三瀬夏之介さん 2/4
2. 東北画は可能か?
悩みや葛藤はありましたか。
三瀬 絵を描けば売れるという時代でもなかったですし,日本画のカリキュラムが本当に今の時代に合っているのか疑問に思っていました。そんな中,僕が3回生の時に阪神淡路大震災が起きて,「絵は人を救えるのか?」,「美術というものが,生命の危機,社会の緊急時に機能できるのか?」とすごく悩みました。
社会における美術の有用性については,今も常に考え続けていますし,日本画に限らずアートに携わる人間は,常に問いを立てていくことが大事で,疑問がなくなり,理想を描けなくなったら終わりだと思います。
修士課程を修了してから東北に行かれるまでの経緯を教えてください。
三瀬 京都芸大大学院修了後は,故郷である奈良の芸術系高校の講師になりました。その講師時代に,五島記念文化賞美術新人賞(※)をいただいたんです。その賞というのは,財団からの助成で自分の好きなところへ1年間の海外研修に行かせてもらえるというもので,念願だった海外留学という夢が33歳にして叶いました。留学先は,ニューヨークやベルリンのような現代アートの中心地ではなく,故郷の奈良に雰囲気が似ていて,古いものと現在が入り混じっている都市として,イタリアのフィレンツェを選びました。
故郷の奈良は,京都芸大に行くまで,ダサい場所だと思っていたのですが,就職のために戻ってきてみると,多くの作家がのんびりと住んでいるし,新旧が入り混じった面白い場所で,日々暮らすだけでイマジネーションが喚起される,物作りにとっては素晴らしい場所だと気付いたので,留学先もヨーロッパの奈良を探したのです。
1年間の留学から帰国して,何をしようか考えていた時に東京でのお仕事の話をいただきましたが,時を同じくして東北の芸術大学からもお誘いを受けました。
東京に住んで絵を描いている自分なんて想像もつかないし,物を作る前に,どれだけ心が動くかが大事だと思い,もともと興味を持っていて,学生時代から一度は住んでみたいと思っていた縄文の地,東北に行くことにしました。
※ 公益財団法人五島記念文化財団が実施する,芸術文化の分野での有能な新人及び地域において創造的で優れた芸術活動を行う方々への顕彰・助成。美術新人賞は,海外研修(期間1年間)の渡航費,滞在費等が補助される。
東北に行ってからの5年間はどのような活動をされましたか。
三瀬 東北に行ってしばらくは,見るものすべてが珍しかったですね。都市にはない自然の猛威や信仰,みんなで顔をあわせて協力しないとやっていけないところがあり,生活の中に自然への敬意が根付いていて,新鮮な経験をしました。
日本画というカテゴリーは,日本人の価値観を一括りにしてしまうところがありますが,東北には,奈良や京都や東京とは全く違う感性,文脈,物語性があるなと感じたんです。それで,「東北地方に必要とされる美術」,「東北にいるからこそ作ることができるものは何か」,それを学生とともに考えたくて,「東北画は可能か?」というプロジェクトをスタートさせました。
三瀬さんが一人で打ち込むことによって作りあげることもできると思いますが,なぜ学生たちとのプロジェクトとすることにしたのですか。
三瀬 それにはいくつか理由があります。1つ目は,一緒に活動することで学生,教員双方に良い影響があるということです。自分の制作に集中しすぎると,学生をほったらかしにしてしまいますし,学生への教育に集中しすぎると自分の絵が疎かになってしまう。高校の美術講師をしていた時に,常にどちらかを置き去りにしているような感覚に陥ることが苦しくなり,生徒と一緒に「すきまをみつめる」というアート活動を行いました。そうすると,僕の制作の姿勢に生徒達は影響を受けますし,生徒たちの姿勢に僕も驚かされるという相乗効果がありました。「東北画は可能か?」も,そういうプロジェクトにしたいと思いました。
2つ目は,学生に東北で得たものを形にしてほしいからです。東北には地元だけではなく,全国各地から学生が進学してきます。4年間東北で暮らすと,空気が澄み,空が高く,ご飯が美味しく,人が優しい場所なので,多くの学生がここで暮らしたいと思うのですが,実際は少子高齢化や過疎化が進んでいて,就職先は少なく,卒業後は関東圏や出身地へ帰っていかざるを得ない学生が少なからずいる。そこで,東北での4年間を思い出で終わらせるのではなく,ここに住んだことをしっかりと形にしてほしいと思いました。それができれば,どこに行っても,そこの地域風土を感じて,物を作り続けられるはずなんです。作家を人生として続けていくには,一本の柱では危ないと思います。これだという自信がある軸がポキッと折れてしまったらアウトでしょう。個人としてどうしようもない衝動,絶対形にしなければいけない理想とは別に,今住む地域に出て行って生まれたコンセプト,その地域に求められるものなど,自分の中に方向性の柱が3つ,4つあると,1つが折れてしまっても続けていけるし,それらが融合して相乗効果として新しいものが生まれたりすると思うので,学生にはそういう複数のチャンネルを持って,自身のドアを開放してておいてほしいですね。
3つ目は,学生に小さなものでもいいから達成感を経験してほしいからです。みんなで力を合わせて地域で作りあげたものを発表すれば,様々な人の関係で様々な人が観に来て,批評や販売,思いの共有など多くのリアクションがあります。学生にはそういうことで得られる,独りでは決して味わえない達成感を感じてほしいと思います。
4つ目は,学生に分野を越えて学んでほしいからです。僕の勤めている大学では,入試の段階で日本画や洋画などのいくつかのコースに分かれていて,多くの学生は予備校という狭い世界の中で,それぞれのコースの表現技法を学んで入学してきます。しかし作り手として大事なのは,自身の心の動きと表現欲求,歴史的背景などで,学生には,先に技術やカテゴリーありきではなく,分野を越えて「東北画は可能か?」という課題に取り組むことで,「何を作りたいのか?」という欲望から必要な技術や形式,素材などを考えて,再構築してほしいのです。実はそれは,京都芸大の「総合基礎実技」のイメージがあるんです。今でも「総合基礎実技」では素晴らしい時間を過ごせたと思っていますし,それを今勤務する大学で実現したいと考えています。
インタビュアー:河合正太郎(日本画専攻2回生)
(取材日:2014年1月29日)※イムラアートギャラリー(京都)にて
Profile:三瀬夏之介【みせ・なつのすけ】 Natsunosuke MISE 日本画家
1973年奈良生まれ。1999年京都市立芸術大学大学院美術研究科絵画専攻(日本画)修了。
既存の日本画の枠にとらわれない,多様なモチーフや素材,時にはコラージュを施した作品の圧倒的な表現力が高い評価を得ており,多くの展覧会等で受賞している。2002年 第2回トリエンナーレ豊橋 星野眞吾賞展(豊橋市美術博物館/愛知) 星野眞吾賞受賞/2004年 第2回東山魁夷記念 日経日本画大賞展(ニューオータニ美術館/東京)入選/2006年 五島記念文化財団 美術新人賞受賞/2009年 京都市芸術新人賞受賞/2009年 第16回VOCA展2009 VOCA賞受賞/2012年 第5回東山魁夷記念 日経日本画大賞展(上野の森美術館/東京)選考委員特別賞受賞/2014年 第32回京都府文化賞奨励賞受賞。東北の芸術大学等で後進の育成にも力を注いでいる。