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谷正人さん 3/4

3. 1割のオリジナリティ




1998年に留学先のイラン国立芸術大学で書いた卒業論文が優秀賞を受賞し,後に賞状を受け取る。(2009)

interviewer_music大学教員になられるまでの経緯を教えてください。

 イランでの学習経験を,民族音楽学という確立された分野の知識と結び付けて,徐々に他人に伝わるような話ができるようになっていったのが,修士課程から博士課程の前半くらいなんです。その頃にはもう「この世界で生きていこう」と覚悟を決めていました。

 この世界で生きていくために必要なこととして,まずは学会発表ですね。修士2回生の時に,日本音楽学会の全国大会が京都芸大で行われたんです。裏方の仕事を手伝いつつ,研究者たちの生の発表を見られたのはとても良い経験で,その後学会にたくさん参加するきっかけになりました。

 博士課程のときには,多くの学会に所属して,年3,4回くらい発表していました。そこで知り合った色んな人から研究会にも呼んで頂いて,様々なフィードバックを受けて,という形で良い刺激になりました。院生の中には,お金がないから交通費がかかる遠方の学会は見送って,次年度以降近畿で開催される時に発表するという人もいたんですけど,私はそういう戦略はとりませんでした。他の院生よりも年齢が高かったので時間が無かったこともありますが,今,自分が面白いと思って熱く語れるテーマがあったらその時に発表するようにしました。1年経ったら,周りの興味の持ち方も自分の情熱も変わりますからね。今のテーマは今のテーマとしてやる。で,1年後にはそれを展開させた別のテーマでやる,それぐらいの勢いで発表をさせていただきました。こんなことが言えるのは,もちろん私が通訳のアルバイトで収入があったおかげなんですが。

 そしてあるとき,学会にたくさん顔を出していたおかげで,それまであまり面識のなかったある先生に「うちの大学で教えてみないか。」と声を掛けていただいたのですが,当時の私にはまだ教歴がありませんでした。すると私に教歴をつけるべく,ある学校を紹介して頂きました。それが四国の方で,毎週片道4時間かけてそこまで行っていたのですが,初めての教える経験でとてもやりがいを感じたのを覚えています。

 その後,博士号も取得したことで,2006年に4つの大学の非常勤講師に採用して頂きました。そこから,研究書の出版や専任講師としての採用など,一気に色々なことが動きだしましたね。

interviewer_music大学教員になりたいと思ったきっかけは何ですか。

 まず,イランに行った時はそもそも演奏をすることが面白かったんですよね。それが修士課程に入った時に,自分が経験したことやよく分からない現象に対して,実はこうなっているんですって解き明かして書いていくことがとても面白くて達成感があるなと感じたのです。そういう意味で,言うまでもないことですが,研究論文も自分の作品だということを痛感したんです。

 民族音楽学では私と似たテーマで研究されている方が他にもおられるわけですが,やはりそれらの研究は自分のものと100%同じじゃないんですよね。結論が同じようでも,自らフィールドに行き何かを経験している限り,どこか違うんです。そこに,たとえ1割でも新しい発見があれば,自分のオリジナルな研究と言うことができる。もちろん自分の経験のうち何がオリジナルなのかについては,他人の研究を参照しないとわかりません。つまり自分の独自性を探る営みは,同時に他人の研究成果に対するリスペクトによって成り立っているんです。自分自身の経験に他者とも共通する部分があることを確認しながら,やはり細部には自分ならでは視点があることが浮き彫りになってくる――研究ってそこが面白いんですよね。そこで,このプロセスの面白さは人に伝える価値があると思い,大学教員になりたいと思いました。そう考えると,やはりきっかけは修士のときですね。

interviewer_music大学ではどのような授業をされていますか。

 私はどの授業でも,ただ知識を伝達する授業ではなく,音楽の事例を通して物の見方が実は時代や地域・文化によって差があるということに気付き,その結果,自分自身を相対化するきっかけになるような授業を心掛けています。それは同時に,教師の言っていることや本に書いてあることも,全部鵜呑みにしては駄目だという認識にも繋がりますね。それともう一点,ゼミの学生には,ある特定の事柄に興味があるからといって,それに関する本ばかりを読んでいたらだめだと伝えています。一見違うと思われる学問分野にこそ,何らかのヒントがあるものなのです。こういった論文執筆のプロセスは,伝えていて本当にやりがいがあります。その一方で,伝え過ぎたら学生自らの学ぶ機会を奪うことにもなります。自分で見出したという経験をさせてあげないと,その人の人生の楽しみを奪っていることになりますから,あまり言い過ぎないようにしています。

インタビュアー:荒木真歩(音楽学専攻3回生*取材当時の学年)

(取材日:2014年11月25日・下京区役所会議室にて)

Profile:谷 正人【たに・まさと】大学教員

1971年大阪生まれ。2001年京都市立芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了。2005年大阪大学大学院文学研究科(音楽学講座)博士後期課程修了。

専門は民族音楽学。主にイラン音楽を題材に,「オリジナリティ」「即興」といった概念について研究している。

1998年第1回イラン学生音楽コンクールサントゥール独奏部門奨励賞受賞。現在,神戸大学発達科学部人間表現学科准教授。