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木村幸奈さん 3/4

3. 課題に対する意識

interviewer車の世界観を大事にされているとのことですが,カラーデザインのお仕事に関して,素材と色を合わせるという木村さんの感覚に興味を持ちました。

木村 私も会社に入るまではなんとなくルームコーディネーターみたいなものなのかと思っていて,車にこんな色数を設定して,こんな素材にして,それに名前を付ける仕事といった認識でしたが,入社してみてそんなに単純なものではないと知りました。

 そもそも,カラーデザインに対する考え方は,自動車メーカーによって異なっていて,私が考えていたようにターゲットユーザーがいて,その人のライフスタイル等を車に再現するという感覚のところや,生活シーンに寄り添ったデザインを行う会社もあるのですが,マツダの場合は,車は単に道具として割り切れる存在でもなく,人と感情を交わす存在でありたいとか,割と独特な事を言う会社で,そんな車に求められるカラーデザインというのは,その人のライフスタイルをそのまま表すというよりも,その車に乗った瞬間にドライバーの感情が変わるようなデザインであるべきだという感覚なんです。ですから,その瞬間の気持ちを決めるのがマツダの車に対する世界観なんですよ。私,今なんか凄いこと言ってますね(笑)。

 それから,素材と色の関係について言えば,例えば塗り絵であれば,車全体を同じ赤色にするのは簡単ですが,実際には車は様々な違う素材でできています。素材が違えば,色相・彩度・明度を揃えたとしても光の当たった時の反射等の影響で色が変わったり,そもそも素材にはどうしても出ない色というものもあります。また無理に色を出せば本来の素材が持っている魅力が損なわれることもあります。例えば革という素材を用いるのであれば、魅力は風合いと艶だと思います。ただしこれらはなめし方,発色の幅で変わるものです。車としては他の樹脂等との調和を取りつつも革の持つ美しさが損なわれない色を使わなければいけません。無理に色相・彩度・明度を合わせることに固執するのではなく,狙いに対して調和するように,その素材が美しいところで調整してあげる方がいいと思います。そういうことを繰り返して全体の調和を構築しなければいけません。

 また,素材に何か新しいものを使うにしても,車は人を載せるものですから,安全性や機能面を無視することはできません。例えばインパネの部分を真っ白にしたいと考えたとしても,光が射し込んだ場合,フロントガラスにその面が反射して,その光が運転者に支障を及ぼす可能性が想定されます。ですから,その部分を白くは出来なかったりといったような制約があるんです。車としての安全性や機能を度外視したデザインは出来ませんから,そういう制約下において,空間としての調和を図っていくことの難しさがあります。ただし,こういった課題も造形との兼ね合いですので,造形デザイナーと協力しながら可能性を探ることはあきらめません。そういう挑戦は,カラーデザインの面白みでもあります。

interviewer授業で,一日一課題に取り組んでいますが,これが何に役立つのか掴めないものがあります。

木村 一日一課題はハードですし,とてもフィジカルなので,なかなか今すぐ意味を感じることは難しいかもしれません。ただ,自分の中で取組み方を決めてみればいいと思います。

 課題への取り組み方は場合によりけりですが,与えられた時間内で終わらせるとしたら,どこまでの完成度が求められるだろうかという発想に切り替えてみるのもありでしょうし,逆に時間的な制約を外してみて,自分がやりきるには何時間かかるかを思い描いた上で理想を追求し,そしてやりきる方法もあると思います。

 要は,自分の中での感覚設定をしてみて,その練習にするわけです。自分の中での設定値を満足させられるかどうかというのは,会社に入ると必要な能力だと思います。ただ,学生のころからそこまで割り切ってしまうのもどうかと思いますので,時にはがむしゃらにやってみるのも大切だと思います。

interviewer御自身のキャリアにとっての転機は何でしょうか。

木村 まだ転機と言える程長く勤めていませんが,最初の転機は,カラーデザインに入って2年目で,CX-3という車を一人で任せてもらえたことが,自分を成長させてくれました。もちろん,全部一人ではなくて,リーダーや上司がいてマネージメントされていましたが,アイデアの部分や調整は,基本的に自分でやりました。車の開発というのは,企画されてから世の中に出るまで,早くても3年以上かかる時間のかかる仕事ですから,やはり1台担当してみないことには,その複雑さを理解できないことが多いですし,直接カラーをデザインする作業よりも,コンセプトを熟考し,クオリティと性能を高め,いかに量産に繋げていくかということに多くの労力を費やすことを知りました。

interviewer就職前後で働くことに対するイメージの変化はありましたか。

木村 幸いなことに,今の会社では就職前後でギャップを感じることは少ないですね。仕事ですから,もっと理不尽なことが多いのかなと思っていましたが,会社の方針が,モノの持つ力やデザインの力を理解する方向に変わりつつあったのが大きいのかもしれません。可能な限り自分の理想を追求し,その達成に向かって進んでいる感じです。

 京芸の学生は作家的な感性の人も多いので,時間をかけて制作をしている人の姿は尊いという暗黙の感覚みたいなものがあって,それはそれでよいとは思うのですが,学生当時,全く締切を守らない,展示に遅れ周りに迷惑をかける人が評価されるということにモヤモヤしたのも事実です。

 それが仕事となると,自ずと締切が設定されています。そうした中にあって,時間内で自分の成果を出し切る部分と,自分の理想を追求する部分のバランスを取ることが大切ですし,その点に関しては仕事の方がしっかり着地点をつけやすいので,自分には合っているというか,納得しながらモノづくりをしていると思います。

 ただし,仕事においても,やはり締切りよりも理想を追求することは必要ですし,マツダは自動車業界の中でも特にそういう姿勢が強い会社だと思います。

interviewer今は会社ではどのようなお仕事をされていますか。

 去年の冬から,カラーデザインからブランドスタイル統括部という部署に異動し,車以外全体のデザインの担当になりました。車が置かれる環境,ディーラーやショーブースなど,お客様がマツダに触れるすべてを,デザイン的な観点から監修していくような部署です。

 今の段階ではこれをやっていますと言えるまでのものはありませんが,会社の出来てない部分をしっかり見つめ直した上で,自分たちは何を大切にして今後ブランドのデザインを行っていくのかということを考えるのが仕事で,店舗のデザインや商品CMはその成果物です。これまでにカーデザインを通して,会社がどういう想いで何を大切にして車を作っているのか多少なりとも理解してきたと思うので,色や素材に関して車で培った経験を活かしつつ,それらをブランドデザインに生かしていくための交通整理をしている感じです。自分の今後のキャリアを考えると,将来何者になるのかよくわからないですね(笑)。

 京都芸大の特にデザイン科の人は,卒業生の前例から自分もなんとなくこんな職業に就くのかなと考えると思いますが,最近は職業自体の垣根が無くなってきていますし,今までにない新しい道が拓けてきていて,色んなことに挑戦できるようになってきているんじゃないかなと思います。

インタビュアー:土屋さおり(デザイン科1回生*)*取材当時の学年

(取材日:2016年11月4日・下京区役所にて)

Profile:木村 幸奈【Yukina KIMURA】マツダ株式会社 デザイナー

1989年,滋賀県生まれ。京都市立芸術大学美術学部デザイン科プロダクト・デザイン専攻卒業。2011年,マツダ株式会社入社。カラー&トリムデザイングループのスタッフとしてアクセラの開発に参加し,その後CX-3,デミオ等のカラーデザインを担当。現在はブランドスタイル統括部にてブランドデザインの監修を担当。