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酒井健治さん 3/4

3. フランス留学を経験して

フランス留学で得たもの

interviewer_musicフランス国立パリ高等音楽院で学ばれたことは、どういったものでしたか。

酒井 まず最初にフランス語ですね。とにかく難しい。どんなに日本で勉強しても絶対壁にぶち当たるんですよ。音楽院の先輩も、僕も、後輩もみんな苦労していました。1年目は特に、何を言っているのか全くわからない。電子音楽の授業なんて、もう、言葉が全然わからない。プリントをもらうと、辞書で一生懸命調べて、それに日本語を書き込む、まずそこから始まりますよね。フランスの作曲のレッスンについても、日本で学んできたことと全く違って、日本で書いた作品を見せても先生は全然喜ばなかったです。まずノーテーション(記譜法)から全然違いますから。拍子も4分の1.5なんて絶対フランスでは書かないです。8分の3で書かなきゃいけないとか、4分の1プラス8分の1で書かなきゃいけないとか、もう全然違いました。

interviewer_music言葉で困る中、自分の考えを伝えるのはさらに大変なことですよね。

酒井 言葉というのは自分を守る防具であり、武器でもありますから、自分の考えを一生懸命表現するっていうことは凄く大事なことですよね。フランスでは特に、議論して何か結論を見つけ出すというプロセスを好みますから、そのときに何も発言しないと、自分が存在しないのと同じなんです。だから、言葉だけじゃなくて、自分の性格も変わりますよ。

interviewer_music日本人は発言が控えめだと思うのですが。

酒井 そうですね。でもそういう環境に身を置いたら、やっぱり自然に変わってきますよ。

interviewer_musicパリでの人間関係は、どのように築かれましたか。

酒井 フランス人の演奏者と、とにかくよく喧嘩をしました。自分の作品の試演奏で、「こう弾いてくれ」って言ったら「できない」って言われて、「何でできないんだ」っていうやり合いです。しょっちゅうしていました。でも、そうやって最初に喧嘩をやると、後でとても仲良くなるんです。お互いの本音を最初にぶつけ合うことで、その人が大切にしている価値観がさらけ出されるわけですから、それがいったん落ち着いたところで、次はその人の価値観を尊重して振舞おう、と思えるのです。だから一回ぶつかり合うっていうのは悪くないと思います。

interviewer_musicIRCAM(イルカム=フランス国立音響音楽研究所)では、どのような研究をされたのでしょうか。

酒井 基本的にパソコンを使ったプログラムです。プログラムっていうのも、大別して2種類あると思うんですけど、一つ目は、「オープンミュージック」と言われるソフトで「作曲支援ソフト」と訳されているみたいですけれど、ハーモニーのプログラムですね。例えばドミソを5度上げるとソシレになる、っていうことをプログラム化するんですよ。一回プログラム化してしまうと、ドミソじゃなくてファラドでも、何でも良いので入力すると、すぐ計算機みたいに出てくるわけなんですよ。そういった勉強を、かなり過密なスケジュールでやっていました。二つ目は「Max/MSP」という、ライブエレクトロニクスでよく使用されるソフトなんですけれど、例えば、ライブエレクトロニクスで、バイオリンの弦のすぐ近くにコンタクトマイクをつけて、拾った音がミキサーを通してパソコンに入力され、そのパソコンの中で、あらかじめ自分で作ったプログラムによって変調されるんです。3度上、5度上にするとか、10Hz上にするとか下にするとかも自分で自由に組み立てられるんですよ。そしてパソコンで処理した音が、ミキサーを通してスピーカーから流れる、というようなプログラミングを実行させるコンサートパッチというのですが、そういったものを作曲家が独りでも作れるように勉強していました。

interviewer_musicその経験は、現在の作曲に役立っていますか。

酒井 そうですね。プログラムするっていうことは、自分のあいまいな音楽語法を、数値化する、言語化するっていう作業ですよね。プログラムって、パソコン自体は何もしてくれないんです。自分がまずこういう風にしたいっていうことを最初にプログラムしないといけない。こういう風にしたいっていうことをパソコンにとってわかりやすく、つまり数字で入力しないと、パソコンは何も反応してくれない訳です。そういったことを考えるプロセスにおいて、自分の音楽語法がクリアになっていきました。

自身の表現について


© Magali Lambert

interviewer_music酒井さんにとっての「作曲」とは、端的に言うとどのようなものですか。

酒井 あまり考えたことはないですね。ただ、自分の普段の考えが、作曲することによってクリアになる。先ほど話したパソコンと人間の関わり合いの問題と全く同じなんですけれども、普段自分の考えていることを、楽譜、音に変えていく作業によってだんだんとクリアになっていく、そういう感じですね。自分の意思表明ですね。意思表明だけれども、どろどろしたものではなくて、結晶化したものですね。やっぱり完全に綺麗になった状態のものしか世に出したくないですから。

interviewer_music迷いをそのまま楽譜にさらけ出すのではなく。

酒井 そうですね。そういうのは出したくないんです。僕、どろどろしたような、混沌としていて何を伝えたいのかはっきり判らないものは大嫌いなんですよ。精密にきちっと置かれて美しく、っていうのが信条です。もちろん、どろどろしたものは一番最初にあります。そのどろどろしたものをできるだけクリアにしていく過程で、何回も考え直して、結晶化していくという感じです。だから基本的には同じものなんです。ただ表し方のテクニックが、より整然としているっていうことですね。

interviewer_music作曲家としてのキャリアを積む中で、松本先生や電子音楽との出会いなどで、また表現方法を吸収していって、曲がかたどられていかれたのですか。

酒井 もちろんそうです。先生に師事することだけではなく、日々の生活で自分が心動かされたことがあれば、それを普段改めて考えてすることではなくても、それが自然に作曲に表れてくる感じです。

インタビュアー:音楽学部 作曲専攻2回生 稲谷祐亮
(取材日:2012年7月5日)

Profile:酒井健治【さかい・けんじ】作曲家

1977年大阪生まれ。2000年京都市立芸術大学音楽学部作曲専攻卒業。2002年より拠点をパリに移し、フランス国立パリ高等音楽院にて作曲、電子音楽、楽曲分析を学ぶ。2007年より2009年までIRCAM(イルカム=フランス国立音響音楽研究所)にて研究員を務める。
ジョルジュエネスコ国際コンクール作曲部門グランプリ(2007)、武満徹作曲賞第一位(2009)、ルツェルン・アートメンターファンデーション賞(2010)などを受賞。2012年5月、エリザベート王妃国際コンクール作曲部門グランプリを獲得。受賞作「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」は、ヴァイオリン部門ファイナリストの課題曲としても演奏された。国内においても2012年7月、文化庁長官表彰を受彰。

現在、フランス学士院芸術アカデミーの会員に選出され、2013年までスペインのマドリッド(カサ・デ・ヴェラスケス)にレジデント・コンポーザー※として滞在している。

http://kenjisakai.net/

※オーケストラなどが作曲家を招待し、活動や運営方針に対する意見を聞き、その作曲家に作品を委嘱するという制度のこと。