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皆川魔鬼子さん 4/4

4.これからやりたいこと

手間と時間をかける

interviewer今後,皆川さんが手掛けていきたい衣服や活動を教えてください。

皆川 私,手間ひまをきちっとかけたものもやっぱり素晴らしいなと思うんです。簡単にできあがるものばかりの社会ではなくて,日本がきちんと手間と時間をかけたものが使われる社会であり続けられるように,これから自分たちが活動していかなきゃいけないと考えています。

 東日本大震災が起こって,改めて東北地方を訪れて支援活動に関わっていく中で,東北にはすごく手間ひまをかけたものが多いことに感動したんです。東北の方々は,雪が降るまでにこれをしなきゃいけない,山菜が取れた時に保存食にしなきゃいけないという風に,1年間の予定を組んで生活しているんですね。そういう四季の変化に合わせて,段取りをして仕事をしているから,時間をかけて仕事ができるんだということを思い知らされました。東北で作られる食品だったり,道具だったり,いろんなテキスタイルが人々の生活につながっているのを見て,「私たちもそういうことも考えて仕事をしなきゃいけない」と,事務所のみんなで言っているところです。

interviewer手間ひまをかけられたものは,大事に使いますよね。衣服のリサイクルについてはいかがですか。

皆川 10年ほど前から,衣服を最後までリサイクルしたいと思っていて,それができるようになったんですよ。プリーツ・プリーズ(※)の生地を新日本製鐵のコークス炉という高温処理する高温炉で燃やして,熱分解してエネルギーとして使えるようにするという試みで,衣服の新しいリサイクルの仕組みが実現したんです。

 私たちが作ってるプリーツ・プリーズは,ポリエステル単体で構成されていて,余計なものが何も入っていない。そういう素材なら燃えやすいんじゃないかってことで,試してみたところ,ちゃんと燃えてくれて,プラスチックや,鉄の還元剤,製鉄所内の発電所で使われる燃料ガスとして取り出せたんですね。ちょうど東日本大震災の影響で電力需給がひっ迫すると言われていたときのことだったから,私たちのプリーツ・プリーズが役に立つのであれば,微々たるものでもエネルギーとして使ってもらいたいなという思いもあって,実現できてうれしかったですね。

interviewer繊維として再生するのではなく,エネルギーとして再生するんですね。

皆川 2012年は,プリーツ・プリーズが誕生して,ちょうど20周年になるんです。プリーツ・プリーズは,ものの値段をきちっと構成して,安定したものづくりができるようになったという点と,リサイクルまでもっていけたという点で,その衣服の一生を考えることができて良かったなと思っているんです。

※プリーツ・プリーズ
PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE

1989年に発表した"プリーツ"がシーズンごとに発展,1993年春夏コレクションから,ブランドとして本格的にスタート。「暮らしの中で生きてこそ,デザインの存在価値がある」という三宅一生氏の考えを実現させたもの。プリーツという伝統的な加工素材を,技術開発により軽く,着やすく,扱いやすい機能的な現代の製品へと進化させ,世界中の女性に愛されている。クリエーション,テクノロジー,ビジネスが巧みに融合された革新的ライン。

リサイクルについては,2012年10月に世界で出版された「PLEATS PLEASE ISSEY MIYAKE(プリーツ プリーズ イッセイ ミヤケ)」(出版社: TASCHEN(タッシェン)/ドイツ)に詳しくまとめられている。

受験生と,京芸生へのメッセージ

 京都芸大の学生生活と,三宅デザイン事務所のモノづくりに対して通じるところは,「自由」なことですね。何でもやらせてもらえる自由というのは非常にありがたいです。

 そういう自由の中で,一番重要なのは「見たことがないものを作る」ということなんです。これは,昔から三宅さんが言っていることです。私も「見たことがあるものは世の中に存在するものだから,まだこの世に存在しない,見たことがないものを作って」と言われ続けました。

 だから,私は,将来デザイナーとして働きたい人や学生には,まず人のまねを絶対にしないようにしましょうということを言います。学生に教えていたときも,1年生から両隣の作品を一切見ないで作らせるんです。デッサン一つでも,隣の人を見るということがない,自分の世界だけでやっていくんです。

 それから,毎日どんな小さなことでもいいから1個発見するということを心がけてください。見たことがないものを作っていくためには,発見することによって,新しい何かが生まれるきっかけになります。そういう発見をすぐに書き留められるように,必ずノートを持っておいてください。私は今でもノートとペンを持ち歩いて,何でも書き留めています。この習慣は,学生時代からのもので,私は学生時代にいつでもスケッチブックを持ち歩いて,思いついたことは全部書いていました。そのスケッチブックを今も振り返って眺めていると,更にアイデアが浮かんだりするんですよ。「当時はこれだけしか考えられなかったけど,今はプラスして考えられるようになったんだなあ」って何度も実感したものなんです。「今書き留めたことは自分の一生のアイデアの源だから,4年間全部置いておきなさいね」と学生にも言ってきましたし,デザイン事務所の新入社員にも言ってきました。アイデア帳は,大人になってから見てもすごく楽しいし,ためになるし,何より自分の軌跡となって残ってくれるものだから,いいですよ。

