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谷正人さん 4/4

4.理論は経験の後でもいい




アメリカ・カリフォルニア州のイラン系移民の調査の際,アメリカのペルシャ語ラジオにゲスト出演(2010)

interviewer_music音楽学は,一般大学でも学べると思いますが,それを芸術系大学で学ぶ良さは何ですか。

 私の場合は,芸術系大学に進学したことで,まず自分がやりたい音楽や地域・ジャンルにじっくり浸れる環境があって,最初は訳が分からなくてもまずその内部に入り,その後にそこでの経験を整理・文章化していくという順序を辿ったのですが,結果的にはこれが良かったと思いますね。音楽そのものを聴く・習う・演奏するという環境に浸るということを経験して,何かに驚いたり,これってどういうことなんだろうと考えたり,自分自身が様々な問いと対峙する時期があるということが大事なんだと思います。もし過剰なかたちで先に理論や正解を頭に入れてしまうと,その理論に沿ってしか現実を経験できなくなるかもしれません。そのような経験の仕方は,驚くとか新鮮に思うとかそういう大事な気持ちを奪ってしまうもので,それはとてももったいないことだと思います。

interviewer_music今のお仕事で,つらい時はどういう時ですか。その時に,どうやって発散していますか。

 研究者の世界では,論文などの研究成果を常に出していく必要があるんですが,私の場合は論文のネタを仕込む時期と成果を出す時期とがわりと分かれていて,現在は年に1,2回イランにフィールドワークに行って出来るだけ多くの音楽レッスンを受けることに時間を割いています。この時期は,徹底的に自分の内面に仕込む時期ということで,朝から晩まで練習するストイックな生活を送っています。もちろんやっていること自体は楽しいのですが,その一方で,結婚して子供が出来てからは家族と遠く離れていることをつらく感じますね。でもそうやって篭らないと後の成果に繋がっていかないので,野球選手のシーズン前キャンプのようなもので,仕方ないなと思っています。

 それでも大学院生の頃の「今後,職が見つかるんだろうか。」と思っていた時期のストレスの方がはるかに大きかったですね。その頃は,よくマウンテンバイクに乗ってストレスを発散していました。今思えば,よく職もないのにそんなお金のかかる趣味をしていたなと思います。でも逆に,そんな能天気な部分があったからこそ上手くその時期をやり過ごせたとも思います。もし思いつめていたら不安感に潰されてしまっていたと思いますね。

 そう考えると,今の仕事でストレスなんてないと言っていいですね。どんなつらいことでも自分が好きでやっている事ですから。

interviewer_music今後やりたいことはありますか。

 英語とペルシア語で研究書を出すことですね。今はまだ日本語でしか出せていないので。今日の研究は,研究対象の人たちが読める形で成果を還元して,その人たちの反応も取り入れて新たな研究に繋げていかないといけません。

interviewer_music京都芸大を志す受験生と在学生にメッセージをお願いします。

 自分が情熱を燃やせることに対する社会のニーズをまずはしっかり把握してほしい。その上で,社会のそのニーズに,自分の情熱をどう繋げていくかをしっかり考えるべきだと思います。最初は好きなだけで突っ走るのもいいですが,いつまでも好きだと言っているだけではだめだと思いますね。自分の勉強してきたことが社会の中でどのように使えるのかというバランス感覚をもって,そこから戦略的にならないといけないと思います。

 自分のやりたいことと社会の要請がどういう形で繋がるのか。自分が学んでいることは,自分が想像するよりもっと意外な形で社会が要求している場合がある。そこを見つけて欲しいと思います。

インタビュー後記

荒木真歩(音楽学専攻3回生*取材当時の学年)

 研究者であり大学の先生でもある谷さんは,興味のあることに恐れず飛び込んでいく勇気と,研究テーマを社会とすりあわせて考えられる客観性を持ち合わせられている方だと感じました。

 京都芸大の修士課程の時に,イラン音楽が専門ではない先生とのやり取りで音楽学の基礎を叩き込まれた,というお話が印象に残りました。自分の研究について,先生と十分に話すことが出来るというのも,京都芸大が少人数制だからこそ実現したことだと思います。

 谷さんのお話からは,人が入りこまないフィールドで活躍する困難と,人が入り込まないからこそ面白いと感じる好奇心が強く伝わってきました。音楽学専攻生にとって,いかに困難を打開するか,常に好奇心を保つよう視野を広げて物事を見るか,ということは大切な要素であると思います。また,これは多くの物事にも同じように言えることであり,今後,卒論や就職を考えている私にとっては,心に響くたくさんの言葉をいただきました。

(取材日:2014年11月25日・下京区役所会議室にて)

Profile:谷 正人【たに・まさと】大学教員

1971年大阪生まれ。2001年京都市立芸術大学大学院音楽研究科修士課程修了。2005年大阪大学大学院文学研究科(音楽学講座)博士後期課程修了。

専門は民族音楽学。主にイラン音楽を題材に,「オリジナリティ」「即興」といった概念について研究している。

1998年第1回イラン学生音楽コンクールサントゥール独奏部門奨励賞受賞。現在,神戸大学発達科学部人間表現学科准教授。