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高橋範行さん 4/4

4.音楽教育における「音楽を作ること」の大切さ

interviewer_music津崎先生に,在学中に音楽のビジネスモデルについて話されたことをお聞きしました。

高橋 たぶん,人々の音楽の楽しみ方が変わって来ている話をしたときのことですね。最近は,CDを買ったりコンサートに聴きに行ったりするだけではなくて,音楽をダウンロードして自宅で楽しんだり,自分で作曲して演奏したものを発信できるようになってきていますよね。YouTubeのような動画配信サイトも増えてきて,そういう状況では,新しい音楽の楽しみ方に応える人材が必要とされるんじゃないか,それが新たなビジネスモデルにつながるかもしれない,というようなことを話したと思います。

interviewer_music確かに,楽器が出来なくても,コンピュータで音楽を作って楽しめる時代になってきていると思います。

高橋 音楽の楽しみ方に,自分で作っていろんな人に聞いてもらえるという選択肢が増えたのは,新しい局面ですよね。だから,音楽教育においても,音楽を作る機会を取り入れることが必要だと思うんです。現在,教育現場では,楽譜を見て楽器の演奏をしたり合唱したりと,楽譜に書かれている情報を再生する技術を学ぶことに終始しがちです。

 音楽を作ることを学ぶというのは,例えば,我々が,国語の授業で文法を学んで文章を書くの同じようなことだと思います。文章が書けるというのは文法がわかっているからです。音楽の授業でも,音楽の構造を学んで,音楽を作る機会を取り入れていってほしい。大学では,それを提供できる人材の育成にも力を入れたいです。

interviewer_music大学教育では,「作る」ことはどのように実践されていますか。

高橋 今,私が興味を持っているのが「即興」なんです。ジャズが好きな方なら,「インプロビゼーション」という言葉でご存知かもしれません。いわゆる,演奏者が楽譜なしで,即興で演奏することですが,そこにも作る要素が入っているので,それに関する研究を始めています。日本では,数年前にようやく即興音楽学会が出来たところで,研究自体があんまり進んでいない分野だと思います。私も基礎的な研究をやり始めたところです。

interviewer_music現在,教育系の学部で音楽を教えられているのは,高橋先生が,演奏家として音楽に熱中した気持ちがベースになっているのだと感じました。

高橋 そういう部分はあると思います。自分が音楽をやっていたから,教育系の分野に戻って音楽教育を教えているんでしょうね。

interviewer_musicそういう変化を経験されて,京都芸大で学ばれたことを,ご自身の中でどのように位置づけられていますか。

高橋 研究に対する姿勢だったり,課題に対するアプローチや解析方法など,そういう研究の基礎が作られたのが京都芸大なんです。その土台ができたからこそ,新たな研究にも取り組めているんだと思います。

interviewer_music教員として,やりがいを感じることや苦労されていることはありますか。

高橋 学生が社会に出て頑張ってくれていることが嬉しいですね。教育福祉学部では,幼稚園の先生,保育士,小学校の先生など,多くの学生が教育の現場に立っていますし,一般企業に行く学生もいますけど,その学生が進む道に,自分が少しでも役に立てる,係れるところが教員のやりがいです。

 苦労は・・・複数の仕事のバランスをとることでしょうか。当然のことですけど,大学教員は好きな研究だけやっていればいいわけではなくて,その他の仕事とかもかなりあるんですね。複数の事を同時にこなすことが苦手な不器用なタイプなので(笑),そのあたりのバランスをとりながら仕事を進めることに苦労しています。

interviewer_music気分転換にされていることはありますか。

高橋 バンドです(笑)。今はジャズバンドをやっていて,それがすごく息抜きになっています。それに,即興の研究をする上で,協力してくださる方を探したりする人脈づくりにもなっていて,仕事にからませながら息抜きできるので,一石二鳥ですね。

interviewer_music京都芸大を目指す受験生にメッセージをお願いします。

高橋 まずは,音楽に全力で取り組んでください。全力でやりつつ,他の物事にも目を向けてください。偉大な演奏家や作曲家は,音楽だけではなく,いろんな教養があって,そういうものをベースにして,素晴らしい作品や演奏をされていますよね。音楽は,技術的に優れていないとスタートに立てない厳しい世界ですが,演奏だけに集中して他のことをやらないよりは,色々やった方がいいと思います。音楽だけをやっていて,仮に途中でへこたれてしまったり,夢を諦めなきゃいけなくなった時に,別の選択肢が頭の片隅にあれば,その先の新しい展開が現われることもあると思うんですよね。

 だから,他のことも考えつつ,音楽に全力で打ち込むということは「有り」だと思うので,音楽に一生懸命取り組みながら,音楽以外のことにもアンテナを張ってください。

interviewer_music京都芸大では教職課程を取る学生もいるので,これから音楽教育に携わっていく学生も含めて,京芸生にメッセージをお願いします。

高橋 教育はすごくやりがいのある仕事で,将来を担う子供たちを育てる過程に,自分が専門に学んできた音楽を存分に活かせる仕事です。ぜひ,音楽を作ること,音楽の構造を学ぶ意義を意識した教育者になってほしいと思います。

 それから,芸術に携わるみなさんだからこそ,人にとって芸術がもつ意味を考えてほしいです。人間が人間であるゆえんの一つは,芸術を楽しむ感性を持っている部分だと思います。「音楽を持たないコミュニティはない。」とよく言われるように,世界中どこを探しても必ず音楽はある。音楽は,例え戦争で社会が破壊されたとしても,必ず復興してくるものだし,人間と芸術は切り離せないものです。

 今後,みなさんが音楽活動を続けていく上で,自分が音楽で社会にどれだけ係っていけるのか,貢献できるのか,是非,そういう視点で進む道を考えていってください。

インタビュー後記

インタビュアー:音楽学部 作曲専攻4回生 春野海

(取材日:2013年11月14日)

 インタビュー当日は,作曲専攻生である僕に,音楽学専攻出身の方のインタビュアーが務まるのか,心配な思いを胸に,愛知県立大学の高橋範行先生をお尋ねしました。初めてお会いした高橋先生は,紳士的な方だという印象を受けましたが,インタビューにはとても気さくに答えていただきました。

 先生は,新潟大学でのピアノ演奏の経験や京都芸大での音楽心理学の研究をベースとして,現在,音楽教育に関する研究をされているということでした。そのお話の中で僕が特に共感したのは,音楽を作ることを通して,音楽構造自体を学ぶということです。文章を読んだり書いたりする中で文法を学ぶように,音楽を分析したり書いたりする中で音楽文法を学ぶことで,音楽への理解を深められるのだと思いました。また,芸大生としては,音楽的基礎力を身につけることはもちろん,他の学問領域への関心を持つこと,そのことによって思考の基盤をつくることも大事だと改めて思いました。

 インタビューを終えて,僕は,高橋先生と分野が違うからこそ,先生の語る言葉から考えさせられたことがたくさんあることに気付きました。それは,専門実技を学ぶとともに,他分野の理解をも深めていかなければならないということです。これからも,この経験を活かして,勉学に励みたいと思います。

Profile:高橋範行【たかはし・のりゆき】大学教員

京都市立芸術大学音楽研究科博士(後期)課程修了。現在、愛知県立大学教育福祉学部准教授。研究・専門分野は音楽教育学,音楽心理学。