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小倉幸子さん 4/4

4. シカゴ交響楽団へ

退団後、練習生を経てシカゴ交響楽団へ

interviewer_musicその後、神戸からシカゴへ活動の場を移されますが、こちらも大きな転機ですね。

小倉 森先生が勤めていらっしゃったルーズベルト大学のシカゴ音楽大学院のチャン・リクオ先生が私のヴィオラの先生になるんですが、神戸市室内合奏団を退団してから10ヶ月ほど経った頃、森先生からお電話をいただいて、偶然日本で休暇を過ごされているチャン先生のところに出向いて演奏する機会があったんです。

 弾き終わって片言の英語で話していたら、シカゴに来る気はあるかと聞かれて、シカゴ交響楽団(以下、シカゴ響)の練習生組織であるシカゴ・シビック・オーケストラから学費にあてる奨学金を出してもらいながらシカゴ音楽院の大学院に通う方法があると説明されたのです。思いがけない話の展開でしたが、その時期の私は、活動のフィールドを広げる上での問題は金銭的なことだったので、学費がカバーできそうだとわかり、生活費は貯金で何とかしようと決めて、入学書類をものすごく短い時間で揃えて提出しました。

interviewer_music私は今留学を考えていて、どの先生に就こうかとかいろいろ迷っているところがあるんですが、シカゴへの留学は御自身のキャリアの中ではどのように考えておられたのですか。

小倉 私のシカゴ行きは、どなたかに就きたいと自分で探して行き着いた結果ではないから、参考にならないかもしれませんが。留学自体は、もし留学先の先生と合わないと感じたら探し直せばいいだけだと私は考えているし、合わなかったという経験も、また一つ自分の方向性に気づくきっかけになるかもしれないと思うんです。

 私もシカゴに行く数年前に、知り合いに紹介してもらったニューヨーク在住のヴァイオリストに、何回かレッスンしてもらいに行ったことがあるんですよ。「外の世界を見てみたい」という好奇心から、ちょっと小旅行に行くぐらいの感じで行ってきました。留学に対する自分の目的が、はっきりしてても、ぼんやりしてても、一年間行くというような期間を決めないで、「一回レッスン受けてみるか」という経験程度に考えるのもありだと思いますよ。

interviewer_music留学というと、構えてしまう気持ちが出てきてしまうところがあります。

小倉 留学はいきなり「大きなものを掴もう」という思いで行かない方がいいかもしれないと思うんです。たとえ何年西洋に住んだとしても、学ぶことの量は無限ですし、カルチャーショックやホームシックなどで思うように吸収できない精神状態になることだってあります。逆に、短い時間の経験でも、何か自分の中で眠っていたものが開くきっかけになり、さらに明確なビジョンが持てる可能性は大いにあるんですよね。それに、日本で積み重ねてきたものがあるから、留学先の先生から教わる微妙な意味合いなどを理解することができるはずです。何もない状態で行って何かが変わるかといったら、そうじゃない。私自身、日本でやっていた積重ねがなければ、海外へ行っても学べなかったと思うんです。だから、そういう意味で、「今」という時間も大切にして欲しいです。

シカゴ交響楽団は「違うもの」を削らない

interviewer_music留学先で、そのままシカゴ響への入団されておられますが、オーディションを受けられたんですよね。

小倉 入学が2000年9月で、オーディションは2001年3月。チャン先生からオーディションがあることを聞いたのが12月頃でしたから、かなり短い時間で準備しました。こんな大きなオーディション、しかもオーケストラのは初めてでしたし、学校の宿題に追われ、日常の英語でのやりとりでも失敗ばかりでしたから、まったく気持ちに余裕がなくてストレスと緊張で頭に小さいハゲができたぐらいです。

 それでもとにかく、やるしかないという感じで。さすがに練習嫌いの私もこの時は駆り立てられるように練習しました。オーケストラのオーディションでは特にテンポについてかなり言われるということで、普段から先生に細かくチェックされていましたが、自分でも演奏を録音して、何回も何回も聞いて練習しました。

 自分がどういう音楽家であるかということを演奏で示し、信用を得なければならないのはどこのオーディションでも同じですが、言葉の壁や馴染みの薄い環境での心細さもあり、精神的プレッシャーは異常なレベルに達していました。

interviewer_musicシカゴ響はどんなオーケストラだと感じておられますか。

小倉 シカゴ響は、各人の演奏の根本にまず自分というのがあって、強い個性が方々に引っ張りあうことで出るエネルギーが音楽の原動力になっていると感じます。一筋縄ではいかない、といった側面もありますが、しっかりと力を出せる自分という根本があるから、複数集まって一つになって音楽を“打ちあげられる”、とてつもないパワーを生みだせる集団だと感じます。

interviewer_music日本で演奏活動されてた時と比べて、違う点はありますか。

小倉 「はみ出さないように」とか「間違えないように」という意識が先導しすぎなくなったことですね。シカゴ響は、個々人の「違うもの」を削らないで、逆にそれをそのまま持ち寄って共存している感じがします。指揮者の下で合わせていくときも、そういう土壌があるから、一人ひとりが生の自分のままリラックスできている。必要であれば直接的ではっきりした意思表示をするので、自然と自分の思考もできるだけ明確にする努力をするようになりますね。

