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酒井健治さん 4/4

4.海外で活動するということ

フランス的な表現


© Philippe Stirnweiss

interviewer_music影響を受けた作曲家とか芸術家は。

酒井 いっぱいいますが、まず音楽家で挙げれば、現代音楽のメシアンやブーレーズ、ラッヘルマン、スペクトル学派のグリゼイやミュライユなど。ショパンやモーツァルトも好きです。あと、哲学者の存在が結構大きくて、フランスのジル・ドゥルーズは、書いている事とか考え方がフランス的で格好いいですね。フランス流の格好良さっていうんでしょうか。彼の「リゾーム(地下茎)」っていう概念があるんですけど、それに基づいて曲を書いたくらいですから。

interviewer_music「フランス」っていうと洗練されたイメージがあるのですが、酒井さんの曲も徹底的に洗練されたものだけを楽譜に出されるということですか。

酒井 そうかもしれないですね。でも、洗練されているから良いっていうわけじゃないですよ。フランスの音楽に、昔から脈々と続いている価値観ですね。表現形式と言いますか、どろどろしたものを出さなくて、あえて客観的に距離を置いてものを出す、そういったものを作品として提出するっていうのは、フランスの中世の音楽、いくつかのロマン派の音楽、そしてサン=サーンスやドビュッシー、現代音楽のメシアン、ブーレーズに続く作曲家にもそういう傾向がありますね。やはりみんなフランスの作曲家だなと思います。

ヨーロッパでの作曲家生活


© Yoko Tsunekawa

interviewer_musicなぜヨーロッパを中心に活動していらっしゃるのですか。

酒井 日本ではビジネスとして成立させるのが難しいという面があります。僕は作曲家として生活するからにはやはり委嘱だけで生活していきたかったので、自然と拠点がヨーロッパになりました。ヨーロッパも今は財政的にいろいろ問題がありますけど、それでも日本に比べてチャンスは多いと思います。

interviewer_music作曲に行き詰まったりすることはありますか。

酒井 あります。僕は、できるだけ一つ一つの作品を違うスタンスで表現していきたいっていうのがあります。一つの作品で作り上げたシステムをそのまま次の作品に応用して書くのは簡単なんです。時間もかからないし、たくさんの作品を書けるんですけど、でもそれはできるだけしないようにしています。作品ごとにテーマを決めて、それに基づいて方法論を変えていく、っていう作業をするので、やはりどうしても最初は行き詰まるんです。どういう風にシステムを構築すれば良いか、そこから始めないといけないですから。でも「どのハーモニーが美しいと思うか」というところに一貫した価値観があって、前の曲でこのハーモニーを使ったら、次も同じようなハーモニーを使う、でもシステムを変えていくとどうなるか?というのを考えます。そうなると行き詰まるんですね。でも、なんとかなるだろうと。そう思わないとやってられないですから。

interviewer_music気分転換はどうされていますか。音楽以外で趣味などはありますか。

酒井 あんまりないですけど、時間があれば映画を見たいです。学生時代ゴダールの映画とか見ていたんですけど、今は時間の都合でそういう事がなかなかできなくなったから、本を読んだり、フランスのセーヌ川を散歩したりしていますね。そう言うと「雰囲気いいですね」とか必ず言われるんですけど、そんなことないですよ。セーヌ川より鴨川の方が断然美しいです。京都に住んでらっしゃる方は良いですよ。作曲して疲れたら鴨川を散歩するとか、凄く良い気分転換になるんじゃないですかね。

京芸生と未来の京芸生へのメッセージ

酒井 一つはっきり言えることは、“続けていく”ということ。どれだけ売れない時代が長く続いたとしても、それでもあきらめないで続けるっていうのは、すべてに共通して言えるんですけど、重要です。続けているかぎり必ずチャンスはありますから。チャンスは誰に対しても巡ってくるんですよ。つまるところ、その数少ないチャンスを掴めるかどうかにかかっているんです。そこで必ず良いものを出す、良い演奏をするっていうことが次につながるんです。それはヨーロッパではもの凄くはっきりしてますね。絶対この公演をはずしちゃいけないとか、そういうのはありますよ。だから、そういった大きな公演に巡り合うためにも、続けていくっていうことです。
 その次は自分で考えてください。それが芸術家の第一歩だと思いますから。作曲家の売れるケースなんて本当に人それぞれです。ただ、共通して言えるのは、やはりチャンスをものにしたということ。チャンスが巡ってくるまで、地道にコツコツ続けるということが大切です。

インタビュー後記

インタビュアー:音楽学部 作曲専攻2回生 稲谷祐亮
(取材日:2012年7月5日)

 作曲界の第一線で活躍しておられる酒井健治さんにインタビューする貴重な機会を頂き、たいへん幸せに思います。初めはとても緊張しましたが、酒井さんの気さくなお人柄のおかげで緊張も解け、素晴らしいお話を聞くことができました。
 お話の中で特に強調されていたことは、「チャンスは誰にでも訪れる。しかしそれを得るためにはあきらめずに続けることが大切だ」ということです。この言葉は、夢を持つ全ての人、特に価値基準が多様で曖昧な芸術を追求する者にとって、励まされる一言ではないでしょうか。私もこの言葉で目が覚めた一人です。ご自身の成功は、ただ好きなことを続けてやってきた結果だとおっしゃっていたのが印象的です。自分のやっていることに対する信念を持つことは、芸術家としての第一歩なのだと感じました。
 しかし、ただやみくもに続けるだけでは成功に近づけないことが、お聞きする中で分かってきました。酒井さんは日々創作・研究する中で、チャンスはどこにあるのか、必要なことは何かを常に考えながら、自分に適した場所とタイミングをしっかりと見出すことができたから、成功を収めることができたのだと思います。
 酒井さんと私の間には、家庭内の音楽環境、作曲を初めた年齢など、共通点が多々あることにも驚きました。しかも同じ京都芸大という音楽を目指す者にとって恵まれた環境の学校で学んでいます。私も酒井さんのように、日々精進し、チャンスを確実にものにしていけるように、大好きな作曲をこれからも続けていきたいと思います。

Profile:酒井健治【さかい・けんじ】作曲家

1977年大阪生まれ。2000年京都市立芸術大学音楽学部作曲専攻卒業。2002年より拠点をパリに移し、フランス国立パリ高等音楽院にて作曲、電子音楽、楽曲分析を学ぶ。2007年より2009年までIRCAM(イルカム=フランス国立音響音楽研究所)にて研究員を務める。
ジョルジュエネスコ国際コンクール作曲部門グランプリ(2007)、武満徹作曲賞第一位(2009)、ルツェルン・アートメンターファンデーション賞(2010)などを受賞。2012年5月、エリザベート王妃国際コンクール作曲部門グランプリを獲得。受賞作「ヴァイオリンとオーケストラのための協奏曲」は、ヴァイオリン部門ファイナリストの課題曲としても演奏された。国内においても2012年7月、文化庁長官表彰を受彰。

現在、フランス学士院芸術アカデミーの会員に選出され、2013年までスペインのマドリッド(カサ・デ・ヴェラスケス)にレジデント・コンポーザー※として滞在している。

http://kenjisakai.net/

※オーケストラなどが作曲家を招待し、活動や運営方針に対する意見を聞き、その作曲家に作品を委嘱するという制度のこと。