 あとは,絶対にあきらめないこと。プレゼンテーションの相手にダメだと言われることもあるでしょう。そういう時に,「何がどうダメなのか」,「それをどうしたらプラスに持っていけるのか」ということを必ず最初に考えてください。いかにしてプラスに思考していくかということも勉強の一つですから。同時に,ダメな部分を指摘された時に,やり変えられる時間の余裕をもってスケジュールを組むことが大事です。時間があればすぐにやり直せますよね。時間に余裕があるってことは,あきらめなくていいということですから。私たちプロは,必ずやり直す時間を持って仕事をしています。だから,スケジュールを管理できる力を学生時代から身に付けておくといいと思います。

 それとですね,ネガティブにならないで,なんでも感動しましょうと言ってます。空が青いことに感動して,木々の緑がきれいなことに感動して。創作は感動する気持ちを人と共有できることから始まりますから,作品にそういう気持ちが入っていないと,なかなか人に感動してもらえるものが作れないと思います。感動するという気持ちがわかる人は,ほかの人に感動を与えることができると思います。

 学生時代の特権は何かと言えば,それは時間があるということだと思います。だから,学問的な勉強と時間が必要な手わざの習得は,学生の時にじっくり取り組んでおいてほしいです。将来デザインの仕事をしていく上で,体系的なデザインの知識は絶対必要だし,きちっとした手わざができてこそ,現場の機械を使いこなして作品を作れるでしょうから。

 京都は環境もいいと思うんですよ。京都は手間や時間がかかるものに価値を見出してる町だから,そういう部分の頑張りを見てくれる素地があるでしょう。だから,そういうことに取り組むには,京都芸大はぴったりの大学じゃないかなと思います。

インタビュー後記

インタビュアー:美術学部 プロダクト・デザイン専攻 3回生 吉田絢子
(取材日:2012年11月16日)
(取材場所:株式会社 イッセイ ミヤケ 本社)

 私は京都芸大に入る前から,将来は服に関わる仕事をしたいと思っていました。今回,イッセイ ミヤケの中心で活躍されている皆川さんから直接お話を伺えたことは,私にとって生涯記憶に残る経験だと思います。

 皆川さんのお話を伺って,直接人に会って交渉したり,日本や世界の各地に出向いてリサーチをしたりして,積極的に行動していくことを重ねていって初めて,人を感動させるデザインが生まれるのではないかと思いました。また,昔から有るものを守りながら,新しい技術も取り入れて良い物を作るということは,これからデザイナーになる人すべての課題であると感じました。

 大学での授業・制作の取り組み方など,大切な事も教えて頂きました。皆川さんは「京都芸大にはなんでもやらせてもらえる自由がある」とおっしゃっていて,私も京都芸大で2年間過ごしてきましたが,違う科の先生の授業に飛び入りで参加させてもらったこともあります。自分のやりたいことをきちんと伝えれば,先生方はいろんな面で自由に活動させてくれて,それをしっかりと見てくれていると感じています。残りの2年間,毎日新しい発見や感動を見つけながら,自分の夢の実現に向けて学生生活を充実させていきたいです。

Profile:皆川魔鬼子【みながわ・まきこ】テキスタイルデザイナー,株式会社 イッセイ ミヤケ 取締役

京都市立美術大学(現京都市立芸術大学)美術学部 染織科卒業。在学中より自分のアトリエをもち,染織作家としての創作活動を始め,数多くの作品を発表。
1970年に三宅一生氏と出会い,翌71年から(株)三宅デザイン事務所でテキスタイル・ディレクターを務める。
2000年(株)イッセイ ミヤケの中にブランド「HaaT」を創設,トータルディレクターとして,新製品のプロモートを始め,現在に至る。
2002~08年 多摩美術大学美術学部 生産デザイン学科 テキスタイルデザイン専攻 教授,2008年〜 同客員教授,2013年〜 京都市立芸術大学 客員教授。
織物(テキスタイル)デザインでの活躍はめざましく,素材の元となる糸まで辿り研究を重ねている。国内外の伝統的技術を現代的に応用し,加工方法や新素材を開発するなど,リサーチと研究から新たな布地を作り出す。そのアプローチと作り出される布地は,ファッションデザインの世界にテキスタイルの新たな存在を確立するきっかけとなってきた。
主な受賞に,第8回毎日ファッション大賞の第1回鯨岡阿美子賞(90年),イギリス「TEXTILE INSTITUTE」から「COMPANION MEMBERSHIP」を授与(95年),毎日デザイン賞(96年),第25回京都府文化賞功労賞(2006年)受賞。
著書に,『テクスチャー』(講談社,1987年)。