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山本 康寛さん 3/4

3. 学生時代は冒険すべき


interviewer_music院試を受ける直前に急に音域が広がったということですが,本当にそんなことはあるんですか。

山本 そうですね。学部卒業の時は,発声練習の時などに出てはいましたが,使いものになるレベルではなくて,本番で出せるかどうかが怪しかった。試験で歌ったりもしてみましたが,上手くいかなかったし,その当時はオラトリオ(※1)が好きだったから,オラトリオとリート(※2)をしっかりやっていけたらいいかなと考えていました。正直オペラは難しいかなと心の底から思った時に,ふとハイC(※3)が出るようになりました。

(※1)オラトリオ…イタリアで始まったクラシック音楽における楽曲の種類,ないし曲名の一つ。

(※2)リート…ドイツの歌曲。

(※3)ハイC…高い「ド」の音

interviewer_music本当に「何かふと」,という感じだったんですか。

山本 頭では,考えた方法を実践してみれば声が出るような気がするものの,実際には出なくて悩むということはよくあると思うんです。実際に,その時の自分はハイCは出せないだろうと諦めていたし,自分には不要だなと心の底から思っていたから変な固執がありませんでした。そんな時に,友人のテノールで集まって遊びで歌ったりしていたら,「あれ,これいけるんじゃない?」みたいな感覚に襲われて,試しに先生に聞いてもらったところ,使えるだろうから何とかしてみようということになりました。実に院試の2箇月前のことでした。そこから曲の準備に入りましたが,上の音が急に出るようになったからといって安定して出るわけではなくて,全く手探りでしたから,それは苦労というよりもバタバタと駆け抜けた感じで終わりました。しかし,どうしても以前の声の出し方に戻ってしまう感じもあり,その辺りには悩まされました。

interviewer_music大学院ではその方法でレッスンされたのですか。

 先生には上が出やすい発声をなるべく使えるレッスンをお願いしました。リートとかではなく,上手くはないけれどイタリア楽曲をやらせて欲しいとお願いし,ずっとそうさせてもらいました。


日本音楽コンクール本戦出場決定時(2013)

interviewer_music山本さんの「連隊の娘」(※4)を聴かせていただきましたが,とても印象に残っています。いつ頃から歌い始めたのですか。

 修士の1回生の冬だったと思いますが,高い曲を探していて,試験で初めて歌いました。でも,内容はひどかった。ハイCを意識した歌い方になるし,音楽もぐちゃぐちゃでしたし。ただ,ハイCだけは決めるということだけは目標にしていました。

 この「連隊の娘」は,山本康寛は上の音域が出る歌い手だというイメージづくりのために,その後も何回も歌いました。100回は歌うという目標を立てて頑張ったぐらいで,自分にとってはこの楽曲がなかったら今の自分の人生は無いといっても過言ではありません。上手くいったから言えることですけどね(笑)。

(※4)「連隊の娘」…ガエターノ・ドニゼッティが作曲したナポレオン戦争当時のスイス・チロル地方を舞台にしたオペラ作品。

interviewer_music先生からは,この曲に助けられたと言える時がきたら,一つ成長できた時だと言われたんですが,やっぱりそういう一曲が見つかるものですか。

 自信をもって迷いなく歌える曲が一曲あって,それに頼れるというのは大きいですね。

interviewer_music先生方からは,学生の間はスタイルを完成させる期間ではなくて,その時その時の課題を見つけていくものだと言われていますが,どのようにお考えですか。

 そのスタンスでよいと思います。最終的には「人に見せる」ことが仕事になりますが,学生の頃は失敗できる時代ですから冒険した方がよいと思います。私自身も,普通であれば人前に出せるレベルではなかったと思います。その当時,先生方に講評を聞きに行った際,常森寿子教授から「あなたね,上が出ればいいってもんじゃないのよ」と言われましたし,福島明也助教授からも「ドラマは五線譜の中にある」との言葉をいただきました。確かにハイCは五線譜の外ですから,五線譜の中はひどかったわけです。そのお二人の言葉は,ずっと楔のように残っていて,五線譜の中をしっかり歌えるようにするというのが今でも課題です。ハイCに磨きをかけることはもちろんですが,それよりも中低音域をどう歌うかということをずっと考えています。

インタビュアー:廣津大介(音楽学部 声楽専攻3回生*取材当時)

(取材日:2015年12月10日・びわ湖ホールにて)

Profile:山本 康寛【やまもと・やすひろ】テノール歌手

1982年愛知県生まれ。京都市立芸術大学音楽学部声楽科卒業,同大学院修了。

第82回日本音楽コンクール第2位,第32回飯塚新人音楽コンクール第1位並びに文部科学大臣賞,第51回日伊声楽コンソルソ第2位並びに五十嵐喜芳賞,平成24年度平和堂財団芸術奨励賞,第24回青山音楽賞音楽賞,第26回五島記念文化賞など,数々受賞。2015年9月より五島記念文化財団の奨学生として渡伊。

オペラでは,2014年の沼尻オペラセレクションではコルンゴルド「死の都」(日本初演)主役のパウル役に抜擢,2015年7月マエストロゼッダ指揮,藤原歌劇団の「ランスへの旅」リーベンスコフ伯爵役などに出演。現在,びわ湖ホール声楽アンサンブルに6年間在籍したのち,ソロ登録メンバーとして,またびわ湖ホール4大テノールとしても活動している。