沓野勢津子さん 4/4
4.大きな夢と身近な夢
ボストン音楽院の卒業式にて
ボストンの大学院に通われている時は,その後どういう仕事をしようと考えておられましたか。
沓野 ボストンでもマリンバ専攻でやっていましたから,マリンバで仕事をしていきたいと思っていました。ただ,マリンバの仕事はそんなにないから,最初の身近な目標としては年1回大きいリサイタルをすること,毎月必ずソロの仕事をすることでした。カフェなどに電話して,「演奏させて頂けませんか?」と自分で売り込んでいました。今も,ソロの仕事は,月に2,3回は入れるようにしています。
今,育児,家事をされながら演奏活動も展開されていてお忙しいと思いますが,気分転換はどのようにされていますか。
沓野 札響の練習場で,芸術の森という所があるのですが,そこは自然が多くて好きなスポットです。中島公園,滝野すずらん公園など,歩いて一周すると数時間かかりそうな大きな公園が札幌にはあります。自然に触れると精神的に少し落ち着いて気分転換になりますね。特に滝や湖など,水のあるスポットが好きです。あと,栄養ドリンクは本番前には欠かせません。携帯ゲーム数種類にもハマっています(笑)。
在学中の経験が今に生きている事はありますか。
沓野 全部そのまま生きています。むしろ,京都芸大の打楽器研究室にいなかったら,今の私はないですね。
学内で演奏会がすごく多かったので,それでだいぶ度胸がつきました。あと,打楽器研究室の仲間は四六時中一緒にいたから,家族のような存在です。私は家が遠くて片道2時間かかっていたので,夜12時に家に帰って,寝て,朝7時くらいに起きて大学に行って,打楽器研究室に朝9時から夜9時までずっと入り浸っていましたが,それが楽しかった。また,私の学年に打楽器は4人いたんですけど,みんな優秀だったんですよ。だから良い意味でのライバルで,お互いに負けるもんかと高め合えたことが1番良かったですね。
打楽器は,演奏だけじゃなくて,楽器運びとかも,全員で呼びかけあって運ばないといけないから,協調性とど根性がつきました。特に,年1回ある打楽器アンサンブルコンサートに向けてのリハーサルがすごいんですよね。楽器の量が恐ろしいことはもちろん,練習量もすごいのです。1回2時間の合わせ練習を,コンサートまでに,12~13回はやるんです。リハーサルをやって仲間と討論しながら音楽を作っていくんです。
今は,室内楽でもオーケストラでもコンサート前は2~3回位しかリハーサルしないのですが,学生時代は10回以上して本番に臨むのが当たり前でした。壮絶な練習量だったので,自分一人では絶対そこまでできないですね。
カフェでのライブ演奏(2014年)
活躍するマリンビストの中には,作曲家と新しい曲を作って世に出していく方もおられます。沓野さんは新曲を作ることについてはいかがですか。
沓野 私は新曲を作っていきたいというのはまだあんまりないですね。なぜならマリンバはクラシックのソロ楽器としてあまり認知されていないため,楽器自体の良さをまずは伝えていきたいと思います。クラシックの名曲がいっぱいあるので,そういった曲を編曲してマリンバで弾いて,マリンバで弾いたらこんな木の優しい音色になるんですよと伝えられたら,一般のお客さんもマリンバの良さをわかってくれると思います。だから,私は一般のお客さん向けのカフェコンサートなどではクラシック,ポップスなどを編曲しながら,マリンバで演奏することが多いです。もちろん自主公演など本気を出す時は,ガツンとオリジナル作品を演奏しますけどね。
新曲を作るのも,すごい事だと思うし,今の時代のマリンビストとしてやった方が良いとは思うんですけど,私はまず楽器の良さを伝えたいです。ピアノやヴァイオリン等と同じくらい認められる楽器にマリンバをもっていきたい。それらの楽器はオーケストラでコンチェルトする機会が多いし,存在する曲の数も全然違います。マリンバではトップレベルの演奏家でも,そんなにオーケストラとコンチェルトする機会は多くはありません。今よりもっと,マリンバという楽器自体がクラシック界で認知されるといいなと思います。
