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釜野真理子さん 4/4

4.つながる人間関係

芸術祭で得たもの



芸術祭『ZORIG GA-TOEN2012 パロ楽芸祭』での写真展『幸せの虹』の展示の様子。世界から幸せの瞬間を切り取った写真を集めて展示。現在はブータン各地で巡回展示中。

interviewer自主企画で芸術祭を開催して、来場者の反応はどうでしたか。

釜野 とても刺激になったんじゃないかなと思います。普段お寺にある仏画は見ていても、作品の展示をしている様や、ましてや子どもたちの作品がずらりと並べてある様は見たことがないですから。観光客の人もたくさん観に来てくれて、作品を買ってくれたりして、盛況でした。京都芸大からは、谷澤紗和子さん(キャリアアップセンター美術アドバイザー)などにも作品を持ってきてもらったりして、日本人作家の作品を見てもらえる機会にもなりました。ブータンではまだまだ「美術=絵画」と思ってる人が多いので、そうじゃないものを見る事で、新しい発見があったと思います。会場があまり行きやすい場所ではなかったので、会場までの道に、全世界から集めた「幸せの瞬間」を撮影した写真の展示をしたり、各会場を巡るスタンプラリーをしたりと工夫しました。

interviewer学生の頃のように、またもや裏方も頑張られたんですね。

釜野 裏方は不得手だと思っていたのに、立場上しないといけなくなりました。日本だったら、的確な指示を出せば周囲が動いてくれるであろう事が、ブータンでは全然通用しない。何をやるにもスムーズにいかないことが当たり前の中、采配を振ったことは、自分自身がとても鍛えられましたね。

「役立ちたい」という気持ちは半分くらいがいい

interviewerボランティアという言葉は、世間でいろんな捉え方をされています。釜野さんにとってボランティアとはどういうものですか。

釜野 「ボランティア」という言葉は、「無償で人助けをする」という意味の背景に「たとえ我が身を犠牲にしてでも」というイメージが世間的にはあるかも知れません。でも、私にとっては「自分のした事が、結果的に少しでも人の助けになればいいな」という感覚ですね。私の場合は、ボランティアへの興味の前に、ブータンへの興味が先立っていたから、他の青年海外協力隊の人とはきっかけが違うかも知れません。もともと自分は完璧な人間じゃないので、人に対して「ここを立て直してあげる」という思いはありませんし、支援される側の国の人も、そういう態度で来られることは望んでないと思います。私、審査を受ける前に親にも言ったのが「半分は学びたい。もう半分は自分が役に立てることがあったら役に立ちたい。」という事なんです。そしてブータンで2年間過ごしてみて、気持ちが不安定にもならず、楽しんで続けられているので、自分にとってこの考え方は間違ってなかったと思っています。ブータンの人にもすごく助けられていると思いますね。

interviewer一緒に過ごすことでお互いに良い影響を受けていく、という、行く側と迎える側が五分五分の関係を築けるのが理想的なのですね。

釜野 それに、青年海外協力隊が活動する国はもちろん発展途上国ばかりですが、ブータンは特に、GDP(国内総生産)などよりもGNH(国民総幸福量※)を大切にする国です。ものが発展することよりも、自分たちの幸せを高めるための政策で国づくりをしているので、そこに発展の手助けをしていくのは、とても慎重にしないといけない。日本では急速な発展によって失われたもの、たとえば古い習慣などが、ブータンでは今も持続しています。教育面でも、日本の美術教育が素晴らしいからといってブータンにそのままぴたっとはまるわけじゃないし、私が2年間滞在する事で完成するものでもない。一緒に様子を見ながら、取捨選択しつつ、お互いに話し合っていけたらと思います。発展することが必ず一番良いことだとは思わないようにしたいですね。

※国民総幸福量については、外務省ホームページをご覧下さい。

奇妙な縁は、ブータンにも



左から、釜野さん、ニマさん、前JICAブータン事務所長の仁田さん。JICAブータン事務所に寄贈されたニマさんの作品とともに。

釜野 JICAでは、各要請ごとに一人ずつ現地のパートナーが付いて、一緒に仕事をしていく中で、その人に技術を移転するという目的があります。私のパートナーになったニマさんという方は、実は沖縄県立芸術大学に3年間留学していたんです。

interviewerブータン人で、日本の芸大に行ったことがある人がおられるのですね。

釜野 ブータンの人口は約70万人と少数ですから、その中から日本に、しかも芸大に行ける人はとても少ないですね。先にお話しした「京琉アートプロジェクト」をやった時の沖縄の友人に、私がJICAの審査に通ったことを報告したら、「ブータンといえば、沖縄県立芸術大学に留学生が来ていたんだよ。もう帰国したから、もしかしたら何かの時に助けてくれるかも。」と、名前を聞いていたんです。その後、ブータンに渡り、パートナーとして紹介された時は、鳥肌が立ちました。

interviewerまさか初めて会ったブータン人との間に共通の友達がいるなんて、驚きますよね。

釜野 当然、こんな体験をした協力隊はほかにいません。みんな一人で行って、パートナーの人も日本に行ったことがない人ばかりなのに、私だけ日本語独特のニュアンスで話しても通じるという、ありがたい環境でした。

