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粟辻 聡さん 3/4

3. 留学,コンクールを通して学んだこと


グラーツ留学中,クラスメイトと

interviewer_musicこれまでに転機はありましたか?

粟辻 留学経験によって少なからず世界は変わりました。留学先でウィーンフィルを生で聴いたり,ベートーヴェンが散歩していたような場所を実際に歩いてみたりする中で,自分の価値観に広がりが出たように思います。オーストリアのグラーツに住んでいた当時は,頻繁にウィーンに出掛けて,数多くのオペラを鑑賞しましたが,そうした経験を通じて楽曲に対するイメージが膨らみましたし,その後の自分の活動にとって大きな影響を受けました。

interviewer_music留学中はどのように指揮の勉強をされていましたか?

粟辻 自分が指揮をするチャンスがあればいつもその様子をビデオに撮っていました。撮ったものを見返してみると,良いなと思う所もあるし,悪い箇所もたくさんあります。NHK交響楽団の指揮者を務めるパーヴォ・ヤルヴィさんでさえ,毎回ビデオを見て,チェックされているそうです。私が通ったスイスの大学では頻繁にプロのオーケストラに触れる機会に恵まれたのですが,必ずリハーサルの様子をビデオに撮って,クラスでビデオセッションを行っていました。その時の指揮科には1学年に8人在籍していましたが,先生を交えて,皆でビデオを見た感想を自由にディスカッションするんです。緊張して震えながら指揮をしている様子を全部ビデオに撮られ,その後で自分の恥ずかしい部分をいっぱい見るわけですよ。もう恥ずかしい限りで見たくもないけど,見ないと仕方がない。言葉が出てこなくてどもっている様子や,真っ青になっている様子,あるいはもう全然演奏と合ってない様子とかね。でも,強制力が働く中で見ていたから慣れた面もありますし,その経験は今に大きく生かされています。

interviewer_music自分の嫌な所が分かるわけですね。

粟辻 リハーサルが上手くできないところとか,演奏と合っていないところとか,変に隠そうとしても出てしまう。自分の映像なんか見たくないし,どうせ見るなら上手くできているところを見たいじゃないですか。避けられるなら避けたいけれど,自分の嫌なところを見ることは必要なことだと思いました。

interviewer_music演奏者は全部見ていますもんね。

粟辻 そうですね。しかも,自分が気付きもしないところを指摘されたりします。自分はもっと違うところを気にしていたけど,そんなところが気になるのか,という風に。もちろん,自分が思っていたところを指摘されることもありますよ。姿勢が悪いにはじまり,声が小さいとか,手を叩いて演奏を止めることはあんまり良くない,とか・・・。挙句は,練習の効率が悪いとか。でも,そんな小さなことがオーケストラのストレスになったりするんです。

interviewer_music本当にそう思います。指揮をしていても,自分より上手い人たちの前に立って,指示を出していくとなった時に,自分なんかが指揮をするのはおこがましいと思いますし,ストレスを感じさせるなあとか思ってしまいます。

粟辻 同じようなことを,指揮者の故・岩城宏之さんが仰っています。岩城さん御自身が打楽器をしていたから,特に打楽器奏者に対して技術的なことを言いたくなったそうですが,それはあまり言うべきではないと著書に記されていました。指揮者というのは理想を伝えるべきで,どういう音にしたいかを伝えれば,あとはプレイヤーの仕事。だからテクニックの話ではなく,具体的に欲しい音のイメージを伝えることが大切だと。

 でも技術的な示唆やアイデアが示せるように様々な引き出しを持っておくことも大事。イメージと具体性。そのバランスを上手くとることが大切だと思います。


チューリッヒ留学中。クラスメイトと

interviewer_music海外では言語はどうしていましたか?

粟辻 私はドイツ語圏に行くことにしたので,ドイツ語を予め勉強しましたし,現地の語学学校にも行きました。その経験は今とても役立っています。ただ,ドイツ語を喋れても,ドイツ語圏から出たら何の意味もありません。私が入賞したクロアチアのマタチッチコンクールでは,使用言語は英語で,ドイツ語は通じませんでした。ですから英語は絶対に喋れた方がいい。どんなに下手でも,とにかく伝えないといけないですから。

interviewer_music海外の大学と比べてみて,京都芸大の授業はどう感じましたか。

粟辻 まず海外の指揮科で良かったのは,オペラを学べたことです。オーストリアとドイツの大学の指揮科にはオペラの授業が必修であってオペラの指揮者のレッスンを受けるんです。どういうレッスンを受けるかというと,オペラの楽譜を見て弾きながら歌う。いわゆるコレペティトールというものです。例えば,ラ・ボエームや椿姫全役柄を自分で歌って一本のオペラを覚えるんです。アナログな勉強の仕方ですから,一本のオペラをやろうと思ったら半年以上はかかりますが実際にそれをやり,オペラの指揮もさせてもらいました。今でもオペラの仕事をもらえたら,時間がある限りそうやって勉強します。弾いて歌うことが何よりの勉強です。京都芸大の場合,定期演奏会として大学院オペラがありますが,ヨーロッパでは指揮科の授業の中でオペラに取り組めたことがとても有意義でした。

 一方,京都芸大で良かったことは,学生同士が密な関係で,素晴らしい客員指揮者のレッスンが受けられることですね。これはもう何ものにも代えられません。それに京都芸大では,それこそ自主オケをやろうと思えばできますよね。海外の大学では,あまりそういう交流はありませんでしたし,学生オーケストラを振るチャンスは数えるほどしかありませんでした。


第6回ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクール表彰式にて

interviewer_musicマタチッチコンクールは海外留学中に受けようと思ったんですか?

粟辻 そうです。それ以外のコンクールも色々とあちこち受けては落ちています(笑)。

 だいたいは書類審査とビデオ審査があって,そこをクリアするのが大変なんです。マタチッチコンクールは約130人が受けて,予選を通ったのはその1割だったと記憶していますが,私は幸運にもその中に入れました。初めて本選に進めたコンクールでしたから,これはもうどうにかしないといけないと思い,本選には無我夢中で臨み,結果2位に入賞しました。

interviewer_musicマタチッチコンクールに入賞して,身辺で変化を感じることはありますか。

粟辻 日本でも少しずつ色々なオーケストラからお仕事を頂いているのは,その影響があるのかもしれませんが,実際にはこれからだと思います。

 ただ,本当のことを言うと,実際には最終審査に残った段階で1位になれると思っていただけに悔しかった。でもその最終審査で,当時の自分の力不足をはっきり自覚しました。それまではとにかくアピールしなければ!みたいな勢いだけで振っていましたが,でも,それだけでは通じなかったということです。その辺りをオーケストラには見破られていたんですね。

 でもそのコンクールで2位になったからこそ気づいたことや学んだことが多かっただけに,自分としては良い結果だったと思っています。 とはいえ,まだコンクールを受けられる年齢ですし,これから先どうなっていくか分からない時期だからこそ貪欲に上を狙っていきたいとは思っています。

インタビュアー:松川創(指揮専攻1回生*取材当時)

(取材日:2016年11月17日・京都芸術センターにて)

Profile:粟辻 聡【あわつじ・そう】指揮者

1989年京都市生まれ。2011年京都市立芸術大学音楽学部指揮専攻卒業。オーストリアのグラーツ国立音楽大学・スイスの国立チューリヒ芸術大学に留学。2015年ロブロ・フォン・マタチッチ国際指揮者コンクール第2位。