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八木光惠さん 4/4

4. 美術館にアートを贈る


アートコートギャラリー内の展示風景
(國府理展「Parabolic Garden」2010)撮影:表恒匡

interviewer現在のギャラリー開設に至った経緯をお聞かせください。

八木 ニューヨーク滞在中には,ニューヨーク州立大学のアートマネジメントコースを履修しました。その間,大学内の小さな美術館でインターンをさせてもらい,期間終了後も引き続き勤務しました。

 2002年に帰国することになった時,兄からギャラリー経営から撤退することを告げられ,独立して開業してはどうかと提案されました。そこで自分で資本金を集めて新会社を立ち上げ,現在のアートコートギャラリーをオープンさせたわけです。

 父や兄と一緒にギャラリーの仕事を始めた1989年はバブル経済のピークの頃でしたから,あちこちの美術館に作品を納めるなど活発に仕事をしていましたが,その後は不景気続きで,日本の美術館は購入予算がゼロという状況で,アメリカに渡る前よりもアートビジネスははるかに厳しい時代になっていました。それでも東奔西走。海外にも作品を売り出していきたかったので,海外のアートフェアにも参加し始めました。

interviewerニューヨークに行かれて,作品を扱いたいと思った作家はいますか。

八木 無名だった美術家が次第に認められていくプロセスを間近で見てきました。小さな美術館やギャラリーで展覧会をしていた作家が,1年後にはニューヨークタイムズのアート欄に特集され登場したりするのを見るにつけ,小さいところでやっていても出会うべき人に出会えば育っていくんだということを実感しました。でも,外国人作家を自分のギャラリーで扱いたいかといえば,日本の脆弱なマーケットを考えると正直なところあまり関心はありません。それよりも海外に出てみて実感したのは,日本の作家は世界に出ていくチャンスが少ないということです。それ故に海外進出をサポートする人や組織の必要性を感じましたし,日本の作品はもっと知られるべきだと思っています。

interviewer若い作家さんとはどういうところでお知り合いになるんですか。

八木 おつきあいのある美術関係者からの紹介が多いです。今展覧会をしている山野千里さん(本学大学院修士課程工芸専攻(陶磁器)2005年修了)もご紹介いただいて,私から声を掛けました。

interviewer大阪駅のホテルの客室にアートコートギャラリーで扱っている作家さんの作品を置かれていますよね。

八木 はい,ホテルグランヴィア大阪の26階では産学の間をつなぐお仕事の一環で,当廊取り扱い作家という括りではなく,京都芸大大学院在学あるいは出身の若手作家さんたちの作品をホテル客室に設置し,毎年展示替えしています。大学とホテルが良い関係を保つように仲立ちの仕事をさせていただいています。この他にも様々な方面からご相談いただくことが多いですね。

interviewerこれから先に取り組まれたいことなどをお聞かせください。

八木 ギャラリーの運営に関しては,もっともっと世界へ日本の作家を発信していきたいです。また,ギャラリーの運営とは別の活動として寄付で集めたお金で美術作品を購入し,それを美術館に寄贈するというプロジェクトに取り組んでいます。アメリカ滞在時に,現地の美術館コレクションの多くが市民等からの寄贈で成り立っていることを知りました。そもそも日本とは税制も違いますが,アメリカでは金持ちになったら文化的貢献をするというのもごく当たり前のことで,金銭での寄付だけでなく美術品の寄贈という方法も一般的なことです。日本に帰国した時からずっと,こうしたアメリカの寄付文化を日本でも何か形に出来ないものかと考えを温めていたのです。

 その方法を模索する中で,広く募った寄付金を活用して作品を購入して,それを寄贈するというシステムを考えました。日本は大金持ちは少ないけれど日々の生活には困っていない層が多いですし,その人たちは何らかの形で社会貢献したいという想いも持ち合わせていますから,そうした気持ちをすくい上げるための組織を作り,そこで集めた資金を活用して美術品を寄贈するという方法を採ることにし,「美術館にアートを贈る会」という組織を仲間と一緒に立ち上げたのです。買上げの対象とする作品の選定は,会のメンバーが作品を贈る美術館の学芸員の方からレクチャーを受けるなど勉強会を開きながら進めています。

