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八木光惠さん 3/4

3. 野村仁さんとの出会い~真の意味での作家とは~

interviewer留学を断念された後,どうされたんですか。

八木 思い切って方針を変更し,社会に出て現実を知っておこうと思い就職することにしました。勤め先は京都芸大の卒業生の方も勤務していた繊維商社で,同級生の会社見学に同行したのがご縁でお世話になることになり,2年間勤務しました。その会社では企画の仕事を任され,仕事もそれなりにこなしていきました。

 会社勤めの間に勤務先からフランス留学を打診されましたが,私自身もともと勤めは2年と決めていましたし,当時は自分の将来についてそれほど先のことまで見通していたわけではなく,色々と考えた末,そのお話を断って会社も退職しました。

interviewerパリへ行ける機会が与えられたら,私だったら行っていると思います。

八木 会社から機会を与えてもらったとなると,当然ですが成果を持って帰国して会社に貢献しないといけませんよね。当時の上司は私に期待して推薦してくれたようでしたが,そうした縛りを受けることは辛いと考えたんです。

interviewer退職されてから,次はどちらにお勤めになったんでしょうか。

八木 退職後はフルタイムの仕事はせずに自宅で絵画教室を開きました。同時に自分の制作活動を再開したんです。ファイバーアート系の作品を手掛けてコンペに出品したり,展覧会をさせてもらいました。

interviewer現在のお仕事にはどのように繋がっていったのでしょうか。

八木 しばらくは地道に制作活動を行っていましたが,1989年にアート好きな父と兄がギャラリーを始めると言い出し,面白そうだったので私も手伝うことにしました。人生が変わったのはそこからです。

 まず,物を作ることへの自分自身の向き合い方への気付きがありました。ギャラリーの仕事を始めて1年程して,京都芸大の教授も務められたアーティストの野村仁さんの個展を企画することになったのです。その時に,野村さんの手掛ける作品はもとより,制作に向き合う姿勢等を拝見しているうちに,この方こそが作家なんだと思い知らされました。時間も何もかもが自分の制作のために使われるべきものというお考えで首尾一貫していた野村さんの姿を目の当たりにして,まさにアートと呼ぶに相応しい作品を手掛ける作家と初めて出会ったと思いました。そして,当時の私にはモノ作りに取り組みたいという覚悟があるわけでもなく,モノを作ることの意味を掴めないまま習慣的に作っていたことを自覚しました。

 この時の出会いを機に,作家のために少しでも力になれるのであれば,そこに自分がギャラリーを運営する意味があると考えるようになり,自分にとっての真の意味での仕事になりました。

interviewer作品制作は完全にやめてしまわれたのですか。

八木 野村さんとの出会いを機に制作活動はやめました。何もかも全てを注ぎ込めるくらいの気持ちで臨まないことには本当の作品にはならないと知り,私のやっていた制作活動はアートではないなと思ったんです。取り組めばそれなりの物は出来るけれども,それが果たして作品と呼ぶに相応しいかというと自信が持てなくなりました。それよりも作家のサポートや世に出るための機会を作ることの方が,私にとっての天職と思うようになりましたね。それにギャラリーの仕事は相当のエネルギーが必要ですから,作品制作との両立は難しいですよ。

interviewer学生時代にもっと学んでおけばよかったなと思うものはありますか。

八木 学生時代にもう少し論理的に思考することと,それを文章化する力を養うことに取り組んでおくべきだったと思います。それから英語も真剣にやっておくべきでしたね。そのあたりの力を身に付けておけば,もっとすごいキャリアを積めたかもしれません。世界に出ていくためには自分の言葉で自分を語れる必要がありますから。

interviewerギャラリーを始められた時に扱うジャンルや運営方針などは決めていましたか。

八木 全て手探りで始めましたが,兄の既知の作家も多く,開業当初から数多くの素晴らしい作家に出会いました。その当時の作家たちは世界水準の才能を持った方が多く,そのことは1996年に夫の転勤に合わせて移り住んだニューヨークでの6年間に,いくつもの最先端の展覧会に足を運び続ける中で改めて感じました。そして,私の仕事はそうした人達の作品を世界に伝えていくことなんだと強く意識するようになりましたし,それと同時に,どうすれば自分が扱う作家たちを世界に発信していけるかということを常に考えるようになりました。

インタビュアー:
山田毅(大学院美術研究科修士課程 彫刻専攻2回生*)
平田万葉(大学院美術研究科修士課程 工芸専攻(陶磁器)2回生*)
*取材当時の学年

(取材日:2016年12月2日・アートコートギャラリーにて)

Profile:八木 光惠【Mitsue YAGI】アートコートギャラリー代表

大阪市生まれ。京都市立芸術大学工芸科染織専攻卒業。アートコートギャラリー代表として活躍する他,「美術館にアートを贈る会(※)」理事などを務める。

(※)美術館にアートを贈る会…2004年に八木氏等が発起人となり設立。メンバーが選定した美術作品を所蔵者として相応しい美術館を見つけ,受入れを交渉し,協力者を募って皆で寄贈する取組を展開。2017年4月時点で5つ目のプロジェクトを実施中。