もちろん,今生きている作曲家の方で,私が大好きな方も何人かいらっしゃるので,いつかそういう方々とお仕事ができたらいいなというのは夢の一つですが。
最後に,京都芸大を目指す受験生に一言メッセージをお願いします。
沓野 頑張って下さいというより,踏ん張って下さい(笑)。今が一番の踏ん張り時だと思います。受験さえ乗り越えてしまったら,パラダイスというわけでもないんですけど(笑),絶対に入って良かったと思える大学なので,何とか今踏ん張って入学してほしいです。
在学生に一言お願いします。
沓野 何となく過ごしていたらもったいない気がします。こうなりたいという大きい夢と,目の前にある叶えられそうな身近な夢とどっちも持っておいたらいいかなと思います。
私の場合は,世界中を駆け巡れるマリンビストになりたいという大きい夢がありますが,いきなり実現できるわけじゃないから,このコンクールで優勝するとか,このオーケストラとマリンバコンチェルトを共演するとか,身近な夢も持っています。身近な夢と大きい夢,両方を持っていたらうまくいくんじゃないかなと思います。
私は受け身でいることに慣れてしまっていることが怖いなと思います。
沓野 それは駄目です(笑)。大学を出た時に,唖然としますから。そういう仕事のない時に,いかにクリエイティブになるか。いかに自分で仕事を作り出していくかが大切です。また音楽の仕事は,個人的に依頼を受けることの多い仕事なので,演奏だけじゃなくて普段の人柄も大事だと思います。自信は持つけど謙虚に。自信と謙虚さを兼ね備えていた方が上手くいくんじゃないかなと思います。
インタビュー後記
インタビュアー:高田汐莉(高は“はしごだか”),樽井美咲,藤田もも
(いずれも音楽学部 管・打楽専攻4回生*)*取材当時の学年
沓野さんにはこれまでに何度かレッスンをして頂いた事があり,とても気さくでユーモアのある方だという印象を持っていました。そして今回インタビューをさせて頂き,とてもストイックな方でもあると感じました。
私たちは1日1日をこなす事に必死になるあまり,将来設計を後回しにしていました。また,周りが見えなくなり選択肢を狭めている事もありました。しかし,沓野さんは現在の事においても将来の事においても広い視野を持ち,今すべき事を追求されているように感じました。そして,いつも前向きに心から音楽を楽しまれている事が伝わってきました。
私たちはもうすぐ卒業を迎えます。シビアでありながら楽しむ事を忘れずに,常にクリエイティブな姿勢で音楽と向き合っていきたいと思います。
それは,専門実技を学ぶとともに,他分野の理解も深めていかなければならないということです。これからも,この経験を活かして,勉学に励みたいと思います。
(取材日:2014年11月5日・京都芸大音楽棟打楽器研究室にて)
Profile:沓野勢津子【くつの・せつこ】マリンバ奏者
京都市立芸術大学音楽学部を首席で卒業。卒業に際し音楽学部賞・京都音楽協会賞受賞。
ロームミュージックファンデーションの奨学生として米国ボストン音楽院大学院に留学し,グラデュエイト・パフォーマンス・ディプロマ科マリンバ専攻を卒業。現在は日本に完全帰国し,北海道札幌市在住。
2009年イタリア国際打楽器コンクールマリンバ部門第1位受賞。2010年米国南カリフォルニアマリンバコンクール優勝。2014年第31回日本管打楽器コンクールマリンバ部門第1位および文部科学大臣賞,東京都知事賞を受賞。他多数のコンクールで優勝。 2013,2014年札幌市民芸術祭奨励賞受賞。
これまでに打楽器・マリンバを奥田有紀,種谷睦子,山本毅,坂上弘志,小森邦彦,ナンシー・ゼルツマン,布谷史人の各氏に師事。 2012年にソロCD「子供の領分」を発売。日本最大のマリンバメーカー「こおろぎ社」アーティスト。札幌大谷大学芸術学部音楽学科非常勤講師。