 作品を自分たちが選び,買い上げ寄贈することを通して美術館と市民の新しい,近しい関係を構築しましょうというコンセプトで取り組んでいるこの活動は続けていきたいですね。

interviewer京都芸大を目指す受験生,そして在学生へのメッセージをお願いします。

八木 京都芸大は,私が在籍していた頃と同じように,自由で何でも許してもらえる伝統が今も続いている特殊な大学だと思います。各自が持ち合わせているアイデアやスキルを育てるための時間と場所,そしてそれをサポートしてくださる先生方が揃った恵まれた環境に4年間居ることが出来るわけですから,今後の進路を考えている皆さんには,是非ともそこに飛び込んで実りのある時間を過ごして欲しいと思います。

 在学生の皆さんに伝えたいことは,考えることもとても重要だと思いますが,とにかく勇気を出して作ってください。描いてください。こんなものを作っていいんだろうかと思わずに,何のてらいもなく制作に励んで欲しいです。学生時代は,将来に向かって自分自身がどのように成長を遂げていくのか未知の状態です。とにかく描くこと,物を作ることにチャレンジしてみてください。

インタビュー後記

 ギャラリー運営をされている方のお話を伺う機会はなかなかないので,八木さん自身の学生時代から卒業後の話まで,様々なお話を伺えたのはとても良かったです。制作者でもあった八木さんが,ギャラリー業に専念していく想いなどは,ものづくりが好きな身として考えさせられるものがありました。美術を売るということは,大学ではなかなか学べるものではないのですが,現役芸大生の関心ごとであるのも間違いなく,先輩がいるギャラリーに作品やポートフォリオを持ち込めば,大学の先にある未来についても考えれるかもなーなどと思ったりしたのでした。ただ作品を見るだけでなく,作家と二人三脚で歩んでいくギャラリーについて,深い理解に繋がりました。貴重な機会をありがとうございます。

山田 毅(大学院美術研究科修士課程 彫刻専攻2回生*)*取材当時の学年

 インタビュー当日,八木さんは,私たちをにこやかにギャラリーに迎え入れてくれました。その緩やかな雰囲気の中で,インタビューは始まりました。八木さんの幼少期の頃から学生時代,社会に出てから今日に至るまでを話してくださいました。その話はまるで,何かのドラマか映画でも見ているようなストーリーで私は,つい聞き入ってしまいました。

 いくつかの質問のあと,インタビュー最後の質問である,「京都芸大に在学している学生と入学希望者に一言を」という問いに八木さんの答えは,「作り続けてください。」というシンプルな言葉でした。私は,その一言を耳にした瞬間ハッとし,頭を殴られたような感覚になりました。アーティストして生きていくには,当たり前のことですが,それには作り続ける環境や金銭面をクリアしなければなりません。八木さんの話を聞く中で,私はアーティストして何が必要なのかをより知ることができました。アーティストが制作していく上での動機やコンセプトを持っているのか,それを作品として表現し,伝える手段や技術を持っているのかということです。今回のインタビューで,私が学び,感じたことは,自身の内側ばかりに目を向けるのではなく,過去のアーティストの仕事や作品を知り,同時代を生きるアーティストを知る中で,「今」とこれからを先読みし,創造する力の重要性を感じました。それには広い視野を持ち,審美眼を鍛え続けることも必要です。そして,アーティストを支えてくれるギャラリーの存在は,大きな財産であることを実感する機会でもありました。

平田万葉(大学院美術研究科修士課程 工芸専攻(陶磁器)2回生*)*取材当時の学年

(取材日:2016年12月2日・アートコートギャラリーにて)

Profile:八木 光惠【Mitsue YAGI】アートコートギャラリー代表

大阪市生まれ。京都市立芸術大学工芸科染織専攻卒業。アートコートギャラリー代表として活躍する他,「美術館にアートを贈る会(※)」理事などを務める。

(※)美術館にアートを贈る会…2004年に八木氏等が発起人となり設立。メンバーが選定した美術作品を所蔵者として相応しい美術館を見つけ,受入れを交渉し,協力者を募って皆で寄贈する取組を展開。2017年4月時点で5つ目のプロジェクトを実施中。