菅英三子さん 3/4
3. イメージトレーニング
バート・ヘルスフェルト夏季音楽祭オペラ公演(ドイツ/1992)
モーツァルト「ドン・ジョバンニ」ドンナ・アンナ役
自分はオペラには向かないだろうと思っていらっしゃったのに,実際,オペラに携わられて,いかがでしたか。
菅 私は,不器用で,どうしていいかわかりませんでしたので,演出家の方に「ごめんなさい。言われたことがわからないのでできません。ここはどうしたらいいでしょう?」と聞いていました。そうすると,「英三子,今の立ち方だとこう見える,こういう風にするとこう見える」と客観的な見え方を教えてくれました。それと,御稽古場の鏡で,自分がどう映っているかというのを見て,勉強していきました。
仕事としてやっているので,そういうことがわかっていくスピードがゆっくりでは,周りに迷惑がかかります。私が,今,オペラを学ぶ若い人に勧めるのは,イメージトレーニングです。その日のお稽古で言われたことを,必ず,夜寝る前に頭の中で思い出して,自分がどう歌って,どう動いていたか,舞台のこちらからどういう風に見えていたかを描いてみる。この時はこういうふうに言われたな,じゃあ,今度はこういうふうに動いてみようと,自分の分身を頭の中で動かして,その日の御稽古の課題を,その日のうちに自分なりにクリアにしておきます。そうすると,次に同じことを言われても,言われた時の取り組み方が変わってきますので,毎日,必ず,自分の中でクリアにするようにしていました。
あとは,わからない事は,素直に「わからないです。教えてください。」と聞き,わかった時は,「こういう風にわかったけど,これでいいかしら?」と確認することです。日本は,目と目で話すというか,言わないでおいてしまうところがあり,それは,良いところでもあるのですが,言わないと伝わらないこともあります。もちろん,言い方とか,TPOはありますし,外国に行っても相手に対する気遣いは大事ですが,感謝にしても,疑問にしても,言わないと伝わらないので,「今,言ってもらってすごく良かった。」と思うなら,「良かった。こういう風に自分は考えて役に立った。ありがとう。」と言う。わからなかったら,「ちょっとここがわからない。」と言う。指揮者,演出家,共演者など相手とコミュニケーションをとり,積み重ねていく中で,勉強させてもらいました。
ウイーンでは,お仕事を通じて多くのことを吸収され,濃密な時間を過ごされたのですね。その分,ご苦労もあったと思うのですが。
菅 私には,苦労ではありませんでした。人と話すのも好きだし,話を聞くのも好きだし,歌う事で生活ができることが幸せでした。
一番印象に残っている作品やお仕事はありますか。
菅 私が頂いた演目は,決して多くはないんです。ヨーロッパでの契約は,劇場の専属と客演があり,専属になると,毎日,色んな役を歌わせて頂けるのですが,私は,客演の契約でした。一般の客演だと1回限りの契約なのですが,ありがたいことに,その劇場で同じ演目をする時には,必ず私を呼んでくれるという形で何本か契約していただけましたので,毎年それぞれの演目を10数回も歌うチャンスをいただきました。どの作品も好きなんですけど,一番好きなのは,ヴェルディのリゴレット。これは,プラハでも歌って,アメリカでも歌わせていただきました。
オペラで驚いたことやハプニングはありますか。
菅 プラハでのデビューの時に,フタコブラクダに乗りました。ラクダは,ゲネの時はおりこうさんだったのに,本番になったら落ち着きがなくて,舞台の止まるべき場所で止まらなくて,私は,初めてのオペラで,ドイツ語から始まるセリフだったので緊張するはずだったのですが,ラクダが止まらなかったり飛び降りたりで,緊張する間もなく一幕終わっていました。次の公演でラクダはもっと暴れたので,ラクダは2回でクビになり,それから,そのシーンはラクダに乗らずに歩いて登場するように変更されました。プラハの国立歌劇場の資料室には,各劇場の新しい演出は,全部映像で残してあるので,そこに行けば,私がラクダに乗って登場するシーンを見ることができます。(笑)
お仕事の中で,大学時代の経験が生きていると感じることはありますか。
菅 大学3年,4年の時に,オペラ実習という授業がありました。その時の先生がきちんと基礎的な事をやって下さる先生で,私たちは,ぐるぐると歩きながら,先生が合図したら,その舞台のどの位置からどういう風に指揮者の所に向かって体が向いているかという事を確認する授業をしてくれました。外で仕事をするようになると,立ち方が多少変であっても,そこまで基礎的な事を言ってくれる演出家はいないので,大学の時に基礎的な事を言っておいて頂いたのは良かったです。
私も来年からオペラの授業が始まるので,頑張ります。
菅 どの楽器でもそうだと思うんですけど,特に歌の場合は,体全体で表現しないといけないので,立つにしても,座るにしても,歩くにしても,どこかを見るにしても,やっぱり体全体で表現するという事を覚えていかないといけない。それができると舞台に立って歌うという事も,きっと変わってくると思います。
インタビュアー:磯村真綸(音楽学部 声楽専攻2回生*取材当時の学年)
(取材日:2014年12月15日・京都芸大音楽棟にて)
Profile:菅 英三子【すが・えみこ】声楽家
京都市立芸術大学卒業。ウィーン国立音楽大学をディプロムを取得して首席で卒業。
オーストリア共和国学術褒賞,ザルツブルグ市音楽奨励賞,出光音楽賞,青山音楽賞,新日鉄音楽賞,宮城県芸術選奨,文化庁芸術祭賞新人賞等を受賞。
ヨーロッパ・アメリカ・日本の各地において演奏活動を行っている。元京都市立芸術大学音楽学部准教授。東京藝術大学音楽学部教授。