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山本 康寛さん 2/4

2.自分自身の音楽性

interviewer_music京都芸大への進学を考えた当時から,音楽の道で生きていこうと思われていましたか。

山本 そうですね。でも,ざっくりでしたけど。稼げないだろうということは容易に想像できましたから,よほど上手くならないと厳しいだろうと思っていました。ただ,自分はデスクワークではなくて,手に職というか自分の技術で勝負したいという気持ちが強かったんです。音楽も私にとっては職人的な世界という感覚がありましたし,もちろん声を出すことが好きだったということもありました。

 高校時代に北村先生と名古屋でお会いする機会があり,指導していただいたんですが,その際に,先生から「歌は30歳からですよ」と言われました。大学卒業が22歳だから,あと8年間はどうするのかと尋ねると,「頑張るんですよ」って言われてしまって・・・。それを聞いて自分も「あぁそうなのかー」って(笑)。30歳以降も声は変わっていくし,環境も変化すると聞かされていましたから,職がないことは理解しつつも,とにかく腕をあげることで音楽を続けていこうと思っていました。


オペラ「サンドリオン」合唱参加時

interviewer_music京都芸大の良さをどのようにお感じですか。

山本 短所でも長所でもありますが,学生の競争心が薄いということ。競争心がないからこそ他人に影響されず自分をしっかり持てる。学生時代は点数ばかりに追われることもなかったし,先輩・後輩の縦の関係も厳しくありませんでした。それから,皆好き勝手やっているんだけど練習はものすごくする。ピアノを5時間練習するとか,夜遅くまで遊んだ翌日でも,早朝から練習をしているとか,周りはそんな友人ばかり。練習が皆の生活の中に普通にあって,ただ自分たちが突き詰めるためにやっているだけ。食堂でおしゃべりをしていても,誰かが練習しようって言ったら,皆立ち上がって練習に行く。その緩急が面白かったし,今振り返ってみれば,そんな仲間と過ごせたことは自分にとっての大きな財産です。

 それに場所は街から離れているけれど,ちょっと行けば河原町にも行けてしまうから,それほど困ることもありませんでした。都会ぶってなくて,ちょっと散歩したら,木々がバーっと広がるあの空間がすごく好きでした。

interviewer_music先生も練習するより散歩しろって言いますものね。

山本 散歩は精神的にもいいですよ。今でも練習して,散歩してみたいなことはしていますね。

 他にも京都芸大の良さはあるんだと思いますが,他を知らない自分にしてみれば,当たり前すぎてわからないというのもあるかもしれないですね。同期は全員知っているとか,世代関係なく話ができるというのは京都芸大では当たり前だけど,規模の大きな大学では同期すら知らないこともあると聞きます。驚いてしまうけれど,それが普通なんでしょうね。

interviewer_music学生時代にこれだけはやっておいた方がよいと思われることはありますか。

山本 私の場合とお断りした上で言えば,こなせばこなしただけ身に付く技術と,反復しても発展していかない技術の両方があるので,反復作業でできることはどんどん増やして,基礎的な技術をたくさん持っている方がよいと思います。声だけに4年間費やすというのも手ですが,それだけで終わってしまうと,学校を出てから苦労すると思います。

 私の場合,元々声が上手くいかなかったから,声以外でもスキルを上げられるものは上げておこうと考えて,子音の技術や処理の仕方,音楽をどのように作っていくかということを先生任せではなく自分でも頑張りました。声のことは追々でもよいけれど,音楽性があると言われる方が良いと思います。音楽性と声は両輪です。このことを頭のどこかで意識していないと上手くいきません。声がないからといって,全てを捨てて声だけを作ってしまうのはリスクがありますし,声を出す行為自体よりも,音楽を作る中に声があるという考え方の方がステップアップできると思います。

interviewer_musicまさに今,音楽性がないと言われています・・・。

山本 私も,自分自身の音楽性って何,と聞かれたら言葉に窮してしまいます。音楽性というものは,まずは人から真似て始めるものだし,色んな音楽や作品に触れる中で絶対大事というものが少しずつ貯まっていって,自分のものが出来上がっていくものだから,初めから「これが自分の音楽」と無理をせずに,先生の物真似などから入っていってもよいのではないかなと思います。

 松本重孝さんという演出の先生が仰るには,自分の中の癖を削ぎ落とし続けても,どうしても削げないものがあって,それがその人の「個性」だというんです。

 癖というのは意外に曲者で,そこにファンがついたりすることもありますが,一方で「アク」みたいなものでもあるから,削っておかないと,後々取るのにすごく苦労します。その癖の部分で評価されてきてしまっていますからね。

 自分の癖と自分らしさというものは表裏一体ですが,なるべくきれいに削げるものは削いでいく。怖いかもしれませんが,自分らしさをなくしていく作業は必要ですし,学生の時にやっておかないと修正は難しいです。

インタビュアー:廣津大介(音楽学部 声楽専攻3回生*取材当時)

(取材日:2015年12月10日・びわ湖ホールにて)

Profile:山本 康寛【やまもと・やすひろ】テノール歌手

1982年愛知県生まれ。京都市立芸術大学音楽学部声楽科卒業,同大学院修了。

第82回日本音楽コンクール第2位,第32回飯塚新人音楽コンクール第1位並びに文部科学大臣賞,第51回日伊声楽コンソルソ第2位並びに五十嵐喜芳賞,平成24年度平和堂財団芸術奨励賞,第24回青山音楽賞音楽賞,第26回五島記念文化賞など,数々受賞。2015年9月より五島記念文化財団の奨学生として渡伊。

オペラでは,2014年の沼尻オペラセレクションではコルンゴルド「死の都」(日本初演)主役のパウル役に抜擢,2015年7月マエストロゼッダ指揮,藤原歌劇団の「ランスへの旅」リーベンスコフ伯爵役などに出演。現在,びわ湖ホール声楽アンサンブルに6年間在籍したのち,ソロ登録メンバーとして,またびわ湖ホール4大テノールとしても活動している。