谷村由美子さん 2/4
2.フランス歌曲の光に導かれて
フランス歌曲の光に導かれて
大学院を修了された後は何をされたのですか。
谷村 ちょうど京都市の小学校で音楽専科教員の試験的導入が行われた年で,北区の3つの小学校で6年生を教え始めました。
私は基本的に子どもが好きですが,6年生は思春期にさしかかった難しい年頃で,なかなか音楽室に来ない,名前を呼んでも返事しない,という生徒も数人いました。どうしようかと思いましたが,そこは若さのパワーでひるむことなく,その生徒達に向き合いました。最初はツンツンしていた彼らでしたが,しばらくすると「あ,この先生しつこいな。」と思ったのか(笑),ちゃんと返事をするようになり,しばらくすると減らず口をたたきながらも,音楽室に一番に来るようになりました。音楽を通して彼らが少しずつ心を開いて,自分なりの表現をしてくれているというのが,私にはすごく嬉しいことでした。
その後,当時開館2年目だったびわ湖ホールで専属歌手の募集がありました。小学校の音楽の先生という職業に喜びを感じ始めていたので,このまま先生を続けるか,再び音楽の道を追求するのか悩みましたが,周りや勤務先の先生方からも,「教職を続けたい気持ちはわかるけれど,まだ谷村先生は若いし,素晴らしい環境で音楽を続けてください」と背中を押していただき,オーディションを受験,晴れて合格し,歌うことを職業とする生活が始まりました。
びわ湖ホールには約2年間勤めました。新しい発見の連続の毎日のなかで,次第に「今,もう少し勉強しておきたいこと,しておかなければいけないことがある」という思いが強くなり,フランスへの留学を決心しました。
谷村さんは何を求めてフランスに行かれたのでしょうか。
谷村 大学3年生の時のフランス歌曲の授業からフランス音楽に興味がわいていたのですが,その当時,関西では,フランス音楽に関する演奏会や学びの場の選択肢が,オペラやドイツ歌曲などに比べるととても少なかったのです。それならばいっそのこと,その音楽が生まれた国に行って,現地の人のもとで学ぼうと思いました。フランスの文化や言語を通して,自分自身の五感で直接感じて学びたいと思ったのです。
また,フランスにはもちろん音楽を勉強しに行くのですが,留学中はその場所に住むわけですよね。絵画や食文化,音楽以外の芸術の面でも刺激をもらえるところに住みたい,という気持ちも大きかったです。京都は山紫水明の都であり,超一流と言われる物や建物,文化が日常生活の中に息づいています。そんな贅沢な環境の中で生まれ育ったことにより,知らず知らずのうちに培われた感性が響きあう歴史ある場所や文化を求めたのだと思います。
フランスの作品をやりたいと思われたのは,どんなところに魅力を感じられたからなのでしょうか。
谷村 作品の色合いというか,光の具合ですね。初めてフランス歌曲を聞いた時に,ハーモニーが他の国の作品とは全く違ったんです。音の中にいっぱい光があるんですね。明度が高いというか。この彩り,光はどこから来るのか,この光の感じは何なのか,最初は単純にそれが知りたかったんです。
留学中はどんな活動をされたのですか。
谷村 2001年からフランス最難関のパリ国立高等音楽院の大学院過程へ2年間留学しました。授業数がとても多く,実技の授業も毎日あり,歌う量はすごかったです。あの時期は本当に毎日音楽漬けでしたね。大学院の情熱に溢れた先生方やレベルの高い学生達に囲まれて,切磋琢磨しながら勉強する毎日がすごくエキサイティングでした。
いくらかの奨学金を頂いていたとはいえ,パリは家賃や生活費がとても高いので経済的な余裕はなかったのですが,安い価格で素晴らしい音楽会にたくさん行けたのも貴重でした。素晴らしい音楽や芸術に出会うことで,すごく自分の精神は充実していました。料理が好きなので,自炊するのは苦ではなく喜んで節約できますし,小さな本番やコンクールの賞金などで頂いたお金を音楽だけに使うことができて,すごく心の豊かな時期を過ごすことができました。
その時には悩まれていたことなどはありましたか。
谷村 もちろんです。なかなか思うように歌が上手くならないことに悩むことが多々ありました。今まで積み重ねてきたことを否定する訳ではないのですが,今後さらに高く積み上げるために,ある部分を取り除いて新たに積んでゆく,という作業は,かなりの勇気とエネルギーが必要でした。それをする為に留学したのだと,頭ではわかっていても不安なことは多かったですね。その積み直す作業にほぼ2年かかったのですが,その間は「周りはすごく上手いのに,周りはどんどん色々な演奏会やオペラで歌い始めているのに,自分はまだ基本的なことを勉強している…」などと,無意味に周りと比べて焦ってしまったり,さらには自分がどんどん歌えなくなっていくような気さえしました。
その中で,他の人と比べることをきっぱりやめ,自分の感性を信じて,時間はかかっても自分が納得した自分のやり方でやっていくことを学んでいきました。
インタビュアー:伊藤黎(音楽学部 声楽専攻 4回生)
(取材日:2012年12月17日)※ビデオチャットでの取材
Profile:谷村由美子【たにむら・ ゆみこ】声楽家
1999年京都市立芸術大学・大学院音楽研究科修士課程声楽専攻首席修了。
びわ湖ホール声楽アンサンブル専属メンバーとして活躍後,2001年よりパリ高等音楽院(CNSMDP)声楽科大学院課程に留学。その後パリ国立地方音楽院(CNR)では古楽演奏のディプロムを取得。
バロックから現代まで幅広いレパートリーをもち,主にリサイタル,宗教曲のソリストとして活躍。
「ピエール・ベルナック声楽コンクール」,「リリー&ナディア・ブーランジェ国際コンクール」,「リヨン国際室内楽コンクール」で優勝,「エリザベート国際コンクール」セミファイナリスト,「日本音楽コンクール」入選など数多くのコンクールで優秀な成績を収めるとともに,「京都青山音楽賞」,「京都市芸術新人賞」を受賞するなど各方面から高い評価を得る。
京都市立芸術大学専任講師を経て,現在は拠点をフランスに移し,ヨーロッパと日本を中心に音楽活動を展開している。