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松田洋介さん 3/4

3. あがり症の克服

自信が持てない自分

interviewer_musicミュンヘン音楽大学で2年間勉強された後は、どうしようと考えてましたか。

松田 そのままドイツのオーケストラに入るために、オーディションにチャレンジしました。いくつか受けたんですけどね、全部ダメだったんです。留学期間の終わりが近づいているのに活動の場も決まらない状態で、この先どうやってトロンボーンと関わっていくのか、考えがまとまらず焦ったり落ち込んだりしました。もちろん、チャレンジを続けるために、何かしらドイツに残る手段を見つける努力はしましたし、アルント先生も1年間、室内楽のクラスに入って残ることを勧めてくれました。だけど、ドイツ人の演奏者でも自国内のオーケストラ団員になることが難しい社会状況だったし、外国人の自分が短期間で合格を獲得するのはさらに難しいんじゃないかと感じてました。なにより、残るためにはお金も必要でしょうし、僕にはそこまでの余裕はなかったんです。

 一度帰国して、準備をしてからドイツで再チャレンジしようと心に決めて、2006年に日本に帰ってきましたが、随分と後ろ髪ひかれる思いでした。

interviewer_music帰国されてから関西フィルハーモニー管弦楽団(以下、関西フィル)に入団されるまでの3年間は、ドイツに行って再チャレンジしたい思いと、日本の生活との葛藤があったのでしょうか。

松田 フリーランスで演奏して、ドイツに行くためのお金を貯めながら、アルント先生の来日に合わせてコンタクトを取ったり、ドイツにいる友人から情報収集をして、いつ再チャレンジしに行こうかを考える日々でした。その一方で、「どうやって生計を立てていくのか」という現実的な問題から、国内のオーケストラのオーディションを受けて、入団への道を探していました。

 気持ちはドイツに向いているのに、国内のオーケストラにもアプローチしていて、そういう自分に「どうしたいのか」と自問自答しました。日本にいる時間が長くなってきて焦りもあったし、国内のオーディションも落ち続けて、好きの一心でトロンボーンを吹ける日々ではなかったです。

interviewer_musicドイツに行くことと、オーケストラの一員になる夢を叶えることのどちらを優先させるかで、随分悩まれたんですね。

松田 どっちつかずな自分に、自信が持てなくて、オーディションを受けるときも、どこか全力で臨めない自分がいました。今思うと、そんな気持ちでは合格できないのは当たり前ですけどね。だんだん自信がなくなってきた自分に対して、「落ちても自分を否定しないようにしよう。」と心掛けて臨むものの、結果がダメだとやっぱり自分を否定してしまっていました。

 それに、僕はもともとかなりのあがり症なんです。緊張しやすい上に失敗が重なって、大事な本番では緊張しすぎて全然実力が発揮できない状況が続いて、自信のかけらもなくなってました。

大丈夫、きっとできる。

interviewer_music私もかなり緊張しやすいのですが、松田さんはあがり症の悩みをどのように乗り越えられたのでしょうか。

松田 自分を否定する気持ちを防ぐ方法を探しました。まずは、いろんな本を読んで対策を練ったりして、一人でもがいていましたが、少しずつ自分の苦しい気持ちを友人に相談したんですね。その時に、僕をよく知る大学時代の友人から「松田なら大丈夫だ」と言ってもらったことがありました。楽しい経験もつらい経験も共有している彼らからそう言ってもらって、徐々に自分を客観的に見られるようになってきたんです。

interviewer_music自分を客観的に見るというのは、どういうことでしょうか。

松田 その時に考えたことは、「なぜ自分を否定してしまうのか」を知ろうということです。自分を否定しなくて済む状態をイメージしているうちに、少しでも自信を持てたらいいんじゃないかと思ったんです。僕にとって、“自信が持てる状態”は何かという自問自答の先に、「ちゃんとできると思えるまで練習したこと」という答えがありました。

 目の前が少し明るくなった気がしましたね。うまくなりたい一心で練習してきたのに、いつの間にか“完璧に演奏できる状態”を求めていた自分に気づいたんです。だから、それができない自分を、必要以上にダメだと責めていたんです。

 「ちゃんと練習したんだし、大丈夫。できる。」という気持ちがよみがえってきてからは、自分で考えて、工夫して練習しているうちに、吹けるようになる瞬間が増えてきたんです。

interviewer_musicそういう自信を取り戻した結果、関西フィルのオーディションに合格されて、オーケストラの一員になるという夢を叶えられたんですね。

松田 関西フィルのオーディションでは、僕が人生で初めて「大丈夫、きっとできる」と思って臨めたオーディションでしたね。もちろん緊張はしましたよ。舞台に立った時はすごく緊張していましたけど、自分で工夫した練習が「できる」という思いを支えてくれました。吹き終えたときは、久々に実力が発揮できたと思えて、合格することができました。

 長い道のりでしたけど、オーケストラでトロンボーンを演奏することが僕の毎日になった喜びは、とてつもなく大きかったです。

interviewer_musicオーケストラの一員になられてからは、緊張する悩みはありますか。

松田 相変わらず緊張しますが、楽しい気持ちの方が勝っています。緊張も楽しめるようになってきました。

 今だからわかるんですが、僕は、人に聴いてもらいたくてトロンボーンを吹いているんですね。その気持ちが明確になったことで、本番前でも「これからお客さんに楽しんでもらおう」と思えるこの頃です。

interviewer_musicご自身で悩みを克服し、オーケストラで吹きたいという夢を叶えられて、すごいと思います。

松田 ドイツから帰国するときにオーケストラへの入団をあきらめかけたこともありましたし、オーディションに落ち続けた間は、一般企業への就職も考えました。それでも、たくさんの友人に励まされて、母親には「もう、やれるところまでやりなさい」とまで言ってもらいました。自分が演奏家として世に出られるチャンスが巡ってくるまで吹き続けられて、あきらめないで本当によかったです。

インタビュアー:音楽学部 管・打楽専攻 1回生 景山須美子
(取材日:2012年11月8日)

Profile:松田洋介【まつだ・ようすけ】関西フィルハーモニー管弦楽団トロンボーン奏者

京都市立芸術大学音楽学部卒業、大学院音楽研究科修了。学部卒業時に音楽学部賞、京都音楽協会賞を受賞。ドイツ国立ミュンヘン音楽大学(Meisterklasse)卒業。トロンボーンを呉信一教授、Prof.Wolfram Arndtの両氏に師事。2010年9月より、関西フィルハーモニー管弦楽団トロンボーン奏者として入団。
オーケストラ以外でも、きょうと金管五重奏団、アンサンブル・プリンチピ・ヴェネツィアーニ(古楽アンサンブル)の各メンバーとして、トロンボーンとサクバットを用いて様々な演奏活動をしている。