 ヴィオラセクションの中でも一人一人全然違っていて、入団した当初は「なんでこんなに合わせようとしないの」とびっくりしどおしだったのですが、そもそも一人一人のスタイルやテクニック、カラーなどが違うことは、当たり前なんですよね。

 頭の中にある思い込みを捨てて、もっと本能的に大きな音楽の流れを探していく感じなんだというのが、後々わかってきました。本番では、あまりのテンションの高さに、途中で「あっ」と抜けることもあったり、隣に座っている人がすごいタイミングで入ってきてドキッとさせられることもあったりして、ハプニングは往々にして起こるわけです。オーケストラというのが、大勢の生身の人間が、良いところも悪いところもいろんな形で混在させている中で一つの音を作っているんだなあっていうことを改めて実感しています。シカゴ響の演奏会は毎回すごくスリリングなんですよ。

京芸生と未来の京芸生へのメッセージ

 自分がクラシック音楽を専門的にやろうと選んだことに対して、「なぜそう決めたのか」をきっちりと考えて欲しいと思います。私自身、毎日のように、何が違うんだろう、足りないんだろうと考えるのですが、西洋とは全く性質の異なる言語や文化に育まれた私たちが、クラシック音楽、西洋の感性から生まれた音楽をやるわけです。当たり前のようなそのことをきちんと頭に置いてみて、個性を大切に自分にしかできない土台作りをしてほしい。その上で、知りたいとか必要と感じることにぶつかったとき、例えば言葉を習ったり、留学や旅行で実際に風土に触れるなどして、実際に体感して欲しいんです。

 土台があることで、体験がより意味深いものとなるので、守りに入らないで大いに冒険して欲しいです。

 音楽をやってきてつくづく思うんですけれど、分からないこと、知らないことだらけなんですよね。例えば大学時代に勉強した曲を振り返ってみても、何にも知らずに弾いてたなと思うんです。

 間違わずに弾けたから、音程が合ったから「できあがり」というものでもない。

 私たち自身が変化し成長するように、演奏も自分の内面の変化によって変わり、決まった形にとどめることができないものだから、全て知ったと思わないで、時間をおいてからもう一度向き合ってみることで、同じ曲を違った角度から感じられる、そういうものとして気長に付き合っていってほしいと思います。

 それからもう一つは、沢山でなくていいので良い友達を作って欲しいです。それぞれが世界のどこに行っても残っていくもので、私も大学時代の友人を含めて、いろんな場面で精神的な支えになっていると感じていますから。良い友達は、自分の土台になってくれます。土台をしっかり持って生きていると、それが常に自分自身を輝かせてくれると思います。

インタビュー後記

インタビュアー:大学院音楽研究科弦楽専攻(ヴィオラ) 2回生 細川 泉
(2012年3月24日 京都ホテルオークラにて)

 小倉さんは、世界のトップアーティストと共演されているような方なので、インタビュー前、私はとても緊張していました。ですが、いざインタビューが始まると、とても気さくな方だなという印象で、子供時代のエピソードや学生時代の思い出をたくさんお話しして下さいました。

 私が印象に残ったのは、小倉さんは学生時代、練習が嫌いだったということ。一流の舞台で活躍されている方は、「練習が好き」という感じで、ぶれることなくひたすら道を突き進むのだろう、というイメージを持っていたからです。そして学生生活の中で楽しかったことは、友達と旅行に行く計画を立てたり、食堂でのんびりお喋りしたりすることだったとおっしゃっていて、今でも京都芸大時代の友達はすごく大事にされているそうです。人数が少ない分、学生同士の仲が良い雰囲気は今と同じなのだなと思いました。卒業して音楽家として長い年月を経ていくうえで、京都芸大での生活は今の土台だとおっしゃっていて、このような素晴らしい先輩を輩出した京都芸大で学べたことを、私も誇りに思っています。

 インタビューの最後に、「どんな曲を弾くときでも、すべて知ったと思い込まないように。何年かして同じ曲を弾いたときに、違った角度から演奏できるようになるから。」とのお言葉を頂きました。謙虚な姿勢が音楽家を成長させていくということを胸に刻んで、私もこれから精進していきたいと思います。

Profile:小倉幸子【おぐら・ゆきこ】シカゴ交響楽団ヴィオラ奏者

1995年京都市立芸術大学卒業。神戸市室内合奏団で活動後、1998年ヴァイオリンからヴィオラに転向。2000年からシカゴ音楽院においてシカゴ交響楽団副首席奏者チャン・リクオのもとで学ぶ。シカゴ・シヴィック・オーケストラの首席奏者を務め、2001年5月にシカゴ交響楽団に入団。オーケストラメンバーとしての活動だけでなく、世界各地での室内楽の演奏会にも精力的に出演している。