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山口高志さん 2/4

2. NHK入局

進路の選択

 

interviewerその当時は、芸術作家になろうと思っていましたか。

山口 自分の中でそれは揺れていました。現代アートが、ある種の軽やかさを保っていた時代だったので、現代アートの表現の幅を広げることには関心があったんですけど、作家活動というものを一生続けていく覚悟はできていませんでした。

 そうしているうちに修士課程2回生の夏が訪れて、どうしようかなと迷っていた時に、いずれにしても後悔はしない方がいいなと思い、就職活動をやってみようと思いました。

 京都芸大の学生課(現在の学生支援担当)にある求人票の中に、「NHK」の求人票があり、NHKのような誰もが知っている機関で、美術で役に立てる仕事があるんだったらと、ダメ元で受けてみようと思いました。とは言いながらも、テレビ業界にはパワフルで派手なイメージを持っていて、基本が地味な人間なので応募を躊躇していました。しかし、当時の自分のポップなものへの憧れとか、エンターテインメントへの思い入れを加味して僕の適正を観察してくれていた人がいたんです。今の奥さんなんですけど、「多分向いていると思うから、受けてみたら。」と背中を押してくれました。

 NHKの就職試験では、作品審査も含めた面接がありました。当然僕は油画専攻の作品しかなかったんですが、その作品を持って行っても、多分きょとんとされてしまうと思って、テレビ番組を企画して、徹夜で模型を作り、「こういう番組のスタジオデザインです。」とプレゼンをしました。今から思うと、寸法や条件はめちゃくちゃだったんですけど、誠意というか、受ける側のマナーとして自分なりの企画を持っていったことが試験官にうまく響いたようでした。

interviewer私は、NHKを受ける人は映像を専門的に勉強した人ばかりだと思っていました。

山口 テレビ美術自体が、非常に専門性の高い仕事なんです。ですので、基本的にそれを専門で教えている大学はほとんどないですね。デザイン科出身でも、ファインアートの出身でも、会社に入って一から学ばないといけません。新人の採用時には、特にどの専攻の出身が有利・不利という選び方はしていません。今、僕が所属している映像デザイン部は、最近は非常に仕事の幅が広がっていますが、現状では、スタジオセットのデザインが仕事の中心です。それは、3次元を映像化するという仕事なので、CGを作る営みとも少し違うんです。

紅白歌合戦のデザイン

山口 僕は、入局一年目、NHKの大阪局に配属になりました。最初、時代劇の美術デザイナーのアシスタントだったんですけど、そこは学生時代とは全く違う世界でした。大学院2回生まで作家活動をして、ギャラリーや美術館からお声掛けをいただいたり当時の雑誌に載せてもらったりして、自分は「大したもんなのかな」と思い上っていました。

 しかし、テレビの現場でガツンとやられたというか、「社会人としては何者でもないし、何ができるわけでもない自分」というのを認識させられました。現場で「ギャラリーでこういうものを展示しています。」と言ったところで、アートの文脈をご存じない方には価値が伝わらない。

 「まだ何者でもない自分」というものを認識するのには、いい時期だったと思います。

 入局してからも、美術とエンターテインメントを出会わせる仕事がしたかったので、「東京でポップな歌番組がやりたい。」という希望をずっと出していました。入局4年目で、東京の渋谷の局に人事異動になり、そこからはチャンスが回ってくるのが比較的早かったです。当時「ポップジャム」という音楽番組があり、そのリニューアルを任せていただきました。そうして少しずつ仕事の規模が大きくなって、入局8年目に初めて紅白歌合戦のデザインのチーフをやらせて頂きました。

interviewer入局8年目で。すごいですね。

山口 世代的にラッキーだったんだと思います。好きではないジャンルの仕事もあるんですけど、音楽番組だけはずっと好きでやっています。何回やっても難しいですね。経験を重ねれば重ねるほど、前にやったことと同じことはやりたくないじゃないですか。だから、作品の数が増えるだけ、まだやってないことが減っていくんです。そこから絞り出していくのが毎年大変なんです。今年も紅白歌合戦のデザイン統括を担当しているんですが、ちょうど今週(10月第3週)の頭くらいにやっと絞り出せました。今年は去年とは全然違うので楽しみにしていてください!

インタビュアー:美術学部 デザイン科1回生 藤川美香

(取材日:2012年10月20日)

Profile:山口高志【やまぐち・たかし】NHKデザインセンター チーフディレクター

1991年、京都市立芸術大学・大学院美術研究科修士課程絵画専攻(油画)修了。同年、NHK(日本放送協会)入局。現在、NHKデザインセンター映像デザイン部チーフディレクター。

国民的番組である紅白歌合戦(1998/1999/2003/2010~2012)をはじめ、宇多田ヒカル~今のわたし~(2011)、桑田圭祐~55歳の夜明け~(2011)、YMONHK(2011)、プロフェッショナル仕事の流儀(2005)、夢・音楽館(2003~2005)、ニューイヤー・オペラコンサート(1997/2002/2010)、細野晴臣イエローマジックショー(2001)、ニュース10(2001~2001)、爆笑オンエアバトル(1999)などNHKを代表する番組のデザインを手掛ける。2006年、優れたテレビ美術に贈られる第34回伊藤熹朔賞『本賞』をNHK番組「音楽・夢くらぶ」で受賞。