interviewer学生時代に交流があった沖縄県立芸術大学との繋がりは、ブータンにまで続いていたのですね。

釜野 ニマさんは「京琉アートプロジェクト」が終わった秋ぐらいに来たらしいんですよね。沖縄ではすれ違いで会えてないのに、数年後にブータンで会えた。

interviewer面白い縁ですね。

釜野 芸術祭の時は、現地の人との交渉や、沖縄県立芸術大学の共通の友達からも作品を送ってもらったりしてくれました。ニマさんとは、すごく奇妙な縁があると思います。元を辿れば、京都芸大で経験した全ての時間が、今と繋がってる感じがします。

今後のブータンとの関わり

interviewerブータンでの活動はいつまでですか。

釜野 2013年の10月までです。本当は2012年の10月で終わる予定だったんですが、1年間の延長を申請しました。実はもう一回芸術祭をやろうと思っていて、今後は私がいなくても続けてもらえるように、現地の人を主体に動いてもらえる形にしたいと思っているんです。小規模でもいいから、毎年ここで何かが展示されるっていう形を残したいのと、ブータン政府が2013年に美術のカリキュラムを本格的に導入することを決定したので、それを見届けたいというのもあります。

interviewerそれが終わった後は、何か考えておられますか。

釜野 まだ全然決まってないんですけど、また「縁のあるところ」に行きたいなと思いますね。ブータンには美術が好きな人が多い事が分かったし、ニマさんとは「ブータンでもっと美術を学べる環境を作りたいね」って話しています。そんなに裕福な国じゃないし、国外に出て行ける人は限られていますので、ブータンの中で学びの場が作れたらと思っています。

interviewerそれは、JICAから離れた後でも。

釜野 はい。あくまで夢なんですけど。いつかそういうお手伝いができたらいいな。

受験生と、京芸生へのメッセージ

interviewer受験生へ

 私が京都芸大の卒業生として誇りに思うのは「仲間」の存在です。皆が個性的で、出身も様々で、人間的に魅力的な人ばかりでした。仲間から学べることは多かったと思います。生徒数が少ないので、本当に家族みたいな関係になれました。特に留学生との交流は世界も広がるし、良い経験になります。入学を希望している受験生の人たちにも、そんな京都芸大ならではの人間関係を築いて欲しいです。

interviewer京芸生へ

 自分の表現について壁にぶつかったとき、孤独と向かい合わなければいけませんよね。でも、京都芸大にいると、皆それぞれがそういう風に孤独と向き合っているのが分かるから、自分だけじゃない、独りじゃないって思えました。「自分と制作との距離」そして「自分と人との距離」のバランスがとれているという状態は、とても贅沢ですし、そのバランス感覚を卒業後の今も持続できているのが私の財産です。卒業すると、学生の頃のように頻繁に会えなくなりますが、その存在を感じ合うだけで安心感があったり、自分の勇気に繋がったりする「仲間」の存在はとても大切です。皆さんも、仲間と残りの学生生活を思い切り楽しんでください。

インタビュー後記

インタビュアー:美術学部 日本画専攻4回生 町田藻映子

(取材日:2012年11月5日)


 

 釜野さんと実際にお会いして、とてもパワフルな方だという印象を受けました。そして京都芸大は、釜野さんがおっしゃったように、自分の専攻以外のことにも本気で打ち込める場所だと私も思います。京都芸大の先生方は、生徒の好奇心に対して幅広い理解があり、自分の未知の可能性を更に広めていくことができます。それらの経験を糧にまっすぐ進まれたからこそ、釜野さんの現在の活動や奇跡的な出会いは、必然的に起こったことなのだと感じました。また、釜野さんは自分のやりたいことを貫く過程で、それに関わる人のことをとても大切に考えている方なのだと思いました。その姿勢は大学時代の活動でも、現在のブータンでの活動でも、変わらず見られるように感じます。

 ボランティアの関わり方については、日本では震災が起きて以来、様々な議論がなされていますが、私が釜野さんに共感したのは「出来ることがあれば役に立ちたいけど、それが全てではない」ということでした。「ボランティアの現場では、自分が出来ることをやるほかに、学び、得ることも多くある。支援される国の人々が本当は何を望んでいるのかは、共に過ごしながら、お互いを理解し合うことで見えてくる」ということをお聞きし、現場で働く方の実感のあるお話だと思いました。

 私も、目の前にいる人たちときちんと向き合い、また自分が望んで取り組んだことは、必ずその先に繋がっていくことを信じて、残りの大学生活を大切に過ごしたいと思います。

Profile:釜野真理子【かまの・まりこ】JICA青年海外協力隊

京都市立芸術大学美術学部染織専攻卒業。小中学校の図工の講師等を経て、現在は青年海外協力隊(JICA)としてブータン王国の玄関口となるパロに在住。教育省のカリキュラム局にて、ブータンで初めての美術科目の立ち上げに携わっている。