして、美術を通して生徒の人間性を育てられたらいいですね。

山本 対象を自分の価値観だけで見るのではなく、対象が見つめ返す目線に対して自分が反応できるようになってくると、美術以外にもものの見方の世界が広がると思います。芸術って社会に必要なのに大事にされにくいところがあると思うし、教育現場でも同じような部分はあると思います。芸術は何で社会に貢献しているのかがとても難しいところですが、「芸術の授業は、生徒にこういう力をつけているんだ」ってしっかりと言えるようになりたいです。技術や知識だけじゃなくて、こういう人間性を育んでいるんだとか、人からこういうことを感じられる感性を磨いているんだとか、そこに返すのが大事だと思います。

interviewer学科教育の授業時間の確保が主な社会的要請になってしまったときに、芸術教育がなぜ必要なのかということを説明できないと、やらなくてもいいよってことになってしまう恐れもありますね。

山本 難しいですね、今は社会全体に余裕がないと感じるので。でも美術の現場は、正規の教員自体が減って、講師のところがどんどん多くなっているし、あんまりのんびりしているわけにはいかないと思います。芸術は崇高なものでないといけない部分もあると思うけど、多くの人に身近に感じてもらうための努力ができる“したたかさ”もないと、芸術の授業の存在意義が理解されなくなってしまうと感じています。

教員生活と自分の制作

interviewer今はおそらく、教員から離れた自分の時間は少ないと思うんですけど、制作は続けておられますか。

山本 最近は少しだけ、陶芸を教えてもらったりしています。漆を触ったりということは、卒業後はできていません。

 大学生の時にはわからなかったけど、最近になって自分のアートとの関わりは、作ったもので料理を素敵に盛り付けて食べたりして、もっと身近な関わり方がしたいと思っていることに気づいたんです。

 だから、もの作りは続けていきたいです。作ってるときはすごい楽しい。今は形を変えて陶芸ですけど、制作する時間を持つことで自分の生活が充実するなあと強く感じます。

 制作していると、やっぱり手仕事が好きだという気持ちが前面に出てきますね。自分は作業している時間や工程が楽しいっていう要素が大きいので、人が手作りしたものを、自分が選んで手元において生活するとか、そういう生活の身近なところでの美術との関わりを生徒にもっと推していきたいなと思っています。

interviewer大学は漆をやったけれども、卒業されてからも何かをやろうと思ったときに、土に触った経験やデッサンの経験もたくさんあるというのは、幅広い基礎を身に付けた賜物ですね。

山本 実際、美術部でも美術の授業でも油画を教えていますしね。もちろん経験不足なところは、自分で家で描いたりして補う努力はしてます。教員になった当初より工芸と美術のスタンスの違いがはっきりわかってきて、今は美術の勉強をもっとしないといけないなと思っています。

interviewer京芸生はみんな作家志望だというよりは、山本さんのような教員志望の京芸生もいることを知ると、京都芸大に興味をもってくれた人に将来の選択肢が広がります。

山本 「作家志望の子が行く大学」と思っていたときは、作家になることが目標じゃない自分に対して劣等感やうしろめたさがありました。このインタビューをお引き受けした時に、しまった、だまされたと思ったんですよ。他の方があまりにも著名な方ばかりだったから。でも、私のようなタイプの人のストライクゾーンになれていたら嬉しいです。

京芸生と未来の京芸生へのメッセージ

山本 私が京都芸大を選んでよかったなと思うのは、先生方にしても学生にしても技術や意識がプロフェッショナルというか、高いものがあるので、そういう人たちの中にいること自体が有意義で、刺激も大きかった点です。作家志望じゃないことで迷った時期もあって、自分が大学にマッチしきれなかった部分が多少あるとは思いますが、その場にいること自体にすごく価値を感じていました。

 やっぱり自分の身を置く環境が、どういう人たちが集まるところがいいと思っているのかを、自分自身に問いかけてみる必要があるなって思います。目標はそれぞれですが、意識の高い環境で大学生活を過ごすっていうことに意味があると思います。

インタビュー後記

インタビュアー:美術学部 総合芸術学専攻2回生 濵野志織

(取材日:2012年3月3日)

 山本さんは小柄で笑顔がとてもかわいらしい方でした。学生生活や今のお仕事について色々なお話を聞くことができました。その中でも印象に残ったお話は、大学に入学してからの自分の気持ちの変化についてです。京芸は少人数の大学ですがその分アットホームで様々な考えの人と知り合えます。制作において皆の意識の高さが、自分のモチベーションを高めてくれます。そういった環境の中で過ごすうちに自分が本当にやりたいことは何なのかわからない時期があった、でも京都芸大で4年間学んでいるうちに自分の価値観や考え方が大きく変わったと話されていました。美術教師として働き始めてからは大学独特の“自由さ”と社会の厳しさとのギャップを感じ大変だったと思われたこともあったそうですが、やはり大学は楽しかったそうです。

 私も大学生活を2年過ごして、山本さんと同じように本当にやりたいことは何かと自問することもありますが、自分の目標とするものを見つけて、これからの日々を大切に過ごしていけたら良いなと思います。

Profile:山本あいみ【やまもと・あいみ】高校教諭

2009年3月京都市立芸術大学美術学部工芸科漆工専攻卒業、4月から京都府の北部にある府立高校の美術教諭として勤務。