小西 潤子さん 4/4
4.なんくるないさー
マーシャル諸島・マジュロにて,創作太鼓の調査の様子(2012)
京都芸大で学んだことで,今に活きていることはありますか。
小西 大阪音大は大きな大学でしたから,いつも一緒にいる仲間というのは,どうしても同じ専攻の学生ばかりでした。その点,京都芸大は少人数で各専攻間の敷居も低く,学生同士が色々な所で混ざることが多かった。なので,異なる専攻の学生の考え方や演奏への取り組み,楽器の特性や文化等に触れることができました。その経験は,今の仕事に絶対に活かされています。
私の専門分野である民族音楽学の研究対象には,実は西洋音楽やポピュラー音楽など他のジャンルと思われている音楽も含まれています。京都芸大の環境の中で,実技分野の人たちも含めて異なる専門分野の人たちと同じ空気を吸いながら学んだ体験は,間違いなく民族音楽学の研究にも良い影響があったと思います。
沖縄県立芸大の学生さん達には,どういった指導をされているのでしょうか。
小西 ゼミの指導の中では,「これをやりなさい」と研究対象を提示するようなことは一切言いません。本人が色々模索しながら何かを持ってくるのをとにかく待っています。講義の授業でも,対話の中から学生一人ひとりの関心を引き出し,みんなで授業を作っていくような方法を取っています。主体的な学びが,自分自身で考えるという営みにつながっていけば良いなと思っています。
私が20代の頃,ある方が「迷ったら積極的な方を取りなさい」と言ってくださいました。「リスクがありそうでもやりたいと思う方を取りなさい」ということだと思うのですが,私も実践してきましたし,学生達にもそのように言っています。
学生の間にやっておいた方が良いことなど,何かアドバイスはありますか。
小西 学生時代を終える頃までに,人生のターニングポイントを迎えると思います。親の願望や女性に対する社会的なプレッシャーがまだ根強いでしょう。だからといって,周囲に同調してしまうというのは良くないと思うんです。
自分がこの年になって分かったことは,世の中にはまだまだ分からないことがたくさんあるということです。皆さんが意思を通すことで,周囲の人々も共に成長し,新しい活路を見出すかも知れません。周囲の期待に応えるというのは,必ずしも言われるままのことをすることではない。反対を押し切ることが,結果として周囲の期待に応えることになる可能性もあるのです。
それから,言い訳をして欲しくないですね。何かのせいにしていたら,結局一生何もできなくなります。やりたいと思うことがあれば,それはどんな形でも貫き通すか,その時はできなくても気持ちを持ち続けることが大切だと思います。そうすれば,いつかは何とかなる可能性があります。
沖縄の方言に,「なんくるないさー」という言葉があります。沖縄の人達の気楽さを表すように誤解されることもありますが,本当の意味は「自分ではどうしようもないと思われることでも,日ごろから精進をしておけば,あとの結果は何とかなるものだ」ということだそうです。同様の言い伝えは,各地にもありますよね。まずは自分の想いを持ち続けることが一番大切だということは,先人から伝えられてきた生きるための知恵だと思います。
話は変わりますが,気分転換にされていることはありますか。
小西 家事ですね。民族音楽学者はフィールドに入って人々の日常を理解しなければなりません。そのためにも,私自身の日常生活も大切にしたい気持ちがあります。風呂掃除している時にも,論文のタイトルを思いつくなんてこともありますから,全然気分転換になっていないのかもしれませんが。日常の中で,楽しみを見つけているみたいな感じです。追いつめられて困ったみたいな事はほとんどないですし,本当に困った時には,「神の声」が降りてきたかのようにひらめくこともよくありますよ(笑)。
天皇陛下にも献上したパラオ歌謡研究成果。沖縄系パラオ人金城文子さんとともに(2015)
今後やりたいことはありますか。
小西 課題が山ほどあって,どれも中途半端で,全然できていないと思っています。
30歳の時に,「自分の国際化」という目標を掲げたんです。英語をうまく話せないのに勉強もせず,避けてきた。そこで一念発起して,たくさんの方々に助けてもらいながら日本人が誰も参加していないある国際学会での発表にチャレンジしたのです。その後,さまざまな国際学会への参加を積み重ねることで,目標達成を目指してきました。それでも,必要とされる力はまだまだ足りていません。
研究では,「成果の還元」が課題です。流行り言葉に「終活」がありますよね。私は20代前半に大切なクラスメートを喪ってから,常にデッドライン(締め切り)から考えるようになりました。残りの人生で割ってみて,どれだけのことをやれるんだろうか。年々,自分にとってもこれまで研究してきたことを現地の人々にお返しすることが差し迫ってきています。
京都芸大を目指す受験生と在学生へ一言お願いします。
小西 受験生の方には,京都芸大は恵まれた環境にあるし,無限の可能性がある大学だということを伝えたいです。入学することになったら,京都芸大を踏み台にして,どうやって更に高く飛べるかを考えてもらいたいです。そういう夢を持って選ぶだけの価値がある大学だと思いますよ。
京都芸大の在学生は,皆素晴らしい才能を持っていると思います。ですから,とにかく自信を持って外に向かっていったら良いと思います。多少無謀なことでも,今は許されるはずです。結果を恐れずに,とりあえず一回アクションを起こしてみれば,次のステップに絶対につながると思います。
インタビュー後記
稲谷祐亮(音楽研究科修士課程 作曲・指揮専攻(作曲)1回生*取材当時)
現代音楽の作曲を学んでいる自分にとって,不勉強なことに民族音楽は未だほとんど未知の領域であり,今回のインタビューのお話を頂いたときは自分に役目が果たせるか不安でいっぱいでした。しかし,教育者でもある小西先生は,そんな不安も吹き飛ぶような溌剌とした話し方・お人柄で,終始楽しくお話を伺うことができました。
大学時代に西洋音楽であるフルートを学びつつ,芸能山城組に出会い民族音楽に興味を持ち始めたというエピソードがとても印象に残りました。文化の東西やジャンルを問わず,音楽に対しとても柔軟な感性をお持ちだったからこそ開けた道だったのではないかと思います。先生のどの言葉からも,自然体で音楽と関わり,また,生活の一部として音楽が存在する感じがはっきりと伝わってきました。一時期研究をやめることもお考えになったようですが,それでも今まで続けてこられたのは,気負いなく音楽と関わるその姿勢ゆえであり,あまり悲観的にならずに,日常での小さな気付きや興味を発見して積み重ねてゆくことが大切なのだと教えられた気がします。
私もこれからの音楽を作曲していくものとして,もし分からなくなったり落ち込んだり,挫折しかけたときには,先生の強くて好奇心に満ちた言葉を思い出して,とにかく続けていこうと思います。
(取材日:2015年11月6日・本学大学会館にて)
Profile:小西 潤子【こにし・じゅんこ】大学教員
大阪府出身。1990年京都市立芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了。1998年大阪大学大学院文学研究科博士後期課程芸術学専攻(音楽学)修了。
専門は民族音楽学。主にオセアニアの民族音楽を中心に人々と音楽との関わりについて研究している。
静岡大学教育学部教授を経て,現在,沖縄県立芸術大学音楽学部音楽学科教授。