閉じる

共通メニューなどをスキップして本文へ

ENGLISH

メニューを開く

服部麻衣さん 3/4

3. 高校の講師から学芸員へ



現在の職場「大阪くらしの今昔館」にて

interviewer常勤講師の仕事はどのようなものでしたか。

服部 普通科だと美術の先生が学校に1人いるかいないかですけど,その美術高校には10人くらいいました。私自身も,経験豊富な先生方からいろいろ教わることができてすばらしい環境でした。でも,美術の授業が多くて,しかも専門的な内容が多かったので,教えるのが大変だったことを覚えています。いきなり次の学期から「陶芸を教えてください」と言われて,「どうしよう」と焦ったこともありました(笑)。

 2年目には,クラスの担任をさせてもらって,家庭訪問もしました。マンガ研究部の顧問もしましたね。その高校では2年間勤務しましたが,教師として経験する仕事内容は一通りやらせていただけ,いろいろ学んだし,私の人生ですごく濃密な2年間でした。

interviewer学校で教える際に,京都芸大で学んだことは活かせましたか。

服部 京都芸大で培った自由な発想を活かせましたよ。例えば,造形の授業では,「カリキュラムを自由に設定してもいい」と言われていたので,現代アートが好きな私は,机や壁,天井を覆うように教室中に新聞紙を貼ったりして,まずは素材と遊んでから何かを作ることにしたり,自分なりに工夫していました。生徒も「こんなことして何の意味があるんだよ」と言いながらも,楽しそうに貼ってくれましたね。他の先生には相談せずに一日中,生徒と制作していたんですけど,副校長がやって来て怒られるのかと思ったら,「面白いね」と言ってくれて,嬉しかったことを覚えています。

 この授業は,京都芸大の総合基礎実技をヒントに考えたものだったんですけど,自分が面白いと感じたものを生徒にも体験をさせてあげたいと思ったんです。京都芸大で学んだことがダイレクトに役立った場面の一つですね。



「大阪くらしの今昔館」にて,桃の節句についてお話

interviewer高校での勤務後は,何をされましたか。

服部 2008年から,今の勤務先の「大阪市住まいのミュージアム(愛称:大阪くらしの今昔館)」でお世話になっています。当時,教育普及活動のできる学芸員を募集しているのを目にし,博物館の仕事はなかなか経験できないし,京都芸大の経験や高校で教えた経験を活かして学芸員として博物館教育の普及に携わりたいと思って応募したところ,採用されました。

 高校での勤務時は,生徒と交流を持つ中で,時には本音をぶつけあったりと,2年間,生徒の人生に深く関わっていくものでしたけど,学芸員の仕事はいろんな人と広く関わりながらも基本的にはその場限りになるので,勤務し始めた頃は,ちょっと寂しいなと思っていました。でも今は,学芸員として,来館された方の案内,作品等の展示,イベントの企画実施など,非常に幅広い業務を任せていただいて,やりがいを感じています。

 私の他にも,歴史や建築が専門の学芸員がいらっしゃるので,皆さんに内容を教えてもらったりするんですけど,やっぱり自分の専門外のことは難しいんですよ。学芸員の私が難しいと感じるのであれば,一般の来館者の方はなおさらです。専門外のことでも理解して,いかにわかりやすく伝えるかを考えながら,一般の来館者の視点を大事にしつつ,日々勉強しています。

 来館者向けの体験型イベントの受付業務をすることもありますよ。「大阪くらしの今昔館」は,小規模の博物館で,職員数は多くないから,学芸員もいろんな仕事を掛け持ちしているんです。来館者の皆さんのいろんな反応に直に触れられるので,楽しいですよ。

インタビュアー:川久保美桜(総合芸術学専攻 2回生*)*取材当時の学年

(取材日:2014年12月10日・大阪くらしの今昔館にて)

Profile:服部麻衣【Mai HATTORI】学芸員

島根県生まれ。2004年京都市立芸術大学美術学部総合芸術学科総合芸術学専攻卒業。2006年同大学院美術研究科修士課程芸術学専攻(芸術学)修了。京都府内の美術高校での常勤講師としての勤務を経て,2008年から「大阪くらしの今昔館」で学芸員として勤務している。同館では,展覧会等の仕事を通して,たくさんの人や物との出会いを大切にしている。