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久門剛史さん 4/4

4. 自分の五感で確かめる


タイトル:Quantize #5
制作年:2015年
素材:サウンド,電球,木材,アクリル,アルミ,ジョーゼット,ムーブメント,他
サイズ可変
courtesy of OTA FINE ARTS

interviewer会社員時代のお仕事は何をされたのですか?

久門 東京で2つの会社に勤め,最初の仕事は高校時代の夢そのままなんですが,日本のファッションブランドでのクリエイティブ職を経て,デザイン会社でプロダクトデザイナーとして勤務しました。規模が大きかった仕事はファッションデザインの海外でのコレクションと,デザイン会社での大手化粧品会社の化粧品ボトルのプロダクトデザインでした。

interviewerお仕事の経験は作品に反映されていますか?

久門 会社勤めをしていなかったら,今,美術作家をやっていないと思います。

 アーティストという立場は無いものや新たな価値観を作る職業だと思っていますが,その「まだ存在していない何か」に何も言わずに投資してくれたり同意してくれる人はなかなか見つかりません。公募展等に出品する際にプレゼンテーションシートを書きますが,学生の時は「うまく説明できないけれど素晴らしいものなので展覧会させてください」という熱意中心の内容でしたが,会社勤めをして,厳しいプレゼンテーションの体験の影響もあって,社会的な意味や貢献度といった側面を書けるようにもなりました。もちろん作品は断然その先にある言葉にできないところまで向かわなければなりませんが,協力者を安心させるというハードルは現代社会の中で発表する立場にいる限り,それに立ち向かわなければならない状況が多いと思います。

 電話やメールが主流になっているデザイン業界ですが,交渉が一番上手くいくのは,どんなに遠くても実際に会いに行くことでした。人と会って自分のやりたいことを目を見てしっかり伝えるという方法を会社員時代には学べたと思っています。 

 そうやって,この会社員時代に美術以外の様々な立場の人々と関わり合えたことは非常に有意義な経験でした。

interviewer会社を辞められたのは作家活動に力点を置きたいという気持ちが大きくなったからですか?

久門 いいえ。きっかけは東日本大震災の発生した2011年の3月11日だったと,今になっては思います。その日,私は東京で社内プレゼンをしていました。その少し前から,自分の人生がキャパシティ以上に色々なことをやり過ぎているなと感じている部分がありましたし,資本主義社会の方法論に完全に則った業界のあり方に対する疑問やら不安やらもあり,世の中に新しいものを存在させるということの意味を色々と考え,仕事に疑問を持ち始めていたところでした。そんな状況の中,地震で大きな揺れが起きて東京も大変な状況になりました。混乱している最中,取引先の会社から入稿確認の電話がかかってきて,こんな大変な状態の中,なんかおかしいと感じました。その後,自分が担当している仕事が一区切りしてから,その年に辞表を出しましたがすぐには辞められませんでした。でも,それは退職した後の私のことを心配した会社の親心だったのですが。結局,2年ほど残りましたが,その間に作品制作を徐々に再開し始めました。そして,ここが通ったらとにかく仕事は辞めようと思っていた青森県のACAC(国際芸術センター青森)のレジデンス作家に選出され,その通知を持って社長に報告に行くと,社長もどこか安心された様子で退社を認めて下さいました。社長は今でも,私の活動を応援して下さいます。退社後,青森には2013年の9月から3箇月ほどいて,2014年の4月に京都に帰ってきました。

interviewer青森での経験は今の作品に影響していますか?

久門 特にあの場所での生活そのものが影響しています。東京では終電かそれ以降が定時みたいな生活を送っていたんですが,青森のレジデンスは山の中で孤立した状態で,宿舎は更に山の中。会社員時代の天文学的な速度で動いている渋谷の交差点と超ゆっくり動いている青森での生活の間の時間感覚のギャップがあまりに大きかったし,同じ時間軸に生きていながら場所によって感じ方が異なることとか,日々同じように周っている一日の積み重ねがレイヤーになって人生が形成されていくのだけれど,東京では感じ取れなかったその時間の微差みたいなのをすごく感じさせられました。

interviewer今後の制作活動に関して何か構想はお持ちですか?

久門 2013年の制作活動再開からコンピューターや動作を持った現象を使用した表現を続けてきましたが,次は近年のテクノロジーをできるだけ排除し,幼少のころの体験を思い出しながら物体としての美しさを今一度考えてみたいと思っています。

interviewer京都芸大を目指す受験生に向けて一言お願いします。

久門 何かを教わろうと思って来るべきではない,ということを一番伝えたいと思っています。

 本物に出会える時というのは,そういう姿勢や態度ではない場合が多いと思います。京都芸大という場所は,本物に出会えるフラットな環境を用意してくれていると思います。自分自身の五感を信じて,自分の好きなことを自分の責任で思いっきりやってください。

インタビュー後記

 スマホやパソコンのおかげで,私たちはいつも分からないことをささっと調べたりレポートをちゃちゃっと仕上げたりできています。十分すぎるほどに便利な世の中になりましたが,きっとそのせいで出来なくなっていることもあるでしょう。常にアンテナを張り,自分の足で歩き,自分の目で確かめ,自分の手で少しずつ形にする。久門さんの制作に対する姿勢は恐らく私たちが忘れかけているものであり,芸術学を学ぶ私自身にとっても大切にすべきであると強く感じました。

 また,私は久門さんの作品を何度か拝見していて,不思議な時間の流れる世界を何度も体験させられていました。今回のインタビューで作品を制作されたきっかけや作品に込められた意味など貴重なお話をしていただき,今後の御活躍がさらに楽しみになりました。

渡邉 瞳(総合芸術学科2回生*)*取材当時の学年

(取材日:2016年10月3日・本学大学会館にて)

Profile:久門 剛史【Tsuyoshi HISAKADO】美術家

1981年京都府生まれ。2007年京都市立芸術大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了。日常に潜むささやかな事柄に着目し,その場所特有の歴史や現象を採集し,音や光,立体を用いてインスタレーションを組み立てる。主な展覧会に「あいちトリエンナーレ2016」(豊橋会場,愛知,2016年),「still moving」(元・崇仁小学校,京都,2015年)「Quantize」(個展・オオタファインアーツ,東京,2014年)。日産アートアワード2015でオーディエンス賞,VOCA展2016では大賞にあたるVOCA賞を受賞するなど,受賞歴多数。大学在学中の2002年よりアーティストグループSHINCHICAとしても活動している。平成27年度京都市芸術文化特別奨励者(2015年)。平成28年度京都市芸術新人賞(2017年)。