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山本 康寛さん 4/4

4.丸くあれ,されど狡猾であれ


オペラ「死の都」パウル役出演時(2014)(提供:公益財団法人びわ湖ホール)

interviewer_music大学院時代のことで思い出されることはありますか。

山本 大学院の2年間は本当に歌尽くしで忙しかったです。譜読みをして,練習して,毎日喉を壊さない程度に歌い続けていました。修了後すぐにびわ湖ホール声楽アンサンブル専属歌手に採用されましたが,院で色々やってきたおかげでその当時よりはしんどくないという思いがどこかにあります。あれだけ集中した2年間はないように感じています。ですから今の自分のレベルで大学院の授業を受けたら,もっと楽しかっただろうと,いつも思いますね。

interviewer_musicびわ湖ホールでのお仕事には,どのような経緯で就かれたのでしょうか。

山本 私が大学院修了するタイミングでポストが空くという話を聞いていたので,修士2回生の夏にオーディションを受けて合格しました。団体の席が空くという情報を得るには人との繋がりが大きいです。いつでも探しているというスタンスでいないと情報も入ってきません。口に出すことは大きいと思います。

interviewer_musicびわ湖ホールでのお仕事はいかがでしたか。

山本 まず同世代がいるというのが大きいですし,本番数も多いというのが魅力です。年間に50~60公演はあって,オペラの公演はすごく時間をとってもらえます。そして,人に見られる中で歌うという環境にいることだけでプラスになることが多いですし,身体つきも変わってきます。

 生活していくためにはお金が必要になりますが,ここにいれば給料を得ながら人前で歌わせていただけるから,ゆっくりしっかり根を張れます。力をつけるには落ち着いた環境だと思います。私は大学院を終了後6年間お世話になりましたが,6年目に日本音楽コンクールなど色々なコンクールで入賞することができました。

interviewer_music今は中音域も充実してるように聞こえますよね。

山本 自分では,まだまだかなぁと思っていますけど,少しずつ良くなっている感じです。以前は勢いで息だけ当てても声に変わらなかったんですが,ここ1,2年でやっと息がのるようになり,変わってきたという実感はあります。きっかけになったのは,イタリアで学んだ先生の発声に衝撃を受けて,そこから発声というよりも,声の出し方についての自分の理想が少し違うのかもしれないと思うようになりました。ほんの1cmくらいのズレなんですが,それに気づいてから少し下の音域が出るようになりました。


ロッシーニ・オペラ・フェスティバル(ROF)アカデミア・ロッシニアーナにて(イタリア・ペーザロ/2016)

interviewer_music京都芸大を目指す受験生にひとことお願いします。

山本 京都芸大というところは身構える必要もないし,先生たちが自分をちゃんと見てくれるから変なアピールや背伸びは不要です。他の大学の話を聞くと,試験曲で派手な曲を歌わないといけない雰囲気があるといいます。そうしたアピール力とか印象値は,コンクールでは必要ですが,京都芸大の場合,学内では必要ありません。すごい地味な曲を歌ったとしても,先生たちの頭には学生一人ひとりのことが残っている。これは少人数だからこそなせることです。その時々の自分の身の丈に合ったことや課題にしているものをスッと出せるというのは大きな強みです。京都芸大で学べば,うまく大きくて綺麗な丸の形のまま成長できるような気がします。

 その反面,競争力という点から考えると,逆にそのことが弱みになる可能性も0ではありません。大学を出れば実力を点数化しなければならない時が来ますから,在学生は烏合の衆から頭一つ出るために,印象を与えることの大切さを意識しておくことが大切です。悲しいかな良いものを持っていても,評価されないと淘汰されてしまう。まずはしっかりと形をなしてから,どこにトゲを出すかを選べばよいと思います。とにかく出せるだけ出すみたいな感じだと,すごい歪な形のまま4年間が終わってしまって,どこにも転がれなくなってしまうように思います。難しいことですがタイミングと時期,押さえどころをしっかり見極めて,丸のまま成長して欲しい。「丸くあれ,されど狡猾であれ」と言いたいですね。

インタビュー後記

廣津大介(音楽学部 声楽専攻3回生*取材当時)

 元々同じ先生に教えていただいていることもあり面識はあったのですが,今回このように時間をとっていただき1対1で色々なお話を聴けたことは,これからもこの大学で音楽を学び,また将来歌うことを仕事にしていきたいと考えている自分にとって大変有意義なことでした。

 今回のインタビューを通じて,特に私が感銘を受けたのは『丸くあること,されど,いざというときには引っ掛かりを作れること』というお話でした。歌をより良く成長させるためには,丸くて引っ掛かりのない素直な声でありつつも,いざというときには,人の心に引っ掛かるための「突起」=棘が出せることという,両面を持ち合わせていることの大切さを教えていただきました。確かに,最初から棘だらけの状態だと,あちこちに引っ掛かり前に進むことができませんが,だからといって何も特徴をアピールできなければ人の心に印象づけることはできません。

 私は普段から『早く棘を出さないと!』と焦ってしまうところがあったのですが,今回お話を伺って,改めて焦らず「丸」のまま成長していこうと思い直すことができました。 これからも,山本さんのように歌で身を立てるべく努力していきたいと思います。

(取材日:2015年12月10日・びわ湖ホールにて)

Profile:山本 康寛【やまもと・やすひろ】テノール歌手

1982年愛知県生まれ。京都市立芸術大学音楽学部声楽科卒業,同大学院修了。

第82回日本音楽コンクール第2位,第32回飯塚新人音楽コンクール第1位並びに文部科学大臣賞,第51回日伊声楽コンソルソ第2位並びに五十嵐喜芳賞,平成24年度平和堂財団芸術奨励賞,第24回青山音楽賞音楽賞,第26回五島記念文化賞など,数々受賞。2015年9月より五島記念文化財団の奨学生として渡伊。

オペラでは,2014年の沼尻オペラセレクションではコルンゴルド「死の都」(日本初演)主役のパウル役に抜擢,2015年7月マエストロゼッダ指揮,藤原歌劇団の「ランスへの旅」リーベンスコフ伯爵役などに出演。現在,びわ湖ホール声楽アンサンブルに6年間在籍したのち,ソロ登録メンバーとして,またびわ湖ホール4大テノールとしても活動している。