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木下敦子さん 3/4

3. 1位と2位の差

「ニース国際ピアノコンクール ファイナル ©Joerg Tisken」

interviewer_musicニースの国際コンクールで1位を取られたと聞きました。

木下 そうなんです。そこで初めての1位を取ることができました。それほど大きい国際コンクールではないけれど,「やっと1位を取れた・・・」という感慨がありました。

 コンクールはそれまでにもいくつか受けていましたが,2位が最高位でした。1番になったことがなくて,ずっと悔しい気持ちがありました。ドイツに来てから受けた学生コンクールも2位だったし,改めて1番になるには何が必要かを考えさせられました。

interviewer_music1位になるためには何が必要だと考えていますか。

木下 演奏する上で,正確さは大前提で,それにプラスして,自分にしか表現できないものを出すことが求められます。その上に,1位と2位にある差は,表現の奥行だと思います。

 マイスター先生にも,「そういう風にだったら皆弾けるよ。」とか,「自分の演奏がどんなものなのか,もう少し吟味しないといけない。」と言われます。自分の持つ音楽性は,1日2日で出来上がるものではなくて,毎日意識しないと作られないものです。他の人と違う弾き方を探しているだけでは,全然面白くない演奏になってしまうから,自分で自分の表現力を鍛えないといけないですね。

 それと,自分のやってきたものに100%の自信を持って弾くことが大事です。「準備不足かも」という不安な気持ちは演奏に出てしまうから,舞台に立ったら,「私以上に上手く弾ける人はいない」と思い込ませます。そうすると,演奏にも意思の強さが出ると思います。

interviewer_music自信は演奏家にとって大切ですよね。

木下 最近,人から「普段はおとなしいけど,舞台に立ったら人が変わるよね。」と言われるようになったことは,今の私にとって最高の褒め言葉です。日本にいたころの私は,演奏することが,ただ楽譜の音符を弾くことになっていて,表現するためのアイデアをいただいても,人に言われて何となくやっている感じでした。自分の表現ではないから,自信を持って演奏できていなかったんでしょうね。椋木先生にも「普段はおとなしいのはあなたの性格だから,演奏中はがらっと人が変わるようにしないといけない。」とよく言われていました。

interviewer_music学部生の時は,自分を出そうとして,その出し方を探していましたよね。

木下 自己表現ができるようになるために,自分が変わりたいという強い気持ちがあって,マイスター先生の指導や,違う環境で勉強してきた友達の演奏を参考にしたりして,その都度吸収しながら,自己表現の方法を身に付けていったのかなと思います。

 でも,自信がついたのは,マイスター先生の奥さんに,「あなた自身は変わらなくていいから,あなたが持っているものを使って表現しなさい。」と言ってもらったことでした。すごく心に響きました。自分が変わりたい思いに捕らわれていたので,「私はこのままでいいんだ。」と思えたことで,随分気が楽になったし,自分をもっと信じて進んでいけばいいと自信がついたんです。

interviewer_music技術を磨いたり気持ちを成長させていくことで,自信を持つことができたんですね。

木下 ドイツにいると,自分は外国人だし,しかも,おしとやかだと思われがちな日本人だから,コミュニケーションを取る上でも怯みそうになることもあるけど,その状況に甘んじていたら生き残っていけないです。外国で生き残るために頑張っていると,どんどん自分が強くなれる気がして,むしろ居心地が良いんです。今の私は,演奏で自分の感情を曝け出すことが快感だと思えるようになって,練習でも,曲の中から「ここはこんな物語」とか「こういう感情」とか,いろんなことを発掘して表現するのがすごく楽しくなりました。本番でも,曲から感じた自分の思いを出来るだけ伝えたいという気持ちで弾くことができています。

interviewer_musicブラームス国際コンクールのときのことを教えてください。

木下 特にこのコンクールの存在を意識していたわけではなくて,友達から,課題曲が私のレパートリーと重なっているから出てみたらと勧められたんです。なかなか新しく練習していた曲が弾けなくて,直前まで出場を迷っていたんですけど,ダメだったら,その後旅行しようと気軽に考えることにして行くことにしました。会場が,オーストリアのペルチャッハという,ブラームスが避暑地として利用した街だったし,その夏はどこにも旅行していなかったから,ちょうどいいなと思ったんです。

interviewer_musicフィナーレはどんな気持ちで演奏できましたか。

木下 日程は,1次審査が2日間,1日休みを挟んで2次審査,また1日休みを挟んでフィナーレで,審査員が演奏直後に点数を表示する方式だったので,2次審査の終盤でフィナーレに残れそうだと分かりました。フィナーレ前日のオーケストラとのリハーサルも良い感触だったし,本番の舞台でも,どこからともなく自信がわいてきたんです。

 フィナーレでは,大好きなベートーベンのピアノ協奏曲第4番を弾いたんですけど,準備してきた曲を全部弾かせてもらえたことや,オーケストラとコンチェルトを弾くことが実現できる機会を与えてもらったことなど,いろんな感謝の気持ちと,自分をすべて出そうという開放的な気持ちで演奏できました。とても気持ちよく弾けた上に,優勝という結果につながって,本当に嬉しかったです。コンクールの参加者やお客様からも,「演奏を聞いて感動で涙があふれた。」と言ってもらって,私がずっと目指していた「自分の演奏で人に感動を与えることができたんだ」と実感しました。自分の音楽がやっと伝わったと思えた瞬間でしたね。

インタビュアー:泉麻衣子(博士課程器楽領域ピアノ専攻3回生)
(取材日:2013年12月6日)※スカイプでのインタビュー

Profile:木下 敦子【きのした・あつこ】ピアニスト

1987年 神戸市生まれ。京都市立芸術大学音楽学部卒業。

卒業後,ドイツのマンハイム国立音楽舞台芸術大学に留学し,マスター課程を最優秀の成績で卒業,現在ソリスト課程に在籍。

「第41回 東京国際芸術協会新人演奏会オーディション」 最優秀新人賞受賞。「第8回 宝塚ベガ学生ピアノコンクール」 第3位。「第10回 大阪国際音楽コンクール」 エスポワール賞受賞。「2011年ドイツ バーデン・ビュルテンベルク州ベヒシュタイン学生ピアノコンクール」 第2位。「2012年フランス ニース国際ピアノコンクール」 第1位。「2013年オーストリア ブラームス国際コンクール」 第1位。

ヒルデスハイム管弦楽団,カンヌ管弦楽団,バーデン・バーデン管弦楽団との共演にてソリストを務める他,ドイツ各地にてリサイタルを開催。ソリストとしてのみならず,リート伴奏や室内楽,ピアノデュオなど多岐に渡り活動する。また,Y.Menuhin財団奨学生として高齢者施設や病院など,さまざまな環境での演奏にも力を入れている。現在同大学で声楽科の伴奏助手を務める。マンハイム・ライオンズクラブ,ソロプティミスト奨学生。これまでにピアノを真鍋公子,菊地葉子,椋木裕子,Rudolf Meister,Ok-Hi Leeの各氏,リート伴奏をHeike-Dorothee Allardt,Ulrich Eisenlohrの各氏に,副科チェンバロを中野振一郎氏に師事。

その他にAndrzej Jasinski,Klaus Schilde,Jean-Pierre Armengaud 各氏のマスタークラスを受講。